Act.12 一人ぼっちの男...
ハルトのバイクは土煙を上げながら荒野をひた走っていた。時間が逆に流れている地球は、木々や草など命の類はとっくに種子へと戻されて姿を消している。それはもちろん動物も同じで、今の地球には生命宿るものは皆無だった。
……いや、チハルをのぞいて。
「おい、止まれ」
「またかよ……」
チハルがハルトの頭をポコポコ殴ると、ハルトはそれを合図にバイクを停車させる。チハルはバイクを降りて伸びをする。
……そして、自分のお尻を撫でた。そんなチハルに、バイクに跨ったままのハルトは軽くため息を付くと話しかける。
「我慢できないのかよ……」
「無理だ。バイクの硬いシートに長時間座ることは、私の柔らかいお尻には不向きだ」
「……プラズマも効かない体のくせに」
チハルは近くにあった大きめの石に飛び上がると、手でひさしを作って遠くを見回して見る。
「何も無いな」
「何も無いぜ」
「この地球にはまだ人間がいると思うか?」
「時間が逆行して200年だろ。どんな爺さんでも赤子に戻ってから消えてしまってるんじゃねーの」
「しかし、木は……どこかに残っているだろうな。種類に寄っては樹齢1000年を超えるものがあったはずだ」
「樹齢1000年以上ね……。なら、このまま時間が戻り続けて、チハルがいたって言う21世紀初頭になってもあるかもな」
ハルトもバイクから降りると、地面にべったりと座った。チハルは石の上からあぐらをかいて座っているハルトを見下ろす。
「しかし、このロボットだけの地球となった今、木が生きる事が出来る環境なのだろうか。大気は……空気はどうなったんだ? 酸素はあるのか? 植物が生きるのに必要な二酸化炭素は存在するのだろうか……」
「んーと……。汚染はともかく、動物が死滅して二酸化炭素を出さなくなって、植物がほぼ絶滅して酸素を出さなくなったんだろ。大気成分はそのままじゃないか? ロボットは酸素も二酸化炭素も出さないしな」
「ロボットは時間変動後、逆行する時間に生き延びた。人間も……生き延びられなかったのだろうか。約200年の猶予があったというのに」
「子孫を残せねーからな。それよりも、チハルがこの世界に来た時間変動直後の200年前に、すでに人間はいなかったんだろ?」
「と言っても、私は旅をして人間を探したわけじゃない。生き抜くのに大変だったからな……」
チハルは目を伏せ、石の上でしゃがみ、膝を抱えた。しばらくそうしながら黙った後、ハルトに声をかける。
「お前はこれから遥か先の時代に作られ、その時人間はいたわけだ。つまり、時間変動がなければ人間は生き続けていた事になる。なら、私がこの時代に現れた時は、やはり地球のどこかに人間がいたわけだ。話をしたかったものだ」
「仲間に会いたかったって事か?」
「いや、時間変動の原因について聞きたかった。この科学が進んだ未来の人間達なら何かわかるかも、わかっていたかもと思ってな」
「元の時代に戻りたいのか?」
「どうだかな。どんな世界だったか殆ど覚えていない。戦いが無い事、それが当たり前のような……日々だった気がしたが……」
「ふーん。平和な種族だったんだな。気の優しい」
「お前は何かデータを持っていないのか? 人間について」
「うーん。過去の時代の人間のデータは持っていないな。削除されたか、元々知らないのかはわからないけど」
「……お前は未来で、何のために作られたロボットなのだろうな……」
「その過去とか未来とか、時間の流れっつーのがいまいちわかんないんだよな。今の時代って、本当に時間が逆に流れているのか? チハルの気のせいじゃねーの?」
「それは間違いない。私の来た200年前に、ロボット達は突然機能不全を起こしたからな。それまでとは違う、時間が退行する化学変化が起きたらしい」
「しかし……ずっと地面に埋まっていた俺は大丈夫だったぜ?」
「そう言えば……そうだな。考えられるのは……、ハルトは時間の向きなど関係ないシステムを持っていたか、それとも……時間がすでに逆行する世界に作られたと言う事か……」
