Act.13 ハルトの苦労...
一時間後、工房の外に放り出されたハルトがふてくされた顔で座っていた。
「せっかく俺が手からプラズマ出して水をお湯にしてやったってのに……。何かたくらんでそうだって理由で工房から追い出されるってどう言う事だよ……。せっかくこんなのまで作ったのに……」
ハルトの手には『じょうろ』そっくりな物があった。頭の中には、湯船につかるチハルにそれでお湯をかけてあげている自分の姿が浮かぶ。
「しかしっ! こんな事であきらめる俺ではない! 水を入れるでかい桶を作っている間に、しっかりと外から工房の中を覗ける隙間をチェックしていたのだっ!」
ハルトは決して自慢できるようなものでは無い事を、そばに落ちている石相手に力説した。
「場所は……裏手に回って左上の隅にある亀裂で……、あれ?」
ハルトが工房の左手に回ろうとすると、隣の建物との間には崩れた壁や石が積みあがっていた。
「ちっ……。無理に乗り越えて音でも出したら駄目だしな。じゃあ逆から……」
しかし反対側にも同じようにコンクリート片が積みあがっていた。こちらも半壊した隣の建物から崩れてきたようだ。
「こうなりゃ……意地でも見てやる。どっかから裏に回ればいいんだろ。それだけのことだ」
ハルトは隣の大きな建物を通りすぎてみたが、またしても裏へ回る路地のような隙間は塞がっている。駆け足になったハルトは、次の建物と建物の間を見るが、またまた塞がっている。ついに全速力で張り出したハルトはいくつかの建物を通り過ぎて行った。
「はあ……はあ……。俺としたことが……。適当なところで瓦礫を乗り越えればいいんだった……。この辺りなら音は聞こえないだろ……」
戻ってきたハルトは、工房の3つほど隣の建物の裏へ回ろうと、瓦礫を乗り越えて行く。
石や壁の破片が積みあがっている場所ををよじ登り、それを跨いだところ、足場が崩れた。
[ガラッ]
「おっと……」
「誰だっ!」
姿は見えなかったが、ハルトに向かって剣幕で叫んだ者がいた。
「お……悪い。脅かせた? リクス……だよな?」
角からハルトが顔を出し、人影に向かって言った。
「は……ハルト……。こんな所で何を……」
リクスがいた。彼の表情はやや緩んだが、顔は引きつったままひどく狼狽しているように見えた。
「まさかリクス……お前も……」
「お前……も?」
「風呂覗きに行く気だったのか?」
「…………覗く? 何をだ…? 風呂……。チハルかい……?」
「ウォッホン! ……それ以上は機密扱いで言えん」
ハルトは小さく咳払いをすると、人差し指を立てて口に当てた。リクスの緊張した顔はようやく緩み、息を一度深く吐くと、ハルトに向かって首を捻って言う。
「どうしてそんな事をするのかな?」
「……そうか。こんなことを考えるレアロボットは俺だけなんだった……」
「良くわからないけど……程ほどにしときなよ?」
リスクは手のひら程の大きさの機械を隠すように持ち、裏口から自分の寝床にしている建物に戻ろうとする。
「それなんだ?」
ハルトはリクスの持っている機械を指差して言った。
「別に……何でもない。調子が悪いから……外に出しておこうと思ったんだけど……」
「壊れたのか? 俺が見てやろうか?」
「いや! ……いいんだよ。直ったんだ。……叩いたら…ね」
「ふーん……。工房使えば良かったのに?」
「君達に貸したろ? 遠慮したんだよ」
「あー、そか」
「じゃあね」
リクスはパタンと扉を閉めてしまった。
自分以外の気配がなくなると、ハルトの目はいやらしい半月となり、忍び足でリスクの家を通り過ぎて工房の裏へと向かう。目的の建物の前に立つとその壁には、想像通りであり、予想通りであり、理想的な壁の亀裂と隙間が空いていた。
「どれどれ……」
隙間は壁の左上の隅と言う事で、大柄なハルトも亀裂に手をかけ背伸びをして覗き込む。
「……あれ?」
工房にいる時は、中から外が見えた。それなのに、今は外から中が見えない。工房の天井は見えるのだが、下の方を見るには丁度良い場所に置かれた物が障害物になって見えないのだ。チハルがお風呂で立てる水音だけが聞こえて来た。
「な……なんでだよっ!」
ハルトは隙間から手を差し込んで邪魔している物をどけようとしたが、ギリギリの届かない位置に置かれている。
「どうしてだよっ! なんでだよっ! どうなってんだよぉ! ……っ、うお!」
[ガラッ ドスン!]
