命のあり方
この小説は企画小説の一部ではありますが、ストーリー自体はノンフィクションです。
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私が通う某私立学校の行事に、新入生同士で親睦を深めるべく『お泊まり会』のようなものがあった。各コース各クラスに分かれて全員で寝、翌日早朝に起き学校周辺を歩いて見聞を広めると共に、生徒達の健康を考えたものらしい。
新しい学校に新しい友人。全てが魅力に溢れ私の心の中は喜びに包まれていた。そう、あの出来事が起こるまでは……―――――。
二〇〇五年、春。
「おい、朝だぞ」
「んー…」
友人に肩を揺すられ、私は重い瞼をゆっくりと持ち上げて目覚めた。寝ぼけまなこのまま窓の外を見る。外はうっすらと明るくなっているようではあったが、まだ夜としか言えないほどの暗さ。
このまま横になっていると二度寝してしまう恐れがあるため、体に鞭打って上半身だけ起こす。
そのまま教室を見渡すと、約八割はすでに起床していた。布団をたたんでいる者、私のように周りをボーっと見ている者、未だ寝ている奴を起こす者、売店で買ってきた朝ご飯を食べ始めている者、それぞれの朝がスタートしていた。
再び瞼がくっつきそうになると、見回りに来た先生に一喝される。
「早く布団を下に運んで外に集合しろ!」
「うぃーす」
やる気の無い返事を返す友人達。知り合って間もないというのに、先生に対する返事は一緒。どこの学校でも反応は共通なんだな、と改めて知った。 私もこのままだと夢の世界へ旅立ってしまうので、無理やり立ち上がる。起きたらまずは大きな欠伸をし布団を二つ折りにたたみ、一階にある布団収容室へと運び出す。
収容室にいる業者の人にお礼を言いながら布団を渡し、もといた階に急いで戻ろうと階段へ向かう。しかし今日食べるはずだった朝ご飯は昨日の夜友人の胃袋へと消えてしまったことを思い出したので、反転して売店へ向かう。
恐らく私と同じような運命か、昨日買い忘れていたのだろう、売店は生徒達でごった返していた。私は人の海をかき分けながら、よくコンビニで売られている一個百円のオニギリ二つ中身を確認しないで買い、少し走りながら教室へと戻った。
「お、やっと戻って来たか。じゃあ食べよう」
「うん、食べよう」
教室に入るとトランプをして遊んでいた友人がゲームから抜け、自分の朝ご飯をカバンから取り出した。友人の朝ご飯は幕の内弁当だった。私はその友人と向かい合うように座り、買ってきたオニギリに一口かぶりつく。
「すっぱぁ!」
すかさずオニギリの中身を確認すると、白いご飯の中には赤くて見るからにすっぱそうなものが顔を出していた。そう、梅干しだ。私は梅干しは比較的好物の部類にはいるのだが、今食べたオニギリは異常なほどにすっぱかった。
「ははっ、ほらお茶だ」
「……ありがとう」
あまりのすっぱさのために変な顔をしていたのだろう、友人は自分のお茶を私に渡してくれた。私はそのお茶を受け取ると流し込むようにして口に入れる。
「落ち着いたか?」
「なんとか」
なんとかすっぱい梅干しを飲み込み、お茶を友人に返す。その後は友人と好きなアーティストのことについて語り合いながらもう一つのオニギリに手を伸ばした。今度は慎重に口へ入れながら。
買ってきたオニギリを完食し、友人の空になった弁当と共に袋を指定ゴミ箱へと捨てた。
「んじゃ外行きますか」
「オッケー」
今着ているのは寝間着。とは言っても私服であったのだが、とりあえず学校指定ジャージに着替える。指定ジャージは青いのだがお世辞にもかっこいいとは言えないデザイン。しぶしぶと上下をジャージで包み、玄関のある一階へと降りていき外へ出た。
外は目覚めた時よりも幾分か明るくなっており、太陽が少しだけ見え始めている。春とは言え四時なので肌寒い。袖や襟の隙間、縫い目の間から冷たい風が侵入してきて容赦なく体温を奪っていく。その冷風に身を震わせながら、所属しているクラスの後列へと並ぶ。
動かないと寒い。話さないと寒い。そう判断した私と友人はその場で足踏みをしながら既に来ていた友人達を交えて話し始め、寒さを紛らわせる。