「でも俺は遥か先の時代に作られているぜ。時間が逆行する世界で一番の未来は200年前だろ?」
「いや、時間変動はすべての未来に及んでいるはずだ。この次元では200年前に時間が折り返したが、違う次元ではハルトの時代に折り返した事も考えられる。すべての時間に一つずつ次元が存在し、それが一斉に折り返したんだ」
「でも違う次元だろ? 俺がここにいるわけがない……って言ったら、チハルも同じだもんな。でさ、俺達二人がいるこの時代は……過去に向かって進んでいる。チハルの昔いた時代は未来に進んでいる。それでぶつかるわけだろ? それが時間変動のきっかけ……。って、時間が巻き戻ったのが時間変動の原因で、時間変動のおかげで時間が巻き戻り出す訳だろ? ……おかしくないか? どっちが本当の原因なんだよ?」
「それはタイムパラドックスと言う物だな。その矛盾は解ける事がない。卵が先か、鶏が先か。そう人間世界では教えられた記憶がある」
「…………まあいいや。で、両方から来た時間同士がぶつかるわけだけど……。チハルはどっちの世界にもいるわけだろ? 出会ったりして!」
「ああ……出会うかも知れんな。平和を満喫していた頃の私に……」
「後1000年ちょっと先かぁ。見てみたいなぁ、昔のチハルを! やっぱ今みたいにぶっきらぼうで冷たいのかなぁ? ナイスバディはそのままだろうけどっ!」
「同じ人間が、同じ次元、同じ時間で出会うか……」
何か考え込んでいたチハルだったが、突然石の上からぴょんと飛び降りた。
「さあ、いくぞっ!」
「あいよっと」
二人はバイクに跨り、再び土煙を巻き起こしながら走って行った。
あいも変わらず変化の無い景色を西に向かって走る二人。ハルトはハンドル中央そばにある数字を確認すると、首を後ろに向けてチハルに言った。
「もうバイクのエネルギーが少なくなってきたぜ」
「あとどれくらいだ?」
「50%だな」
「50? 十分じゃないか。これまで相当走って来れたぞ。まだ倍走れるんだろ?」
「でもなー。俺こういうのすっごく不安になるタイプなんだよなー。常に満タンじゃないと安心できない感じっていうか……」
「気にするな。切れたら切れたで歩けばいい」
「簡単に言うけどよー。バイクだけじゃなくて、俺本体もエネルギーは無限じゃないんですけど……」
「面倒な奴だ。私は何も補給無しで地球をきっと何周も出来るぞ。歩くから時間はかかるけどな」
「すげーな人間。……って人間でもそんな事が出来るのアンタだけだって! ……それにさ、」
ハルトはチハルから向き直り、バイクが進む方向を見て言った。
「西の空、もう暗くなってきてるぜ。今日はもう進むの諦めて、エネルギー補給と安全な休む場所探そうぜ」
「まあ……そうだな。走っているバイクの上で寝ていたら、うっかり落とされるかもしれないしな。それもいいだろう。だが、この辺り何も無いぞ」
チハルは右、左と見るが、岩と土以外見えない。
「アンタ……俺に24時間運転させるつもりだったのか……。ロボットだからって酷使しようとしやがって……。んで、ここから南へ……数十キロほどの所に建物か何かが立っているのが見える。ひょっとしたら誰かいるかもな」
チハルはバイクの左側に見える景色にじっと目を凝らしてみるが、地平線まで何も無いように見える。
「人間の目では無理だって。んじゃ、行って見るぜ」
バイクは円を描いて左へ90度向きを変えた。
そこは二つ三つ、三階建てほどの高さの半分崩れたような建物が建ち、その周りにいくつか小さな倉庫が並んでいるような場所だった。
昔、何かの観測所だった場所のようにも見える所だ。綺麗に掃除されているなどと言った事には程遠いが、人が通れる程度に瓦礫をどかして道が作られており、その様子から住んでいるような者がいる感じだった。
「おーい。誰かいるかー? オイル売ってくれないかー?」
ハルトが何度か叫ぶと、薄暗い建物の影から男が姿を現した。
「……オイル? 珍しい物欲しがるね」
