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初夜に捨てられた辺境の箱入り娘 〜独りで爆食する私を王子様が溺愛してきましたわ〜  作者: 石丸める@「夢見る聖女」発売中


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5 竜王子の秘密

 あれからメイドのメグはすっかりミスティアに懐いて、毎日楽しそうにお世話に励んでいる。


 おやつの時間に、メグはミスティアの皿を興味深く覗いた。


「奥様、紫色のプディングなんて珍しいですね。葡萄ですか?」

「いいえ。これは毒素のある果実で作られているの。メグは味見をしてはダメよ」

「は、はいっ!」


 食べ終わる頃にノックが鳴ったので、双子のコックが配膳に来たのかと、メグが扉を開けた。

 するとそこには、予想外の人物が立っていた。

 メグは「うひゃっ」と素っ頓狂な声を上げて、慌てて頭を下げた。


「し、ししし、失礼しました! ゼイン王太子殿下!」


 第一王子のゼインが、一人でミスティアの部屋を訪ねていた。


 ゼイン王子は王妃と同じセピア色の髪と瞳で、気取った笑みを浮かべている。亡くなった前王妃の子である腹違いのアスラン王子とは、あまり似ていない。


 ゼインは顎で廊下を指して、メグに退室を促した。だがメグが狼狽えて固まっているので、ゼインは面倒そうに命令した。


「ミスティア王子妃に大切な話がある。席を外せ」

「は、はいっ!」


 メグは慌てて礼をすると、ミスティアが笑顔で頷いているのを確認して、廊下に出て行った。


 ゼイン王子は途端に柔らかな笑顔になると、ミスティアに向けて紳士らしく挨拶をした。


「突然の訪問をお許しください、ミスティア王子妃殿下」

「まぁ。王太子殿下が自らお越しくださるなんて、恐縮ですわ」


 ゼイン王子はミスティアに歩み寄ると、気取った仕草で手を取り、丁寧にキスをした。その指に触れたまま立ち上がると、ミスティアを悩ましげに見つめた。


「我が弟の失礼な態度を、代わりにお詫びします。こんなに可憐な妖精姫を酷い目に合わせるなんて」

「まあ。何のことでしょう?」


 ミスティアはとぼけながら、そっと指を離して引っ込めた。

 ゼイン王子は苦しげに声を顰め、ミスティアにさらに近づいた。


「あれは……弟の血は不浄なのです。竜化して人を喰う、恐ろしい血です。僕はあなたが食べられてしまわないか、心配だ」


 親切を装った策略なのか、アスラン王子と王位継承を巡って対立する王太子は、どうやら竜の王子の婚姻を破棄させたいらしい。


 再び手を取るゼイン王子の近さにミスティアは仰け反るが、ゼインは構わず続けた。


「竜化の引き金は激情です。怒りだけでなく、性的興奮でも竜になる恐れがある。あなたのような妖精姫に、奴はきっと……」


 熱を込めて語りながら、ゼインは間近のミスティアに見惚れているようだった。


「ミスティア……ああ、貴方は美しい」


 と口説き文句が出たところで、ゼイン王子は勢いよくミスティアから引き剥がされた。後ろからゼインの肩を強く掴むのは、アスラン王子だった。


「ゼイン! ここで何をしている! 無断で妻の部屋に入るとは!」


 アスラン王子の剣幕に、ゼイン王子は(ひる)んだ。

 ミスティアは場違いながら、「妻」という単語に目を輝かせた。初めて結婚相手として認められた気がした。


 ゼインは揉み合いから脱すると、振り返ってアスラン王子を指した。


「竜化の危険を知らせてやっただけだ! 可哀想な花嫁が生贄にならないようにな!」


 ゼインは乱暴に扉を閉めて、廊下の先に逃げ去った。

 アスラン王子は怒りに染まった顔でそれを追いかけようとしたが、腰元が温かな腕で抱き止められていた。

 見下ろすと、ミスティアが懸命にしがみついている。


「アスラン王子殿下、どうかお怒りをお鎮めください。竜になってしまいます」

「……ふん、竜化が怖いか? わかったらさっさと婚姻を破棄するんだな」

「初夜に悪態をついたのは、竜化して私を襲わないためだったんですね」


 アスラン王子の体は途端に強張った。


「は、はあ? 違う! お前が好みじゃないから、俺は!」


 アスラン王子はミスティアの腕を振り解こうとするが、ミスティアはギュッと締めて離さなかった。アスラン王子は戸惑っている。


「?? 力、強っ……」


 焦る王子に、ミスティアは毅然と宣言をした。


「夫婦なのですから、私を爆喰いして構いません!」

「なっ……」


 アスラン王子が最高潮に真っ赤になったその瞬間。


 ボン!


 と音を立てて、王子は小さなもふもふの竜に変身してしまった。

 白銀の美しい毛並みの竜はぬいぐるみのような抱き心地で、ミスティアはその愛らしさに開眼した。


「まあ、まあ、まあ! なんて可愛いもふ竜ですの!? 食べられちゃうどころか、食べてしまいたいですわ!」


 もふ竜の虜となったミスティアはキスの嵐を降らせた。もふ竜はジタバタするも、ミスティアにギュッと抱き締められたまま、離して貰えなかった。


「キューッ!」


 もふ竜はとうとう断末魔の悲鳴を上げて、のぼせてグッタリとしてしまった。


  * * *


 しばらくして──。

 人の姿に戻ったアスラン王子は、寝室のベッドに寝かされている。

 ミスティアが甲斐甲斐しくお世話をし、額に冷やタオルが置かれていた。

 アスラン王子は不可解な顔でミスティアを見上げた。


「まったく……竜化を目の当たりにして逃げないとは、お前はいったい何を考えている?」

「何って、可愛いもふもふ竜のことを考えてますけど?」

「そのまま暴走した竜に食われたら、どうするつもりだ!」

「まあ。あんなに小さなお口の、可愛い子に?」


 アスラン王子は真っ赤になった。


「あ、あれはほんの少しの興奮だったから、小さい竜化で済んだだけで……」

「興奮て、性的興奮ですか?」

「ちっ、違う! ゼインへの怒りだ!」


 ミスティアは冷タオルを変えながら、真顔で続けた。


「我を失うほどの感情で、竜の王子は巨大な竜になってしまうと」

「……そうだ。ゼインと王妃は竜の血を継ぐ俺が王太子の立場を脅かすと考えている。さっさと竜化して撃たれてしまえと思っているのだろう。花嫁の身が危険なのも嘘ではない」


 ミスティアは胸の前で祈るように手を組んで、震えている。


「はあ〜。大きなもふ竜殿下もさぞ可愛いでしょうね」


 恐れではなく、恍惚の武者震いだった。


「お前……」


 アスラン王子はミスティアの偏愛に呆れて、ついには笑いが溢れた。


「悪食の上に、おかしな奴だな」

「うふふふ」


 新婚夫婦の寝室は結婚以来、初めて朗らかな空気になっていた。

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