婚約者に大切なものを奪われ続けた私ですが、これからは一つずつ取り戻します。
「君が付き合っているあの令嬢、君にふさわしくない」
まただわ。またわたくしは一つ、失わなければならない。
「承知致しました。レドニス第二王子殿下。おっしゃる通り、コリーヌ・アフェルト伯爵令嬢とはこれからは付き合わないように致します」
「それでいい。君はこのバリンド王国の王族である私を婿に迎えるのだ。ランドブルク公爵家が名門で私が婿に行くにふさわしい家だから、私が婿に入るのだ。君は将来、妻として、ふさわしくなければならない。だから、あの令嬢と縁を切る。これは私からの命令だ」
クラウディア・ランドブルク公爵令嬢の歳は17歳。一年前にレドニス第二王子殿下と婚約を結んだ。
レドニス第二王子の歳は一つ年上の18歳。
そもそも、クラウディアは伯爵家の令息と婚約を結んでいた。
リューク・アフェルト伯爵令息とである。
両家の事業の関係で、より縁を深めようと幼い頃から決められていた婚約。
政略であっても、クラウディアは同い年のリュークが大好きだった。
「リューク兄さまぁ。待って下さいっ。置いていかないでっ」
「兄さまじゃない。私は君の婚約者だ」
リュークは胸を張って、クラウディアの前で威張ってみせた。
クラウディアは、
「でも、リュークはとても頼りになるから、わたくしのお兄様みたいで。わたくし兄弟がいないから」
「でも、婚約者なのだから、リュークと呼びたまえ」
と言って二人で顔を見合わせて笑った。
リュークはクラウディアに向かって、
「クラウディア様と婚約を結べて私はとても嬉しく思っております。でも兄さま呼びはいやですね」
「冗談よ。冗談。リュークの事は大好きだから、わたくしは婚約者になることが出来て嬉しいわ」
幼い頃から大好きだったリューク。
婚約者に決まる前から両家は交流があったから、リュークの事はよく知っていて。
だから嬉しかった。
一緒に沢山の思い出を作った。
リュークはクラウディアに、
「人の人生は儚い。だから、私はクラウディア様と目いっぱい生きて、沢山の思い出を作っていきたいんだ」
「まぁ、あら、蛍が……とても綺麗。貴方が見せたかったのは?」
「この場所は蛍の生息地なんだ。ほら、美しいだろう」
リュークはクラウディアに色々な美しい景色を見せてくれた。
リュークと見る景色は格別に美しくて……
リュークの妹のコリーヌの事も、幼い頃からよく知っていた。
一つ年下のコリーヌは可愛い少女で。会うたびにクラウディアはコリーヌの事を可愛がっていた。
コリーヌはにこにこと、
「クラウディア様がお兄様と結婚するってとても嬉しいです。クラウディア様が私のお義姉様になるのね。凄く嬉しいっ」
そう言って抱き着くコリーヌが可愛くて。
リュークもコリーヌも綺麗な金の髪をしている。
銀の髪に青い瞳のクラウディアにとって、キラキラ光る金の髪のリュークとコリーヌが羨ましかった。
「お日様のような綺麗な髪……」
リュークはクラウディアの髪の先に口づけを落として、
「夜空に輝く美しい月のような、高貴な銀の髪のクラウディア様も素敵だと思いますよ。私の大好きなクラウディア様」
幸せだった。
それなのに、王家がレドニス第二王子を押し付けてきたのだ。
無理やり、リュークと婚約を解消させられ、レドニス第二王子が婚約者になった。
貴族なら誰しも行く王立学園。
学年は違えどもレドニス第二王子は頻繁にクラウディアのクラスに顔を出して、いちいち、文句を言ってくるのだ。
「その髪飾りは君にふさわしくない」
キラキラ光る紫の宝石がついた髪飾りは、クラウディアのお気に入りだ。
それなのに。
「では、どのような髪飾りがふさわしいのでしょう」
「紫は私は嫌いだ。桃色か赤の宝石のついた髪飾りをつけるがいい」
クラウディアの髪から髪飾りをむしり取ると、ゴミ箱に投げ入れた。
