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僕と日常と××と

町のあちこちを美しく彩っていた桜も目に眩しい葉桜にかわるこの季節、皆様はいかが御過ごしでしょうか。


僕はとある教室の片隅でロープで縛られ吊るされています。


初めまして今日は。

僕の名前は 佐藤(サトウ) 広幸(ヒロユキ)

ちょっと異性への感心が強めの高校生です。


今初夏の西日にジリジリ水分を奪われながら人類の明日について思いを馳せていたところです。


そもそも人類は皆スケ…。

え!?説明、いりますか?


えと、その〜。

若気の至りと言うか、探求心の暴走と言うか好奇心の膨張と言うか…。


初めに断っておくけれどこれは性的興奮を得るための行為じゃないよ!?

縛り上げられて吊るされて初夏の強い西日にジリジリ水分を奪われながらおよそ30分の放置プレイなんて、そんな特殊な状況下で欲情するなんて性癖の扉は高校生の僕には早すぎる。


ちょっと体が火照ってきた気がするのは夏の陽射しのせいだ。きっとそうに違いない。

べっ別に新たな性の目覚めとかそんなんじゃないんだからね!?

じゃあなぜこうなったかと言うと、壮絶にして壮大な物語。

その戦いに辛くも敗れた結果だ。


鼓動の音にすら気を使う隠密行動。


緻密な計画の末にてにいれた常世の桃源郷。


しかしその幸せは幻と消えた。


迫り来る追っ手との激しい攻防。


秒単位で選択と決断を迫られる逃走経路。


そして友の裏切り…。



くそぅ秀治め!!

親友であり戦友である僕を易々と切り捨てやがって!!

今頃あの楽園(エデン)の思い出を胸にニヤニヤニヤニヤしているに違いない!!


この身を縛るロープは首輪だ。

この縛から解き放たれたとき、僕はケルベロスと化し奴の魂までも地獄の業火で焼き尽くすことだろう。

僕は自分が恐ろしい。

でもこの怒りを鎮める術を知らない。

否!!

むしろ爆発させてやる!!今度と言う今度こそ奴を灰塵と化してやる!!


僕は裏切り者の名前を知っている!!


「ふざけんな、最初に裏切ったのはお前だろうか。」


頭をかきながらめんどくさそうに現れた短い茶髪で長身の男。がたいがかなりいい上に不機嫌そうな仏頂面も相まって、不良達も避けて通るほどだ。


奴こそが憎き悪しきの裏切り者、僕のかつての親友、今の怨敵 杉村 秀治 (スギムラ シュウジ)。

あ、覚えなくて結構だよ!?

今から僕が名も無き肉塊にするから


「何物騒なこと言ってやがる。助けに来たつもりだが止めとくか、暗殺者に付け狙われるシュミねぇし。」


何だコイツは人の心読みやがって!!

さてはニュータイプ?


「なわけあるか!お前考えてること口にする癖、いい加減治した方がいいぞ。馬鹿にしか見えねぇから。」

「え?え!?何時から?」

「教室の片隅で〜の行辺りから。」


ッギャー!!

ほとんど始めからじゃないか!!かくなる上は…。


「もう怒ってないからさ、取り敢えず下ろしてよ。」


頼むよ親友(マイブラザー)。今なら痛みもなくデリートしてあげるからさ。


「嘘こけ。泣く子も心肺停止しそうな顔しやがって。元はと言えば、階段で足かけて俺を当て馬にしようとしたお前が悪いんだろうが!!」


何言ってんだ君は。

あんなの軽いジョークじゃないか、ホントに馬鹿だなあ。馬鹿!!この馬鹿!!死ね!!