金髪で肌の白い、西洋人風の男だった。このような誰も守ってくれる者がいないだろう場所に住んでいるのに、まるで襲われた事が無いように顔に綺麗に表皮が張られた男だ。
ハルトはその男に向かって言う。
「あるか? 乗り物に使うんだ」
「乗り物に? ますます訳がわからないな……。まあ、オイルは多少あるけどね」
「10リットル欲しい。いくらだ?」
「10? ……ちょっと待ってよ、うちのオイル全部持っていく気? ……金貨30かな」
「それ高すぎだろっ!」
ハルトは大げさに腕を広げて見せるが、相手は譲る気配は無いようだった。
「こんな場所だから仕方がないでしょ? 嫌なら他で探してよね」
「……分かったよ。じゃあ、オイルがそんなにあるって事は、工房もあるんだろ? 使わせてくれよ」
「うーん……。まあ使ってないからいいか。サービスね」
「よっしゃ! 交渉成立! チハル! 金払ってくれ!」
チハルは懐から財布を出すと、男の手に金貨を乗せる。男は身長180cmくらいで、ハルト程では無いがチハルよりは随分大きい男だった。
ハルトはその男が金貨を受け取り、ポケットに仕舞うのを見届けた後、してやったりと言った風にチハルに無邪気に言った。
「んじゃチハル、今晩は工房で休ませてもらおうぜ!」
「ん……。あっ! 宿代わりにするなんて聞いてないよ!」
男は当然不満を漏らすが、ハルトはそんな男の顔を指差す。
「借してくれるって言ったろ?」
「…………まったく。わかったよ……。次はだまされないからね」
男は肩をすくめながら短いため息を付くと、ハルトに向かってクスリと笑った。
「俺はハルト、こっちの美人はチハルだ。短い間だがよろしくな」
「ハルトと……チハルね。俺はリクス。ここに住み着いて好き勝手やらせてもらってる。よろしく」
リクスと名乗った金髪の男は、付いて来いと言う仕草をすると前を歩いていく。チハル達に案内したのは、比較的壊れていない倉庫のような一階建ての建物だった。
「ここが僕の工房ね。と言っても、ここ数年使ってないんだけど。物を作るなら勝手に使ってくれても良い。ただ、僕は手伝わないけどね」
「必要ないぜ! 俺はこう見えても凄腕のメカニックだからな!」
ハルトはどうだと言いたげに自分の顔を親指で指差す。そんな頭一つ自分より高い位置にあるハルトの顔をリクスは見上げる。
「2mもあるメカニックね……」
「あれはなんだ?」
チハルが気付いたのは、工房のすぐそばの地面に刺さるように立っている、1mほどの太い鉄パイプのような物だった。
「それは地下水をくみ上げるポンプだよ。工房はたまに水も使うからね」
「水が出るのか!」
リクスは肩に両手をかけられ、チハルにいつの間にか前後に揺すられていた。体を仰け反らせながらリクスは答える。
「う…うん。今の……時代は錆び付くって事が無いから、多分使えると思うけど……」
「よしっ! シャワーだ! シャワーを作れハルト!」
背中を押されて、ハルトはまだ開いていない工房のドアにチハルにぐいぐいと押し付けられる。
「ち……チハル……。悪いけど……、あのシステムを作るには多少部品が必要で……。簡単に言うと手持ちの物では作れない……んだけど」
頬を扉に押し付けながら、ハルトは申し訳無さそうに言った。チハルは珍しく上がったテンションを急降下させ、地面に手を付きそうなくらいガックリとうなだれた。
「ハルト……。もう寝るぞ」
チハルはハルトを押しのけ、工房の扉を開けて重い足取りで中へ入っていく。
「……でもよ、水を汲み上げつつ適温のお湯にして、上から降り注がせるのはバイクをばらしても無理だが、お湯を沸かして俺が手でかけてやろうか? それなら簡単だぜっ! うしししし……」
ハルトはいやらしい顔をしてチハルの背中に言う。
「……ん? お湯を……沸かす?」
チハルはピタリと足を止め、暗い工房を見ながら少し考えていたかと思うと、後ろを振り返ってハルトに言った。
「それがあった……。忘れていた……。お風呂だ……。それだっ! ハルト!」
「オフロ?」