拾ったら、レドニス第二王子の機嫌を損ねてしまう。
拾う事が出来なかった。
わざわざオーダーメイドをして作ったお気に入りの髪飾りなのに。
リュークと婚約解消が決まった日を思い出す。
その日は、部屋に籠って泣いた。
泣き暮らした。
リュークと結婚出来るんだと思っていた。
リュークだって、ランドブルク公爵家に良く訪ねて来て、父と共にランドブルク公爵家の事を勉強していた。
父も母もリュークを気に入っていたのだ。
クラウディアは何よりもリュークを愛していた。
いえ、今だって愛しているわ。
窓の外を眺めてみれば、霧雨が降っていて、門の前に人影を見つけたら、そこにリュークが立っていた。
綺麗な金の髪が雨に濡れて、
ああ、わたくしを見ているのね。遠くて表情までは見えないわ。
リューク、愛しているわ。愛しているっ。
でも、クラウディアに何も出来ない。
王家の決定に涙するしかなかった。
それから、一つ一つ、レドニス第二王子のせいで失っていった。
まずは髪飾りから始まって。友達付き合い。
あの令嬢は品がない。
あの令嬢は美しくない。
あの令嬢は傍にいるのに、優秀じゃない。
クラウディアから令嬢を遠ざけていったのだ。
それでも、クラウディアはコリーヌとだけは付き合いたかった。
リュークと婚約を解消されてしまっても、コリーヌは大事な大事なお友達よ。
妹みたいなものよ。それなのに。
ついに今朝、教室に訪ねて来たレドニス第二王子に言われたのだ。
コリーヌ・アフェルト伯爵令嬢は君と付き合うのにふさわしくない。付き合いをやめるようにと。
コリーヌとは放課後、馬車に乗って、一緒に買い物をしに出掛けたり、色々と話しをしたり。
ひとりぼっちになってしまったわたくしの唯一の友達として残った令嬢よ。
リュークと婚約解消をされたって、コリーヌとは付き合いを続けたかったのに。
それを今朝、付き合いをやめるようにと言われたのだ。
コリーヌに告げると、コリーヌは、
「王族の命令は逆らえませんわ。私はクラウディア様と過ごした時間がとても楽しかったです。どうか、クラウディア様。お元気で」
そう言って、背を向けて走り去ってしまった。
一つ一つ失っていく。
一つ一つ、何一つわたくしの手に残りはしない。
レドニス第二王子は金の髪に青い瞳の美しさを持ち、そして傲慢で、クラウディアは何かを失っていくたびにレドニス第二王子の事が嫌いになった。
コリーヌの件で、大嫌いになった。
その日の放課後、護衛騎士を連れて街のカフェでレドニス第二王子と婚約者の交流をした。
店の個室を予約しておいたので、そこで二人で紅茶とケーキを楽しむ。
レドニス第二王子は紅茶を飲みながら、いつものごとく自分の自慢ばかりするのだ。
「私には友が多くて。クラスの皆が、私と好んで話をしたいと。お前とは大違いだな」
クラウディアはイラついた。
誰のせいよ。貴方が一人一人、わたくしから引き離していったから、わたくしは一人ぼっちになったのよ。
「だから私の事を尊敬するがいい。私は愚かなお前が悪い物を傍におかないように、進言してやっているのだ。昔の婚約者の男は、ろくな男じゃなかったのだろう。伯爵家の息子だしな。やはり結婚は血筋だ血筋。私のような高貴な血筋の男と結婚出来ることを感謝するがいい」
我慢出来なかった。
耐えきれなかった。
レドニス第二王子は言ったのだ。
「この首飾りはなんだ?お前にふさわしくない。そんな地味な銀の首飾り。捨ててやろう」
クラウディアからむしり取って、カフェのゴミ箱にこれ見よがしに捨てた。
クラウディアは、果物の盛り合わせを運んで来たカフェの店員に、
「あの首飾りはとても大切な物です。拾ってわたくしの元へ持ってきてくださいません?」
レドニス第二王子は怒って、
「お前にふさわしくないからと私が捨てたんだぞ。それを拾って来いだと?私に逆らう気か?」
