7 王子様の色
宮廷の森の中のテーブルで、ミスティアは豪快に魔獣のコースを貪っている。
珍しく機嫌が悪いらしく、「おかわりですわ!」と乱暴に皿を積んでいった。
その勢いにバルドは引き攣り、双子も唖然と皿を見上げた。
「お嬢。戦争でも始まるのか? 魔力が漲って森が振動してるんだが」
鳥や虫たちが、騒がしく森から逃げていく。
「一大事ですの。浮気ですわ」
「浮気も何も、初夜もすっぽかされたのに……」
ミスティアの恐ろしい睨みに、バルドは軽口を噤んだ。
ミスティアは知っていた。
王子はいつもハーレムに囲まれていたが、群がる美女たちには自ら触れず、目も合わせずに、徹底的に塩対応であったことを。
だからマルセリーヌ公爵令嬢の一線を超えた行為に、激怒していた。
メイドのメイは皿を下げながら狼狽している。
「お、奥様? せっかく夜会のための素敵なドレスが仕上がったのに、そんなに召し上がったら、サイズが入らなくなってしまいますぅ」
その言葉に、ミスティアはナイフの手を止めた。
そうなのだ。
アスラン王子と夫婦として、初めて参加する週末の夜会のためのドレスは、王子の瞳の色をあしらった、素晴らしい青紫色のドレスなのだ。ミスティアはその湖のような美しさを思い出してうっとりとし、機嫌を取り戻した。
だがそこへ、ブン、と蜂のビビが飛んで来た。
ミスティアはみるみるうちに鬼の形相に戻ると、ナプキンを叩きつけ、宮廷に向かって走り出した。
「お、奥様ー!?」
* * *
ホホホ、クスクス……と、宮廷の一室に笑い声が響いている。
室内には飾り羽やレースが広げられて、マルセリーヌ公爵令嬢がメイドに囲まれていた。
「一流のデザイナーに作らせましたのよ」
マルセリーヌ公爵令嬢は青紫色の見事なドレスを翻し、メイドたちは拍手で沸いた。
「ホホホ! あの辺境の田舎娘もさぞ驚くでしょうね。まさかアスラン王子殿下の瞳色のドレスを、マルセリーヌ様が纏っているなんて」
「あんな垢抜けない小娘より、マルセリーヌ様の方がお似合いですわ!」
なんと、マルセリーヌ公爵令嬢はアスラン王子の正妻と同じ色のドレスを作って対抗を画策していた。これは王子妃に対しとんでもない侮辱であり、社交上許されない行為であるが、アスラン王子がミスティアを拒み、初夜もすっぽかしたと知った上での、大胆な誇示だった。
「アスラン様は女性に不慣れで、照れてらっしゃるだけ。私がこのドレスで夜会のダンスにお誘いして、あの田舎娘との差を見せつけて差し上げますわ。ホホホホ……!」
バーン!
会話の途中で扉が全開となり、仁王立ち姿のミスティアが突如現れた。
「きゃあ!?」
驚きで腰を抜かしたマルセリーヌ嬢は、四つん這いで床からミスティアを見上げた。
「なっ、何ですの!? ノックもなしに無礼な! マナーも知らない辺境の田舎娘がっ……」
逆上したマルセリーヌ嬢は「ヒュッ」と息を止めた。空気が遮られる閉塞感と共に、光の輪郭がキンと音を立てて、自分を囲っていた。
周囲のメイドたちは石のように固まったマルセリーヌを凝視した。
目を剥いて四つん這いのまま、ビクともしない姿は異様だった。
ミスティアはマルセリーヌ嬢の前まで来ると、美しい淑女の礼をした。
「ごめんあそばせ。素敵なドレスですわね。でもその色は、私のドレスと似ていますわ。何かの手違いかしら?」
マルセリーヌ嬢は立ち上がって反論したいが動けず、檻に閉じ込められた状況にパニックになっていた。令嬢を起こそうとするメイドたちも透明な壁に阻まれて、手を出すことができない。
「あ、あなた、い、いったい何をして……」
「まあ。床に這いつくばって、手違いをお詫びしてくださるのかしら?」
マルセリーヌ嬢はそれでも歯を食いしばって立とうとするが、檻は少しずつ天井を下げていった。
「ひっ? つ、潰れる!?」
意図せず土下座のような格好になるが、檻はさらに高さを狭めていく。
「あっ、やっ、ご、ごめんなさい! ごめんなさい!」
マルセリーヌ嬢はとうとう恐怖に屈し、泣きながらミスティアに謝った。メイドたちも一斉に床に伏せて、頭を下げている。
ミスティアは静かな笑みで尋ねた。
「よろしくてよ。マルセリーヌ公爵令嬢。このような不躾なハーレムを画策したのはどなたでしょう? 教えてくださる?」
「あ、あうう……」
殆どぺちゃんこの状態で、マルセリーヌ嬢は王妃派の大臣によるハーレムの計画を、すべて吐かざるをえなかった。