そんな時間が二十分ほどすぎた時、完全に防寒着を着揃えた学年主任が『ぶつん』と響く拡声器のスイッチを入れ、言葉を発する。
「それではこれより各クラスごとに歩き始める」
学年主任の有り難いのだか有り難くないのだかよく分からない話が終わった後、一組から順々にに歩き始めた。私のクラスは六組なので一番最後尾を歩くことになる。歩き出すのはまだか、早く動いて体を暖めさせてくれと心の中で思いながら話し続ける。
ようやく私達のクラスも歩き始め、総勢五百人ほどゾロゾロと歩く。本来ならばクラスごとにキチンと並んで歩く事になっていたのだがそこは高校一年生。そんな決まりを守るわけなく、他クラスへ入り込んで友人の輪を広げようとする。もちろん私も。なので数人の友人と一緒に六組から飛び出し、どんどんと前進して行く。
私達が列の中心あたりまで歩くと、赤信号になっている十字路にさしかかった。十字路とは言っても一つは一車線で道も狭く、歩行者がいれば車は四苦八苦しながら走らなければならないほどだ。周りに建物は無く畑ばかりなので風は遮断できず、先ほどよりも強く冷たい風が私達を襲った。
青信号になり、先生たちの先導のもと渡り始める。そして私たちも渡ろうとしたその時。
『悲劇は起きた』
横断歩道を歩いている列に中型車がブレーキを踏まずに遠慮なく突っ込んだ。
私や友人は渡る前であったためにひかれなかったのだが前を歩いていた人達は逃げる間もなく、動く鉄の塊である車と衝突した。
「え……?」
「事故……?」
私や友人は今起きた出来事を理解できず、ただその場に突っ立っている。しかし時間が経つにつれて脳が今の惨劇を理解した。一年八ヶ月経った今でも思い出そうとすると、あの光景は鮮明に思い出される。
車は『どん!』と鈍く響き渡る音が出るほどの威力で女子にぶつかり、タイヤからの飛び石が額をかすめて血を流す男子、人をひいてパニックになったのか車は前方を走っていた車の後ろにぶつかった。ぶつかられた車は制御不能になったのか左側に大きくまがり、そちらに避難していた5人ほどの男女へ吸い込まれるように動き、ぶつかった後に停止した。
一番酷かったのは、どうやってなってしまったのか分からないが一番最初に列へ突っ込んだ走行中の車のパーツに衣服がからまり、止まるまで車に引きずられてしまった『女子』だった。
この十字路は一瞬にして地獄絵図になったと思う。
横断歩道を無事に渡り終えることが出来た者と、私達のように渡る前だったから助かった者たちの双方からは一切笑い声は無く、耳が痛くなるほどの静寂に包まれた。
いち早く我に返ったのは先生。その事故に立ち合った先生は二人いたので一人は救急車を呼ぶためにケータイを取り出した。もう一人の先生は未だ唖然としている生徒の肩を軽く揺すって我へと返す。そして我に返った生徒に他の先生を呼んでこいとでも言ったのだろう、その生徒は後ろに続く長蛇の列へと走り去って行った。
ケータイをいじっていない先生は私も含めて十数人の生徒を連れて、この惨劇を引き起こした運転者のもとへと走り出す。しかし事故に巻き込まれた車のほうもあるので二手に別れる。私達は被害者でもあるぶつかられた車の方へ。残り半分は引き起こした張本人のもとへ。
ぶつかられた車のところへたどり着いた時、そこにいる誰もが自分の目を疑い、血の気が引いただろう場面に出くわす。
「まさか……」
「なんだんだよ……くそっ!」
友人は怒りに震えているような声を張り上げた。
女子は男子と違って白いジャージだった。その白いジャージが破れ、華奢な足が車の下から覗いている。しかしぴくりとも動かない。それだけでも衝撃的だと言うのに、そのジャージは徐々に赤く染まっていく。さらにその足は車輪に踏みつぶされたのだろう、普通ならば絶対に曲がらない、曲がってはいけない方向へ曲がっていた。
すると車を運転していたであろう男性が急に飛び出して来た。逃げる気か、そう思った私と友人は身構えて走ろうとするがその行動は無駄に終わる。
その男性は車から降りるとすぐに自分の車の下のほうに手を入れ、踏ん張り始めた。その光景を見た私達は少し呆気に取られていたがすぐにその行動を理解し加勢、車を持ち上げる。