クラウディアはカフェの個室の中で控えていた、護衛騎士達二人に向かって、
「レドニス第二王子殿下はわたくしの銀の首飾りをゴミ箱に捨てました。貴方達、見ていたわよね?」
背の高い護衛騎士が頭を下げて、
「はい、見ておりました。証言を求められたら証言することが出来ます」
もう一人の中年の護衛騎士も、
「私も見ました。証言を求められたら証言致しましょう」
カフェの店員が首飾りを持ってきてくれたので、クラウディアは受け取って首に再びかける。
「この首飾りはわたくしのお祖母様からわたくしが頂いたものです。ほら、裏に王家の刻印が。わたくしのお祖母様が国の為に役に立つ事業に貢献したというご褒美の首飾りですわ。
国王陛下直々にお祖母様の首にかけて下さったとか。お祖母様がわたくしに亡くなる前に残してくれたのです。ですから、その首飾りを捨てたという事は、レドニス第二王子殿下は、我がランドブルク公爵家は王家に取って必要ない物だと、馬鹿にした事になりますわ。我がランドブルク公爵家は国の為に王家の為に今まで働いてきたといいますのに」
レドニス第二王子は真っ青になって、
「こんな地味な首飾りが、まさか王家からランドブルク公爵家にやったものだとは知らなかったのだ」
「知らなかったからではすまないわ。貴方は我がランドブルク公爵家に婿に来るのですから。我がランドブルク公爵家が誇りに思っている事を知っていなくてはいけません。お祖母様が残した事業も、そしてこの首飾りも」
カフェで背を向けて、立ち上がり、
「今宵の事はお父様に報告致します。護衛騎士達にも証言させますわ」
「いや、待ってくれっ」
「いいですわね」
父ランドブルク公爵に首飾りを捨てられた事を報告した。
髪飾りならまだしも、王家から賜った首飾りをゴミ箱に捨てたのだ。
ランドブルク公爵は怒り狂って、
「そもそも、決まっていたクラウディアの婚約を解消させて、レドニス第二王子をねじ込んで来た時点で許せないと思っておったのだ。それをっ。母上の誇りであった首飾りをゴミ箱に??それをっーーー。あの小僧、許さんっ」
ランドブルク公爵夫人も、
「婚約解消ですわね。破棄でもよろしくてよ。あの馬鹿王子との縁を切りましょう」
二人が燃えてくれたので、クラウディアもこれでやっとあの第二王子と縁が切れると大喜びした。
国王陛下に父と母と共に今回あった事を報告した。
国王陛下は渋い顔をして、
「父上がランドブルク公爵家のマリアーネの事業の功績を称えて、銀の首飾りを与えたのだったな。それを我が息子がカフェのゴミ箱に捨てるなんて……これはランドブルク公爵家を侮辱する行為だ。仕方が無い。婚約解消を認めよう」
王妃は息子が可愛いらしく。
「たかが首飾りじゃない?その程度の事で。我が王族と縁を結べるのですわ。それをたかが首飾りで無くすとは」
ランドブルク公爵は、
「我が公爵家にとって王家から賜った首飾りは誇りなのです。それをゴミ箱に捨てられて。我が公爵家を馬鹿にする婿などいりません」
ときっぱり言ってくれた。
お陰で婚約は解消になった。
晴れて独り身になって、王立学園に来てみれば、他の令嬢達が傍に寄って来て、
「よかったですわ。クラウディア様、あのような男と縁が切れて」
「本当に。わたくし達はクラウディア様とお話がしたくてしたくて」
一つ年下のコリーヌがわざわざ教室に訪ねて来て、クラウディアに抱き着いてきた。
「良かったですわーーー。クラウディア様。これからもコリーヌと、お付き合いして下さいませっ」
「勿論よ。コリーヌ。貴方と再び付き合えるなんて嬉しいわ」
「それから、お兄様もクラウディア様に会いたがっております」
「リュークが???」
「お兄様はずううううっとクラウディア様を思って、婚約者も作らなかったのです」
リュークがわたくしの事を思って婚約者を作らなかった?