手を突っ込むためにそばにあった石の上につま先立ちしていたハルトは、必死のあまり足を滑らして背中から落ちた。
「フフフ……」
湯船で足を組んでいたチハルは、その音を聞くと可笑しそうに笑った。
翌朝、バイクの前で不機嫌そうに立っているハルトの背中を、すっきりとしたような顔で叩くチハルだった。
「どうした? 寝不足か?」
「それより、どうしてチハルはパダットに裸を見せていたくせに、俺には見せないんだよ……」
「昨日も私が寝ているそばで、そんな事を一晩中ぶつぶつ言っていたな? それはな、パダットや他のロボットはまったく私の体に興味を持たない訳だ。だから見せる事をなんとも思わなかったんだが……、お前はなぜか見たがる。見たがる奴がいると……こちらもどうしてか見せなくなくなるんだ。これは人間の特性なのかもしれんな?」
「納得できねー」
ハルトはぶっ長面でバイクに跨ると、チハルも後ろに座った。そばではリクスが腕組みをして二人を見ている。
「じゃあね、気を付けなよ」
腕組みをしたまま小さく手を振るリクスに、ハルトは鼻で笑ったような顔を向けて言った。
「あんたもな。こんなところに一人で住んでいると、悪人に狙われるぞ! 俺みたいに嫁もらって幸せになれよ」
「誰が嫁だ!」
チハルがハルトの頭を殴ると、ハンドルに顔をぶつけた。
「じゃあなっ、リクス!」
ハルト達はまた西に向かってバイクを走らせるのであった。
「しっかし、あんなところで一人で何やってるのかねぇ。目的でもあんのかな」
「資金面ではどうしているんだろうな」
「俺達からみたいに、たまに訪れる奴からぼってんじゃねーの?」
「あんな場所、そうそう人が訪れる事はなさそうだが……」
リクスの住処から1時間ほど走った頃、ハルトは遥か前に建物では無い電柱のような何かが立っているのに気が付いた。
僅かに方向を変え、それの前に来ると一旦バイクを止めた。
「これは……」
チハルは眉をひそめながら街の名前が書かれた看板を見ている。
「ローグタウン……って書いてあるな。この先にある街かな?」
「まさか……こんな所にあったとは……。まだまだ先だと思っていた……」
「あん? 知ってる街なのか?」
「まあな……。それより、リクスの家からここまでは何キロくらいだ?」
「んー。一時間くらい走ったから、50…60kmくらいかな?」
「……遠くないな。リクスはどうして近くに街があることを言わなかったんだろう……」
「知らなかったんじゃないか? ここからまだ少しあるみたいだし」
「こんなそばにあるのに街の存在には気が付かず、一人で暮らしていたか……」
「そう言う事じゃないか?」
「それに……この距離なら……。あそこは危険だ。この街は……普通じゃないからな……」
「普通じゃないって……、治安でも悪いのか?」
「悪いどころじゃない。悪人だらけだ」
チハルは腰の後ろにかけてある銃を取り、弾薬カートリッジを差し込んだ。
「犯罪者が逃げ込むには好都合の街だとも言える」
「んじゃ、その街でパダットの事を聞いてみましょか。素直に教えてくれるといいけど」
程なく、バイクの前に街が現れた。