車が数十センチ浮いた時に先生が下敷きになっていた女子をひっぱしだし、もう下ろして良い、とりあえずこの女子は大丈夫と合図をくれた。合図通りに車を慎重に下ろし、とりあえず安堵の息を吐く。
ちょうどその時、サイレンの音がだんだんと近づいて来て、救急車とパトカーが数台到着した。救急車から下りてきた隊員の人に促され、その場にいた先生とケガした生徒を残して他の生徒はもとの校舎へと帰ることになった。
戻る道、行く時には近所迷惑にもなるような高笑いが響いていたのだが今は打って変わった静寂。恐らく一人一人の頭の中には最悪な展開が起こらないよう祈っていただろう。
校舎に到着し、各自自分の荷物が置いてある教室へと入って行った。
相変わらずの沈黙の中、朝とは違う見回りの先生がやってきて暗い顔のまま、
「ケータイで安否をご家族に教えてあげなさい」
「……はい」
元気の無い声が教室を覆った。
教室にいた者はそれぞれのケータイで家に電話をし、安否を家族に言い始める。私も親に連絡するために廊下に出た。
制服の内側にあるポケットからケータイを取り出し家の電話番号を入力。ワンコールした途端、
「もしもし!?」
母が電話越しにでも分かるほど慌てた感じで出てきた。
「あ……俺。今行事中に事故起きたんだけど、とりあえず俺は無事だから」
「今ラジオで聞いて、あなたに電話しようと思ってたの。良かった……」
深く長い息が聞こえた。
それにしても事故が起きてから二時間あまりしか経っていないのに既にラジオで発表されているとなると、かなりの大事故だったのだと判断できる。
私はその後少し母と話をし、電話を切った。すると担任が教室に入って来たので私も再び教室へと入った。先生は一人一人名前を呼び上げ、点呼を取る。点呼を取って全員いることを確認した先生はゆっくりと、しかしはっきりとした口調で言う。
「重軽傷者合わせて十六名。ただこれは今の段階だから変わるかもしれない」
十六名。それだけですんだのは奇跡としか言いようがないと思う。少しだけ気分が柔らいだ時、再びどん底へと叩き落とされた。先生は目を瞑って眉間にシワを寄せながら重い声で再び口を開く。
「……三名、亡くなられた」
「え、亡くなられ……?」
私は自分の耳を疑った。亡くなられた? 今の事故で? いろいろな考えが脳内を駆け巡る。しかし、急な展開が幾つも有り、混乱しきっている頭では何も結論を出せなかった。
本来ならば今の時間は校長の話を聞いて解散するはずであった。しかし事故が起きた以上継続は不可能だ。『各自気をつけて帰るように』と先生が言い、現地解散となった。
気をつけるように、は小さい頃から良く聞いてきた。その都度、事故なんて起きるわけないと勝手な判断で今まで過ごして来た。しかし今日の出来事で、その言葉に隠された意味を初めて知った。
その後は皆無言のまま荷物をまとめ、家へと帰っていった。私は家に帰り自分の部屋に荷物を置くと糸が切れたように倒れ、制服のまま深い眠りについた。
数時間眠り続け、夜の七時ほどに目が覚めた。眠ったことで混乱は治まり、ある程度のことは考えられるまで回復することが出来た。
私が今日の事故で思ったことは『それぞれの命は過去があり、未来があり、つながりがある』と言う言葉だった。今までの努力や歩いてきた道、未来への希望と夢、友や恋人への友情と愛情、今まで積み重ねて来た十六年間は、何物にも変えられない貴重な財産だっただろう。それがたった一瞬で消え去ってしまったのだ。憤りを感じずにはいられない。
虫に限らず、鳥に限らず、動物に限らず、人に限らず。命ある者、なにかしらの理由でこの世に生を受けているはずである。その命は何よりも尊重しなければならない。そして、その命の炎を消すことは何人たりとも許されるべきではない。私はそのことをこの事故により学んだが、このような事故は二度と起きてほしくない。絶対に。
読破していただき有難うございました。
今回何故事故が起きてしまったのか、それは飲酒と居眠りと言う二つの掟破りをした者がいたからです。
この小説を読み、もし飲酒運転をしそうな人がいたら、絶対に止めて下さい。あんな思い、私たちの代を最後にしたいので……。
最後になりますが、亡くなられた三名の方々のご冥福をお祈りいたします。