わたくしもずっとリュークの事が忘れられなかったわ。
学園の庭でリュークが待っているということなので、会いに行った。
リュークはクラウディアを見るなり、跪いて、
「クラウディア様。私が再び、婚約を申し込む事を許して頂けるでしょうか」
胸が高鳴る。
ずっとずっと思っていたリューク。
婚約解消になった時はどんなに悲しかったか。
でも、再びリュークと婚約出来る。
いずれ結婚出来る。
リュークの傍に駆け寄って、見上げるリュークに向かって、
「結婚するわ。貴方と絶対に。だからわたくしを抱き締めてっ。離さないで」
ぎゅっとリュークが抱き締めてくれた。
いつの間にか、見に来ていた生徒達が皆、拍手をしてくれた。
その日の夜に、リュークが、蛍の見える思い出の場所に連れて行ってくれた。
後ろには護衛が二人、着いて来ていて。
綺麗な水が流れる川岸で二人で蛍を眺める。
リュークがクラウディアに、
「こうしてクラウディア様と蛍を見る事が出来て私はとても幸せです。これからも沢山、素敵な思い出を作っていきましょう」
「相変わらず、ロマンチストなのね。リュークは」
「私は美しい物が好きですから。美しい物を貴方と沢山、見ていきたい」
「わたくしも同じ気持ちよ。沢山、思い出を作っていきましょう」
「ああ、今度の王宮の夜会。貴方にふさわしい紫のドレスを贈りましょう」
「わたくしは紫が好き‥‥‥ねぇ。わたくしは紫が似合うと思うのだけれども」
「ええ、似合いますよ。貴方が大好きな紫は私も大好きな色です」
嬉しかった。
自分が大好きな紫。
ああ、当日は紫を基調としたドレスと、髪飾りにしよう。
わたくしはやっと、自分に似合う色を纏う事が出来るのだわ。
リュークと再び婚約を結んで、王宮の夜会に出る事になった。
キラキラした紫の髪飾りを着けて、髪をアップにし、紫のドレスを着て、
リュークにエスコートされて王宮の広間に入場した。
レドニス第二王子が、クラウディアを見て声をかけてきた。
「私は紫の髪飾りは嫌いだと言ったはずだ。それに、その男はなんだ?私と別れた途端に、元の婚約者とよりを戻したのか?お前にふさわしくない。お前にふさわしいのは桃色や赤の宝石の髪飾りと、私のような王族の婿だ」
クラウディアは言ってやった。
「わたくしに誰がふさわしいのか、どのような髪飾りが似合うのか、それは貴方が決めることではないわ。わたくしが自分自身で決める事です。わたくしにふさわしい婚約者はリューク・アフェルト伯爵令息。そして、髪飾りは紫の宝石の髪飾りがわたくしにふさわしいわ」
「許さないっ。王族として許さないっーーー」
国王陛下がレドニス第二王子に、
「これ以上、醜態をさらすな。レドニス。お前は離宮にて反省しろ」
「反省することですか?私は第二王子として、当然の事を言っているまでです。クラウディアにふさわしい人も物も私が一番よく知っている」
暴れたので、近衛騎士達が拘束してレドニス第二王子を連れて行った。
レドニス第二王子は離宮に送られた。
隣国の歳が20歳も離れた女王陛下が、王配が亡くなったので夫を探していると言う。
国王陛下はレドニス第二王子に、
「お前に何がふさわしいかワシが一番よく知っておる。お前は愚かだが顔がいいからな。我が王国と隣国の絆の為にしっかりと婿入りをしてくるがよい」
青くなって嫌がるレドニス第二王子は馬車に乗せられて隣国へ婿入りしていった。
美しいレドニスの事を隣国の女王陛下は気に入り、
「貴方にふさわしい物はわたくしが良く存じておりますわ。美しく着飾ってニコニコしていて頂戴。着飾る服はわたくしが決めます。貴方はお飾りの王配でいてくれればいいのよ」
と、女王陛下のお飾りとして、過ごすことになった。
自由も利かず、お飾りの夫として、窮屈に過ごしているらしい。
しかし、隣国に婿入りしたレドニスがどうなったかまるでクラウディアは気にしなかった。
レドニス第二王子が婚約者になった時は一つ一つ失っていった。
でも、今は、クラウディアは思う。
失っていったものを一つ一つ取り返していきましょう。
そして、これからは一つ一つ、新たに手に入れていくの。
自分の好きなものを、自分が思うままに。
まだまだ学園生活は続いていくの。
愛しのリュークと大事な友達のコリーヌや、他の令嬢達と、楽しく過ごそうと思うクラウディアであった。




