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初夜に捨てられた辺境の箱入り娘 〜独りで爆食する私を王子様が溺愛してきましたわ〜  作者: 石丸める@「夢見る聖女」発売中


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3 毒蜂と小さな檻

 宮廷の中庭にある東屋で──。

 通常は優雅な茶会が開かれる場だが、ミスティアは肉汁が滴る魔獣のコースを爆食いしている。

 ガルドが肉を切り分け、双子がソースを盛って運んでくれる。


火炎豚(カエンブタ)の丸焼きはなんて美味でしょう。毒草の痺れが合いますわ」

「狩るのが大変な魔獣ですが、味と魔力は満点ですな。お嬢……ミスティア様は舌が肥えてらっしゃる」


 二人が軽口を交わしていると、宮廷からこちらに向かって、アスラン王子がやって来た。

 ガルドと双子が礼をして去ると、東屋はミスティアとアスラン王子の二人きりになった。

 王子は動揺を隠して、平静を装っているようだ。


「お前……今朝の茶会の席で、いったい何をしたんだ?」


 アスラン王子はテーブルに並んだ料理を見渡すと、ミスティアの応えを待たずに質問を重ねた。


「っていうか、何を食ってるんだ? ついさっき、ランチを食べたばかりのはずだ」


 ミスティアはカトラリーを置いて微笑んだ。


「ええ。でも、魔獣は別腹ですの」

「ま、魔獣を食ってるのか!?」

「辺境の地では討伐(とうばつ)していただきますのよ。魔力と栄養が満点ですから」


 アスラン王子は呆気に取られた顔のまま、隣席に座った。

 ミスティアは食事を再開し、アスラン王子はその所作を見つめている。


「あの茶会の後に、さらに妙な事が起こったらしい」


 らしい、という言葉は嘘である。

 アスラン王子はミスティアの散歩の後をつけたのだ。


 一つ目に、階段で足を掛けようとした令嬢が、逆に弾け飛んで落下したこと。


 二つ目に、上階からミスティア目掛けて落ちたバケツが、空に向かって飛んでいったこと。


 説明しながら、アスラン王子はミスティアの間近に顔を寄せていた。謎の力に好奇心が抑えられないようだ。

 王子の真剣な瞳が冴えた湖のように美しいので、ミスティアは感嘆して見つめ合った。


「お前が俺の結婚相手に選ばれたのは、お前が”食えない女”だからと聞いている。いかなる魔獣の牙も、お前を貫けないと」

「まあ。まるで石のようですね」


 ミスティアのとぼけた返事に、アスラン王子は顔を顰めて続けた。


「お前の身体は(はがね)のように硬いのか? それとも、牙を砕く剛腕を持つのか?」


 王子は言いながら、(あざけ)るように鼻で笑った。


「……だとしても、無駄だ。お前はこの結婚の恐ろしさを何もわかっていない」


 シリアスなアスラン王子に向けて、ミスティアは笑顔でフォークを突き出した。目前の肉に、王子は目を丸くしている。


「は?」

「あーん、でございます、殿下」

「なっ……く、食えるか! 魔獣なんてゲテモノ!」


 アスラン王子は真っ赤になって立ち上がると、逃げるように東屋から出て行ってしまった。


 去って行く背中と入れ替わりで、別の人物がこちらに走って来た。軍服を着た男が、泣き顔で両手を広げている。


「ミスティアーー!」 

「まあ。ベリオルお兄様」


 辺境の地で魔獣の討伐を指揮する兄ベリオルは、時折り王軍の訓練に指導者として顔を出しているのだ。仕事の合間に妹に会いに来たらしい。

 椅子に座っているミスティアを、ベリオルは力強く抱き締めた。


「ああ、ミスティア! どんなに心配したことか! 結婚式の後、俺も親父も寂しさで胸が張り裂けて、眠れなかったぞ!」


 ベリオルはミスティアと同じ金色の髪を震わせて、毅然と後ろを振り返った。

 遠くを歩くアスラン王子に、いつもの美女が群がっている。


「あの女たらしの王子め……うちの可愛いミスティアを放置するとは」


 兄の激しい愛を慰めるように、ミスティアは笑顔で背中を支えた。


「大丈夫ですわ、お兄様。宮廷でも美味しい魔獣が食べられますし、何の不自由もありませんわ」


 ベリオルはミスティアの両肩を掴んで離した。


「大丈夫なものか! 奴は人喰いだぞ!」

「まぁ、お兄様」


 ミスティアが人差し指を唇に当てたので、ベリオルは我に返って声のトーンを下げた。


「アスラン王子は先祖の竜の血を受け継いでいる。その血を持つ者は、いつ竜化するかわからないんだ」


 ミスティアはアスラン王子の美しい青紫の瞳を思い浮かべた。

 光源によって瞳孔が収縮する様は、竜の目そのものだった。


「ええ。でも、国民も王族も貴重な"竜の王子"とお喜びではないですか」


 遥か昔に竜と契約を交わした王族には、時折り竜の血を持つ者が現れた。竜王が統治すれば国が栄えるという伝説があるが……。

 ベリオルは顔色を暗くした。


「竜の血は確かに貴重だが、竜化への恐怖を隠した建前だ。百年前のあの悲劇を、ミスティアも知っているだろう?」


 ミスティアは頷いた。王室はひた隠しにしてきたが、ベルドラ家を含む一部の高位貴族の間では、疑いようのない史実だった。

 花嫁を(めと)ったかつての竜の王子は、突如竜化して花嫁を喰らい、人々を殺め、宮廷を破壊して暴れた挙句、王軍に撃たれたのだ。いったい何が原因で竜化したのか不明だが、一説によると激しい感情で理性を失い、起きた事故らしい。


「ミスティアが竜化した王子に喰われてしまったら、俺はどうしたらいいか……!」


 乙女のように被りを振っていたベリオルは突然立ち上がると、ミスティアを(かば)いながら、空中に手を翳した。


「ミスティア、危ない!」


 兄妹の頭上に、有毒の蜂が飛んで来ていた。

 ミスティアはベリオルの腕を掴んで止めた。


「お兄様、宮廷で物騒な力を使わないでくださいまし。魔力の矢を蜂に向けるなんて、仰々しいですわ」

「し、しかし、ミスティアが刺されたら……!」


 宙を飛んでいた蜂はキン、と空気の音を立てて停止すると、空から落下して、ミスティアの手の中に落ちた。まるで透明の小さな箱に閉じ込められているように、自由を奪われていた。蜂を囲う輪郭が四角く光り、魔力で(おり)が構築されているのがわかる。


「ほら、お兄様。檻に入れてしまえば安全ですわ。よく見ると、もふもふして可愛い蜂ですわね」


 ミスティアが小さな檻ごと蜂を見せると、ベリオルは感心した。


「相変わらず完璧な魔力の檻だな」

「ええ。この力さえあれば、誰も私に危害を加えられませんから。ご安心ください」


 中庭の茂みがガサッと音を立てて、逃げゆくメイドの背中を兄妹は見つめた。

 ベリオルは暗澹と溜息を吐いた。


「この宮廷は毒蟲の吹き溜まりだ。竜の王子に伴侶が現れ、王妃の派閥は狼狽(うろた)えている。ミスティア、檻の力があるとはいえ、用心してくれ」


 兄の真面目な忠告を他所に、ミスティアは檻の中の蜂に夢中で魅入っていた。


「可愛いもふもふちゃん。私が飼い慣らしてあげましょう。私は可愛いものが好きですから……ね?」


 あどけない顔に垣間見える支配的な眼差しに、ベリオルは我が妹ながら、背筋を凍らせた。

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