「ジョークで済む威力じゃねーぞ!!靴下裂けたじゃねーか!!」


そう言って右足をブラブラしてみせる秀治。黒い靴下の裂け目からうっすら赤くなった皮膚が覗く。

…チッ、切り傷ぐらい負わせたつもりだったのに。


「本場のジョークは折るくらいじゃないと」

「何の本場だそりゃあ!!」


「お前こそ玄関でリングに賭けててもおかしくないようなボディーアッパーかましやがって!!肋骨折れたかと思ったよ!!」


何処の貴公子だよお前は!!

一瞬の判断で体をバク転させなけりゃプロローグを待たずして最終回だったよ!?


「…内蔵破裂くらいはいっておきたかったんだかな。流石と言うべきか。」


「ハナから殺す気かよ!!」

なんて恐ろしい奴だ!!僕と日本の平和のためにもやはりこの手で葬らねばなるまいか。


「いや、まぁアレだよ。ジョークだジョーク。本場仕込みの。」


何言ってんだコイツは!!

何の本場だよ!?頭おかしいんじゃないの!?


「まぁいいや。うるせぇのが来る前にとっとずらかるぞ。」

そうだった、今は取り敢えず逃げるのが最優先だ。

秀治抹殺はその後ゆっくり殺ればいいしね。


「全く最早悪魔の化身だよ。佐倉井さんにしごかれちゃ体が持たないよ。」


風紀委員 佐倉井 綾乃 (サクライ アヤノ)…さん。


彼女と僕と秀治とは同じ小学校なんだけど、成績は常にトップクラス、剣道・空手・合気道・柔道合わせて十段と言う文武両道な上に黒髪長髪で凛とした和風美人。

しかもいい乳すごい乳(これ重要)という完璧超人。

欠点らしい欠点といえば性格がキツ過ぎることぐらいかな。



ちなみに僕たち二人は保健体育でのみ学年トップを争う明晰な頭脳の持ち主だ。

他の教科は聞かないで欲しい。

皆も高校生男子二人が泣き崩れる様なんか見たくないだろうし。


身体能力はお互いに上の中と言う、微妙に目立てない位置に属するけれど、なぜか二人で協力するか殺り合う場面では異常なポテンシャルを発揮する。


佐倉井さんは一年生にして風紀委員の副委員長を務める猛者で、最近はどこで恨みを買ったのか僕達二人を追い回すのに一生懸命だ。


秀治の一撃で悶絶している僕に竹刀で念入りにトドメをさしてロープで辱しめた挙げ句、こんこんと言葉責めで悦ばじやない、苦しめたのも彼女だ。

ホントとんだ女王様だよ。

今度指名しちゃうよ!?全く。


「誰が五月蝿い悪魔の化身の女王様ですって?」


ピシリと、空気の凍る音がした、気がする。


真横からの冷く重い気配に全身を圧迫されて一瞬呼吸を忘れてしまった。


僕のロープを切るために正面に回っていた秀治も、カッターを手にしたまま彫像のように固まっている。


圧倒的なプレッシャー。全身の皮一枚下を不安と恐怖が這い回る。僕が稚児なら泣いていただろう。僕が女性なら叫んでいただろう。

いや今この瞬間、つつかれただけで感情が泡のように弾け狂ったように泣き叫ぶことだろう。


頬を伝う冷や汗に連動するようにゆっくりと首が恐怖の根源を視界にうつす。


そこには。


「範馬…勇次郎ッッッ!!」

「私は地上最強の生物じゃありません!!」


あれ!?あ!ホントだ!!違う人だ!!ビックリしたぁ〜。思わず許しを乞うため自傷行為に走るとこだったよ。

まぎらわしいなぁ全く。何様のつもりだよ。


「…馬鹿を囮にして待ち伏せかよ、趣味わりぃ…。」


秀治が苦笑いと舌打ちで皮肉を言う。

馬鹿!?馬鹿だと!?

お前にだけは言われたくないよ!!馬鹿って言った方が馬鹿なんだぞこの馬鹿!!


