10 竜の討伐
夜会の会場には兵が雪崩れ込み、ゼイン王太子とエルナは盾で守られた。
上座で腰を抜かした国王の横で、王妃は目を見開き、扇子で興奮を隠している。
あまりの事に会場は時を止めたが、「グオォォォ!!」と地鳴りを起こす竜の雄叫びに、人々は再びパニックになった。
竜の怒りと悲しみ、混乱と破壊衝動。アスラン王子の理性は全て消し飛んで、殺戮者として怪物が暴れていた。
「ふ、は、あはは、化け物だ! やはりアスラン王子は化け物なのだ!!」
ゼイン王太子は伝説通りの破滅に喜びつつ、恐怖で後ずさった。
絶句している国王に代わって、王妃は毅然と王軍に命を下した。
「竜化した王子は人を喰らう! 直ちに客人を守りなさい! 王軍よ、撃てー!!」
王軍は弓矢を構え、大砲を運び込んだ。
高い天井を落とす勢いで暴れる竜は、集中砲火を浴びて大量の煙が上がった。
まるで断末魔のような、張り裂けるような竜の悲鳴が響く。
王軍の猛攻撃を止めたのは、ベリオルだった。
「やめろ、止めろ! 城ごと破壊する気か!!」
恐怖から過剰な攻撃を加えた兵たちは我に返り、全員が弾幕に包まれた竜の影を見つめた。濃い煙が捌けると、エルナは愕然として絶叫した。
「ど、どういうこと!?」
巨大な竜は無事だった。
掠り傷一つなく、その身体の周りには、光り輝く檻の輪郭が見えた。
ベリオルはホッとして、王軍に伝えた。
「竜はミスティアの檻に捕獲されている!」
王軍もまた一様に安堵した。弾も矢も、すべて使い果たしていた。
檻の中の竜は、悲しげに地面を見下ろしている。
「キューン……」
その鼻先に転がっているのは、血塗れのミスティアだ。
ピクリ、と指が動き、弛緩した身体がゆらりと立ち上がった。
まるで死人が蘇るような光景に、見守る人々は悲鳴を上げた。
ミスティアは口から流れた血を手の甲で拭った。
「く……ふふ……」
と笑顔で王軍を、いや、その向こうにいるエルナとゼイン王太子を見据えた。
「なかなか痺れる毒でしたわ……。なるほど、紅に使われた花はアルコールと共に胃に入り化合し、毒化するのですね。さすが王都には洒落た毒がありますこと」
「キューン」と心配そうに頭を寄せる竜を、ミスティアは優しく撫でた。
「可哀想に。ビックリしましたわね。私は悪食ですから、毒に耐性があるので大丈夫でしてよ」
予想外の展開に、ゼイン王太子は動揺した。
「お、檻に捕獲だと? バカな! 我を失った竜と一緒に閉じ込められて、喰われる気か!?」
キュンキュン鳴く竜の顔を、ミスティアは抱き締めた。
「ふふふ。我を失い野生の竜に戻ったからこそ、己より強い存在に服従するのですよ。ああ、可愛い。なんて可愛い私の王子様」
愛らしくも恐ろしい妖精姫の笑顔に、全員が背筋を凍らせていた。誰もがその場を一歩も動けないうちに「保管」と低い声が響いた。
「!?」
王軍は檻に捕らえられ、ガシャン! と音を立てて、中心に圧縮された。
悲鳴と混乱の中、檻の外にいるベリオルは慌てて叫んだ。
「ミスティア、潰すな!」
その声に兵たちは恐怖に陥り、全員がパニックになった。
「お兄様、邪魔ですわ」
ベリオルは慌てて横に飛び退き、後ろに隠れて抱き合っていたゼイン王太子とエルナは二人まとめて檻に拘束された。
「きゃあ!?」
狭い檻は互いをきつく押し付けあって、容赦なく圧を掛けられた。
「ぎっ! ぐるじい!」
「だ、出せ! 出してくれ!!」
ミスティアは微笑んだ。
「まあ、睦まじいこと。ゼイン王太子殿下は隣国に婚約者がいながら、婚前に浮気するほどの仲ですものね」
ザワッ、と周囲が騒めき、二人は注目された。
婚前浮気はこの貴族社会において、宗教的にも慣習的にも御法度だ。客人たちは不道徳さに慄き、口を覆っている者もいる。
「で、出鱈目だ!」
「隣国との遠距離恋愛に我慢できず、侍女の色仕掛けにまんまと嵌った。と、モルガン大臣が仰ってましたよ?」
ゼイン王太子は言葉に詰まり、思わず上座を振り返った。王座から立ち上がったままの王妃は強張っている。派閥の頭であるモルガン大臣が既に陥落している事実に震えていた。あらゆる計画がミスティアの手に渡っているのは確かだった。
ゼイン王太子殿下は真っ赤な顔になり、狭い檻の中で暴れ出した。
「ふざけるな! こんな家格の低い女と俺が関係を持つなど、ありえん!!」
エルナはブチ切れて、ゼイン王太子に掴み掛かった。
「はあ!? 私と結婚して王妃にしてやるって言った癖に!」
「平民上がりのお前なんか、娶るわけないだろ!」
「何ですって、このクソ男!!」
ギャアギャアと醜悪な喧嘩に周囲は唖然とし、人々の冷めた視線は上座へ向かった。
王妃は脱力して扇子を落とすと、その場にへたり込んだ。
ミスティアは愛らしい笑顔で会場から王妃を見上げて、優雅な淑女の礼をした。
檻を使うまでもない、無言の勝利宣言だった。
次話で最終回です!




