6 魔獣の厨房
厨房で肉を捌いていたガルドは、巨大な包丁を手に振り返った。
「お嬢。あ、えっと、お嬢様……とアスラン王子殿下」
辿々しくガルドが挨拶する目前には、ミスティアとアスラン王子が並んで立っていた。
ミスティアは軽やかな足取りで、アスラン王子を厨房に案内した。
「殿下が魔獣の調理場を見学したいと仰ったの。魔獣料理に関心をお持ちくださって、嬉しいですわ」
「俺は見学するだけで食べないからな」
アスラン王子はガルドの血だらけのエプロンを見て、青ざめている。
ガルドも上機嫌になって、自慢の食物倉庫を披露した。
「いやあ、魔獣調理用の厨房を用意してもらえて最高ですよ! このでかい倉庫にいくらでも魔獣を保管できるし」
ガルドが開けた倉庫にはギッシリと、巨大な牛、怪鳥、化け物サイズの猪などが、魔力の檻に入って詰まっていた。天井まで三階建はあろう迫力に、アスラン王子は後ずさった。
「うわあ!?」
「殿下。私の檻に入った魔獣はここから出られませんから、ご安心ください」
王子をなだめるミスティアに、ガルドは檻ごと厳つい鳥を抱えて見せた。
「ランチ後のコースに怪鳥の丸焼きはどうでしょう。香菜とマンドラゴラを詰め込んで焼き上げます」
「素敵! 絶叫ごと肉に閉じ込めるのね?」
会話に付いていけないアスラン王子はフラフラと裏口から庭に出ると、芝生にしゃがみ込んだ。ミスティアの檻の力を初めて目の当たりにして、衝撃を受けていた。
「なるほど……これが辺境の妖精姫が持つ、檻の力なのか」
ミスティアはアスラン王子の隣にそっと佇んだ。
「はい。私たち辺境の一族は魔獣を喰らい、魔力の栄養を蓄え、それぞれの能力を発揮します。兄は魔力の矢を放ち、父は大剣を、母は防御壁を使います。そして末娘の私は、魔獣を閉じ込める檻を構築するのです」
「俺が竜になったら檻に入れて、お前は無事なわけだ」
アスラン王子は安堵するように、ホッと息を吐いた。
「あら? 殿下は私にご興味をお持ちくださったのですね」
「い、いや……。もとはと言えば、王命で無理やり嫁がせたんだ。俺はせめて相手を知るべきだし……その力に感謝すべきだと改めて思った」
「感謝?」
「辺境伯家は魔獣を喰うという規格外の戦略によって、国境を魔獣から守ってくれている。王都が平和なのは辺境の一族のおかげだ」
「うふふ。美味しいから食べてるんですけどね」
アスラン王子も笑いを溢し、二人の空気は以前と違って優しくなっていた。
王子は芝生から立ち上がった。
「王政学の時間だ。じゃあな」
「お勉強がんばってくださいね」
「ふん……。バカバカしい。俺には必要のない勉強さ」
アスラン王子は捻くれた返答をしながらも、晴れやかな表情で去って行った。
そうして一人になったミスティアのもとに、蜂が飛んできた。
「まあ、可愛いビビちゃん。偵察ご苦労様さま。何か面白い物がありまして?」
ブブブ……と蜂に誘導されて、ミスティアは庭の端にある温室に向かった。
……・……・……・
外の藪に隠れて、ミスティアは温室の中を観察した。
男女が熱帯の植物に隠れて、イチャイチャと蜜愛しているのだ。
そこにいるのは見慣れた大きなリボンと、気取った男……。
侍女エルナと、ゼイン王太子である。
ミスティアは覗き見しながら、小声で呟いた。
「まあまあ、ふしだらですわね。ゼイン王太子には隣国の王女という婚約者がいるはずなのに。これが浮気というものですね?」
けしからん、と眉間に皺を寄せるミスティアを、蜂はさらにブゥン、と誘導した。
「ビビちゃん? まだ何かありますの?」
……・……・……・
ミスティアが蜂について行くと、今度は宮廷の外廊下で男女が向かい合っていた。
アスラン王子と、いつも王子を囲んでいる美女……マルセリーヌ公爵令嬢だ。
ミスティアが息を殺して木の影から覗き見ると、マルセリーヌ嬢は大胆にも、ひしとアスラン王子に抱きついた。
「まあっ!」
ミスティアは思わず声を漏らして、慌てて口を塞いだ。
アスラン王子はすぐに振り払って行ってしまったが、マルセリーヌ嬢は悲しげに王子の背中を見送っていた。
「あらあらあら……私の夫に抱きつくなどと。これは……浮気ですわね」
獣の目を光らせるミスティアからドス黒いオーラが立ち上り、頭上の蜂は焦ってグルグルと旋回した。