「女子更衣室覗いてる最中に大声で『あざーっす!!』とか叫んで勢いよく一礼してる奴ぁ馬鹿以外の何者でもねぇよ!!」


「仕方ないじゃないか!!2年の赤坂さんって言ったら校内屈指の美巨乳さんだよ!?産んでくれたご両親に、育ってくれた彼女自信に感謝の気持ちを伝えたいじゃないか!!そう言う秀治こそ泣いて拝んでたじゃないか、柏手まで打ってさ!!」


「馬っ鹿お前っ!あんな立派なもん、拝んで御利益無いわけ無いだろうが!!」


「あっ!しまった僕も二拍一礼しとけばよかったぁ!!」


あああ…すがり損ねた…。

千載一遇のチャンスだったのに…。

涙で明日が見えない(泣)。

その時、ポンッと肩を優しく叩かれた。

鼻をすすりながら俯いた顔を上げると、秀治が微笑んでいた。


「元気出せよ、また次があるさ。な。」

「う゛ん、ありがどう゛秀治。」

相棒…お前って奴は!!



シパンッ!!


竹刀が床を打つ音で僕達の80年代青春劇場は幕を閉じた。

さっきの冷たい殺気は灼熱の怒気に変わっている。その凄まじさは佐倉井さんの背後に不動明王が透けて見えるほど。

「風紀委員副委員長を前にして次の覗きの犯行予告。

私も舐められたものね…。」


その目には今にも大リーグボール3号を投げそうな炎を宿している。


もう一息だ。

頼んだよ秀治!!

