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初夜に捨てられた辺境の箱入り娘 〜独りで爆食する私を王子様が溺愛してきましたわ〜  作者: 石丸める@「夢見る聖女」発売中


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1 初夜に爆食い

 初夜の深夜に──。

 ミスティア・ベルドラ辺境伯令嬢は、ベッドの脇で夜食を爆食いしている。

 夫婦が愛し合うはずだった寝室には次々と料理が運び込まれ、ミスティアはそれを猛然と、しかし淑女の所作で食べ尽くしていった。

 肉、魚、肉、魚、と大皿が積み上がっていく。


 こんな夜になってしまった理由は、あまりに酷いものだった。

 それはほんの先刻のこと……。


  * * *


 緊張で頬を染めたミスティアは、豪華なベッドの端にちょこんと座っていた。月明かりが柔らかな金糸の髪を縁取って、貴族の間で謳われる「妖精姫」の名の通り、儚げに輝いている。


 だが、そんな妖精姫を冷たく見下ろす男……本日ミスティアと婚姻を結んだアスラン第二王子の顔は不服そうである。


 花嫁であるミスティアの顔、胸、腰。

 そしてナイトドレスから少し見える脚まで値踏みするように一瞥すると、アスラン王子は端正な顔を歪めて言い放った。


「ガキみたいな顔と身体だな。色気がなくてまったく(そそ)られない」

「……」


 ミスティアは突然浴びせられた暴言に目を見開いた。小さな唇が「まぁ」の形で時を止めている。

 確かにミスティアは童顔で、身体の線も慎ましく控えめだ。小柄なのは”妖精姫”の愛称たる所以だが、アスラン王子はそれが気に食わないらしい。苛立つように白銀の髪をかき上げると、さらに失礼な言葉を重ねた。


「俺は幼稚な女は趣味じゃないんだ。王の命令で婚姻は結んだが、お前と寝室を共にする気はない。じゃあな」

「っ……」


 ミスティアが返事をする間もなく、アスラン王子は踵を返して出て行ってしまった。静寂となった寝室に残されたミスティアは、一人呆然とした。


 辺境の地で箱入り娘として育てられたミスティアは、王命によって第二王子であるアスランのもとに嫁がされた。

 アスラン王子はこれまで、婚約者に難癖を付けては婚約破棄を繰り返し、宮廷内に悪評を広めていた。どんな相手を見繕っても拒絶する王子に、業を煮やした国王は「最適な相手」を探して婚姻を強行する手段に出た。


 そうしてミスティアが選ばれたのだが……。


「はぁ。まさかこんなに嫌われているなんて」


 ミスティアは溜息を吐きながら、今日の一日を回想した。

 格式高い結婚式と、絢爛な夜会。

 夫となるアスランは噂通りの美麗な王子で、ミスティアは初対面で見惚れてしまった。麗しい白銀の髪も、冬の湖を思わせる青紫色の瞳も、故郷では見たことのない美しさだった。

 だが、ミスティアが見つめてもアスラン王子そっぽを向くばかりで、不機嫌な黙りのまま、初夜となってしまったのだ。

 初めて交わした会話が暴言で、さらに初夜に放置とは、あんまりな処遇だった。


 ミスティアはもう一度、溜息を吐いた。

 が、同時にそれを上回る、大きな音が寝室に鳴り響いた。


 グギュ~~~……


「まぁ」


 お腹の音である。

 ミスティアは思わず、腹部を隠すように抑えた。


「夜会であんなにご馳走を食べたというのに……私ったら、もうお腹がすいてしまったのね」


 ミスティアはベッドから立ち上がるとガウンを羽織り、サイドテーブルにある小さなベルを手に取った。

 これは辺境の生家から持ってきた特殊な鉱物具で、対となるベルを持つ者に音が届くのだ。


 しばらくすると、寝室のドアがノックされた。

 ミスティアが「どうぞ」と促すとドアが開き、恰幅の良い男が現れた。眼光鋭い老兵のような面相だが、シェフ帽とエプロンを身に付けている。


「お嬢。初夜に爆食いとは、さすがに引きますな」

「ガルド。ここは辺境ではなくて宮廷よ? お嬢なんて呼ばないで。辺境から来たというだけで、この宮廷では物珍しい目で見られるのだから」

「そりゃあ、お嬢が……ミスティア様が輿入れに調理人しか連れて来なかったもんだから、もう宮廷中で噂になってますよ」


 ガルドの後ろから二人の男児が、カートを押して寝室に入ってきた。双子のコックなので、息がピッタリ合っている。


「ミスティア様! お夜食をお持ちしました」

「うふふ。いつもありがとう」


 双子が室内を見回して「王子様は?」と呟いたので、ガルドは上司らしく諭した。


「王族は魔獣(まじゅう)の肉なんか食わんよ。これは全部、ミスティア様のための夜食だ。王子様はきっと……朝が早いのだ」


 クスクスと微笑むミスティアを見上げて、双子は安堵の笑顔になった。

 テーブルに置いた皿のクロッシュに手をかけると、二人は誇らしげに開けた。


「こちらが今夜のご馳走です!」


 ふわっ、と湯気が昇り、寝室は豊かな香りで満ちた。

 四人前はあるであろう巨大な肉塊が、ジュウジュウと焼き立ての脂を跳ねている。肉の周りに小さな雷がチカチカと光って、室内を妖しく照らした。


 ミスティアはカトラリーを手に取ると、瞳を輝かせて皿を見つめた。小さく舌舐めずりをしている。


「ミスティア様がお好きな、雷魔牛(らいまぎゅう)のステーキをご用意しました。黒ガチョウのフォアグラに、辺境伯家の定番・マンドラゴラのポタージュもございますよ」

「まぁ、魔獣尽くしね!」


 ナイフで雷魔牛を切るたび、ピリリと稲妻が走った。

 ミスティアは恍惚の表情で唇を光らせながら、綺麗に平らげていった。


 ガルドは双子に目配せをし、次の皿を運ばせた。


「お嬢、じゃない、ミスティア様。今夜はやたら爆食が進みますな」

「ええ。明日は忙しくなるから、栄養を蓄えないと」

「さっそく公務ですか?」


 ミスティアは肉塊から顔を上げて、菫色の目を雷で光らせた。


「いいえ。魔力が必要なの。皆様が”辺境の箱入り娘”にご興味をお持ちなので、王子妃としてご挨拶をしなければ」


 夜会の場で、花嫁であるミスティアに厳しい視線を向けていた令嬢たちの顔が浮かぶ。この結婚に納得していないのは、当のアスラン王子だけではないのだ。彼女たちはきっと、厄介な接触を図ってくるだろう。


 波乱を前にミスティアは魔獣を頬張り続け、華奢な身体に膨大な魔力と栄養を取り込んでいった。

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