「はっ、舐めたくもなるさ。現に俺は捕まって無いんだからよ。」

人の神経を逆撫でする小馬鹿にしたようなニヒルな笑み。

ホントこういう表情させると世界ランカーだよ秀治は。


「この教室は既に風紀委員と協力を申し出てくれた有志の方々により完全に包囲されています。

覚悟なさい、杉村 秀治!!」

斜に構えた佐倉井さんが竹刀を持った右手をだらりと下げ、左手の掌を突き出すように秀治に向ける。

色々な格闘技を学んだ結果産み出された彼女オリジナルの、言わば“佐倉井流”の構え。


どうやら今日は佐倉井さんも本気らしい。

でもね、佐倉井さん。


秀治を殺すのは、

「うぉりゃ!!」


僕の役目だ。


足を思いっきり振って吊るされた体を大きく揺らす。


一瞬佐倉井さんの注意が僕にそれた刹那に窓際に走る秀治。


佐倉井さんも後を追わんとするが、振り子状態の僕に阻まれ出遅れる。

その隙に

「じゃあな。」

秀治が窓からヒラリと脱出した。ここは二階だから秀治なら楽々飛び降りられる。

「くっ!!待ちなさい!!」


追うように佐倉井さんも教室から廊下へ飛び出していった。

真面目な彼女の事だ、律儀に階段から外に出て秀治を追いかけるつもりだろう。

その頃には秀治は既に消えている。


「変態同士の友情も儚いものね、見捨てられた気分はどう?」


声の方に目をやると、一人の女子が立っていた。


女子バレー部部長の今泉(イマイズミ)さん。

今日覗いたは女子バレー部の更衣室。彼女は被害者代表と言ったところか。


たぶん佐倉井さんの言っていた協力者とは女子バレー部の部員達。廊下には彼女達が包囲網を作っているのだろう。

そうでなければ佐倉井さんが僕を残して教室を離れる訳がない。


「見捨てられた、と思います?」

「一人で逃げちゃったじゃない彼。風紀委員総出で追いかけてたし、万一逃げられてもうちら全員の目を盗んでここまでこれるわけないし。」

勝ち誇った様子の今泉さん。


しかしまぁ流石と言うか何と言うか。いい仕事してくれる。


実を言えば、秀治の作戦は9割9分成功している。

佐倉井さんが現れたあの時、僕を直接助けた所で二人共捕まるのがオチだ。


だから秀治はわざと佐倉井さんを挑発し、矛先を自分に向けた。

僕は秀治のアシストと同時に自分がまだ不自由であることをアピールすればいい。


佐倉井さんは思った筈だ。僕の方は見張りの手があればいい、先ずは秀治だ。と。


佐倉井さんの指示に咄嗟についていけるのは風紀委員だけだろう。かくして秀治はこの部屋から風紀委員全員を遠ざけるのに成功した。

逃げる際、秀治は後ろ手に縛られていたロープの一部を切っている。僕はその切れた部分のロープを握り込み、縛られたままの振りをした。

後は、頃合いを見てロープの切れ目を握りこんだ手を離せば、


「!!」


このとおり自由の身。

じゃあね、今泉さん。

廊下には女子バレー部、窓の下には風紀委員。ならば!!


「な!?」


机を足場に飛び上がり、天井の点検口に体を押し込む。

天井裏からおさらばだ!!



さて、と。

天井裏に逃げたはいいけど、問題も多い。


まず、下階に降りるには何処かの点検口から部屋に出なくてはいけない。待ち伏せにあう可能性が極めて高いのだ。


とりあえず廊下の天井まで移動し、耳をすませてみよう。


廊下では今泉さんが部員達に指示を飛ばしていた。

…ふむ、やはり各教室や廊下の点検口で待ち伏せする作戦らしい。

僕は勝利を確信し、思わず笑みを浮かべた。

今泉さんが人員配置をしていると言うことはつまり、風紀委員の手を借りるつもりはないということだ。

まぁ、そうなる様にわざわざ今泉さんの前で逃げて見せたんだけどね。


僕はある一点に向かい移動を開始する。

こんな時のためにと秀治が用意した天井裏の見取り図を取り出す。

夜光ペンで描かれた地図によると、僕の目指す場所はそう遠くない。

いくら部屋や廊下に人を配置しても限界がある。

何故なら“彼女達”が“彼女達”だからだ。


大体お解り頂けただろう。

そう、僕の目指す場所。それは…。


「到着〜。」


男子トイレ。


洋式便器を足場に無事生還。アバヨ、とっつぁ〜ん(CV 栗田 貫一)

「残念ながらそこまでだ!覚悟しろルパ、佐藤!!(CV 納谷 五郎)」

馬鹿な!

振り返ると汗臭そうな柔道着姿の男が指を鳴らしながら立っている。

「え!?伴 宙太!?」

「誰が大リーグボール専用キャッチャーだ!!

俺は三年の番場(バンバ) 正太(ショウタ)、柔道部副主将だ!!」


大体合ってるじゃないか!!

殆ど正解じゃないか!!


「全然違う!!…とにかく、佐藤!!貴様は我が野望のために死んでもらう!!」


えぇ!?

殺されちゃうの!?


運動部の男子との一騎討ちは度々あるけれど、命を狙われたのは初めてだ。


「いや、今のは言い過ぎた。とにかくお縄についてもらうぞ!!」


「…聞かなくても大体わかるけど、野望ってナンデスカ。」


大概、風紀委員に味方する男子の魂胆はひとつ。

「貴様と杉村どちらかでも捕らえた場合、佐倉井君と試合が出来る事になっている!!俺は…俺はそこで人生最高の横四方固めを決めて見せる!!いや、縦四方も捨てがたいな…。

とにかく、合法的に女子を押し倒すチャンスなのだ!!」


すぐ殺そう。すごく殺そう。

昨日はボクシング部、一昨日は野球部。その前もその前もその前も!!

みんなほぼ同じ理由で僕らの前に立ち塞がる。ニヤニヤしながら鼻息荒く。

どいつもこいつもむさ苦しんだよぉぉぉ!!


顔面狙いで右ストレートを撃ち込む。柔道部にはこれはたまらない…

「甘いぞ佐藤!!」


突き出した右腕に素早く腕を絡めとられ、振り向いた勢いそのままに背中をぶつけられた。


「必殺!一本背負…い?」


スロースピードの右ストレートは柔道部にはたまらない…エサになる。


「貴、貴様…。」


背負われたまま残る左手と両足を突っ張り、壁と個室のドアに引っ掛け投げ技を阻止された伴 宙太はたまらずバランスを崩して転倒した。


ここが屋内、しかも狭いトイレであることを失念した貴様の負けだ!!


「ま…まだまだぁー!!」


しつこく柔道を仕掛ける伴

宙太。

うつけめ!!僕が狭い空間での投げ技を魅せてやる!!


襟を掴もうと伸ばされた両腕を捌いて相手の両手首を脇に挟んでホールド!!

すかさず二の腕の服を掴み、そのまま体重を預ける!!


バランスをとるために下げた足が地面に触れる瞬間に思い切り後ろに倒れこむ!!


お尻が地面に付いたら刹那、相手の腹を力の限り蹴り上げる!!


これぞ我が姉直伝、変則巴投げ“穴熊殺し(やわらか仕上げ)”!!


因みにやわらか仕上げじゃない場合は腹部ではなく、男の子の一番大切なモノを蹴り上げます。よいこもわるいこもまねしないでね


「ぐ、はぁ!!」


轟音と共にトイレの床に叩きつけられる柔道部副主将。


姉さんに(強制的に)この技を(問答無用で体に)教わったときは、「一生涯役に立たない技術だよ…」とか思ったけれど、役に立った。立ってしまった。



「と…特殊な状況下とはいえ、副主将の俺を投げ飛ばすとは…。佐藤、柔道部に入って俺達と全国を目指さないか…!?」


む、流石は柔道部、咄嗟に受け身をとったか。それでもかなりダメージはあるはずなのに、タフな奴だ。


「お前が入部してくれれば」

「嫌です。」


なんでどいつもこいつも敗北イコール勧誘なんだよ。漫画の見すぎだ、女の子でもみて頭を冷やせばいいよ。

「ぬう、なぜそれだけの運動神経がありながら…。」


「僕は…僕はね、伴先輩。青い春なぞに興味は無いんですよ…。

殴られようがなじられようが目の前のピンクな春だけを追い続けていたいんですよ!!」


誰が好き好んで汗まみれのいかつい男達とイチャイチャパラダイスするかよ!!そんなのこの世の終わりだ地獄絵図だ!!


それならば命を賭けて魂を燃やし全てをなげうってでもエロい世界を求めて僕は旅立つ!!

だって男の子だもん!人間だもの!!


「…ふっ、まぁいい。貴様が首を縦に振るまで第二、第三の柔道部員がお前の前に立ち塞がるだろう…。」


変なフラグ立てないでよ!!タイトルから修正しなきゃならなくなるじゃないか!!

…しかたないトドメ、刺しとこう。


僕は伴 宙太の耳にそっと口を寄せた。

男を殺すに刃物は要らぬ、数字の羅列があればいい。


「な、ままままさか貴様、いやまて心の準備が…」


何の勘違いしてんだよ!!やっぱり物理的に殺しておいた方がいいんじゃないだろうか。


震える拳をおさえ、そっと呟く。

「……さんは上…ら…スト9…、ウエ………4、…ップ…5。」

「んふう!!」


三四郎先輩は鼻からプシッと勢いよく赤い噴水を上げた後、しばらくピクピクと痙攣したのち息を引き取った。

その死に顔はビックリするほど安らかなものだった。


何をしたかって?

それは秘密だ。死因は彼が男、いや漢だったから。

そして同じクラスに女子バレー部の今泉さんがいたから。


僕は何も言わずけして振り返らず窓枠に身を乗り出す。

今日もまた僕達の性欲の犠牲者が一人。


さようならバンバンビガロ先輩。あなたの勇姿は忘れない…。

「最後のは柔道関係ないじゃないか…プロレスラーじゃないか…。」


なんか後ろから虫の鳴くような声のツッコミが聞こえたような気がしたけど気のせいだろう。死人に口無し。


男子トイレの窓から飛び降り、外に出る。今日も僕らの勝ちだ。


「やっぱり、そのルートを選んだか。」


背後から声をかけられ思わず飛び退く。

馬鹿な、脱出経路が読まれていた!?


「まだ風紀の連中がうろうろしてやがる。ほとぼりが冷めてから帰ろうぜ。」


なんだ、秀治か。


声の主を見てほっと息をつく。

一安心して僕は軸足を強く踏み込み腰の回転を生かして、全体重を乗せた上段蹴りを放つ。

死ねぇぇぇ!!


「ん?おぁ!!ッブネェ!!」

チッ避けられたか!!タイミングバッチリだったのに!!


「あ、秀治か。風紀委員カト思ッタヨ。(棒読み)」

「嘘つけ!!俺を認識してから攻撃してきたろうが!!」


何て言いがかりだ!!ワザとじゃないって風を装っての行動だよ!!事故だよ事故。


「事故死だよ!!」

「勝手に殺してんじゃねえぇぇぇ!!」


二人の拳が交差する寸前、僕らの姿を発見した風紀委員が走って来るのが見えた。

その先頭には佐倉井さんが…怖っ!!陽炎の様な闘気が見える!!

今なら一人で米軍倒せるよあの御方!!


「チッ、ヒロ!!今は逃げるぞ!!」「い、言われなくても!!」


これが僕達の変わらない日常。いつもと変わらぬ風景。

願わなくとも同じ明日が来ると思ってたんだ。


…佐倉井さんから逃げ切れれば。明日が来ると。


その時までは思ってたんだ。




 



「ふう…。」

ペンを置いた瞬間、思わずため息がこぼれる。


「逃げられちゃいましたね、今日も。」


風紀委員の同級生、田山 結羽 (タヤマ ユウ)さんが苦笑いで言う。

そうね、と答えた私もたぶん同じ顔をしているのだろう。


佐藤 広幸と杉村 秀治。


小学校の頃から彼等を知っているが、やっていることはあの頃と変わらない。まぁ逃げ足だけは向上したけれど。


「もう先生方に報告して処分してもらいましょうよ。」

「それは困るわ。」


結羽さんの意見に別方向から反対の声が上がった。女子バレー部のキャプテン、今泉 明菜 (イマイズミ アキナ)さんだ。


「あの子達追いかけるようになってから、部員の基礎体力とチームワークがかなり良くなってんの、実際。」


他の女子部の方からも同じ声が上がっている。

現に彼等を捕まえるのに協力を仰ぐ様になってから、我が校の運動部の成績が良くなっているのだ。

「それにさあ…。」


今泉さんは少し困ったような笑顔を浮かべて。


「な〜んか憎めないんだよね、あの2人。」


楽しげに言う。


そう。困ったことに被害者がみなこの調子なのだ。


「だからさ、見逃したげてよ。今度は必ず取り押さえてみせるからさ。」

「そうですね。謹慎にでもなったら後味悪いですし。」


きっと被害者だけじゃなく風紀委員すらそう思っているのだろう。


またふうっとため息がこぼれる。今度は今泉さんと同じ顔をしているのかもしれない。


ふと、佐藤君の顔が浮かぶ。幼い、小学生の頃のものが。


彼はあの時私に言ったことを覚えているのだろうか。

いや、覚えていないだろう。


言葉はかけた人間よりかけられた人間の方に色濃く残るものだから。


良い言葉は熱を持って。

悪い言葉は痛みを伴って。


「明日こそは必ず捕まえましょう。一度くらいきついお灸を据えなくては、ね。」


決意を声に出して日誌を閉じる。この活動日誌もあの2人の名前で大分厚みを増した。


よし、明日こそ。

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