02食べた瞬間世界が変わる
じっとこちらを見て、笑わない。だからこそ、よくわからない圧を感じちょっとだけ齧る。
軽く、ほんの少しだけという程度の量が口内へ入った。その瞬間、あまりのうま味に立ち上がる。
「甘い……!」
感動に似たものを感じていると下から「うちのりんごだからね」と淡々とした声が聞こえて、自分より早く食べていく子供が自慢げに言う。それに釣られて、美味しかった味を思い出し、勝手に手がりんごを口元に持っていく。
気付くと咀嚼していた。口の中が甘くて、知らないのに幸せの味というものが頭にこびりついて離れない。美味しい、美味しいと脳が叫ぶ。
「あっちもできたかな」
女の子が呟くと鍋を見に行き、焼いたりんごを中に入れて、手をクルッと回す。
「よし」
中から取り出してみるとそこには艶々したりんごに透明なものが、さらにピカピカと皮を照らす。
「それは」
「りんごを溶かした砂糖で絡めたお菓子」
「お菓子?」
頷き、見せつけるように掲げる。
夕日に照らされたそれは、とても綺麗で思わず見惚れた。それを、ズイッと渡されて目を丸くする。
「唇やけどするから、齧るんだよ」
注意を頭に入れながら鼻で嗅ぐと、甘さのある香りが漂う。砂糖である。
齧るとまずはカリッという感触に、ついでりんごの食感、共にシャリという感触。共に口に入れた途端、身体がりんごの波に放り込まれる錯覚がした。
りんごは硬いはずなのに、身体を受け止めるとそのまま中に入り込む。
砂糖が液体として周りを浮かび、さらりと魚のように泳ぐ。
熱いのに、それがよい。気付くと、手からりんごの砂糖を絡めたものが消えていた。
「消えた」
「食べたらなくなるに決まってるでしょ?はい、お代わり」
もう会えないと思った幻が手渡される。
「また、いいのか」
「報酬だから、いくらでも食べてって。高温の炎なんて食べ放題にしても足りないくらい、貴重な能力だし」
女の子は、くるりとりんごを次々砂糖に絡めてはサクサクと地面に刺す。
それが、冷ます行為と知るのは少し後。カルヴァは能力のせいか、熱いのはそこそこ平気だ。
女の子は熱いから、火傷するからと言ったがカルヴァに限っては無縁の症状だった。いや、いらない。
二つ目を貰ったというのもあり、口にしたはずなのに、どうやら気持ちは違うらしく真逆の言葉を放つ。
「食べる」
そうして、延々とその日はお腹がいっぱいになっても、無理してりんご飴と後に知る食べ物を詰め込んだ。
*
田舎の領地を一応体裁的に収める貴族の家に生まれたのは、運がよかった。
親が朗らかで、細かいことは気にしない人たちというのが、一番の幸運だというのがグラニエスの見解だ。
誰が何を言おうと。
スゥ、ともぎたての赤い果実を近づけて吸い込む。
「いい香り」
「グラニエス様、これ、獲っていい?」
名前を呼ばれて、下を見ると小さな子供が数人集まり、こっちを見ている。この子達は近くに住む子達や、近くにある孤児院の子達だ。
今は、グラニエスの個人的な趣味である農園や庭園など、広さのある土地へバイトをしに来ているのだ。無駄に広さのある場所ゆえに、いつの間にか広がっていったから、一人ではどうにも収穫できなくなった。
「いいよ。赤かったら大体大丈夫だから」
許可を出すと皆は嬉しそうに散らばっていく。報酬をここのフルーツにしているから、持ち帰りたいので張り切っているのだろう。
最近、りんごの単価が上がっていると知り、価格を上げた甲斐がある。りんご、というのはグラニエスが命名した。
倉庫の中で見つけた時に、適当に埋めたらそれがりんごだっただけ。そして、転生者として生まれた女がそれに目をつけるのは当然。
倉庫にあったのは、先祖が未開の土地に行く度にそこの人達を助けるお人よしなので、その交流があって貰ったものなのだとは、聞いている。
他にもいろんな種があり、おまけに土地になにがあった、という細かな冒険日記のようなものを、見つけたときは、明らかに知っている見た目や、味のものが記載されているのを知った。
りんごの種を品種改良しながら時間をかけて、ここまで美味しくしてきたのも、今でも思い出される。りんごと知れた時の喜びは、一日中眠れなかったほど。
「グラちゃん!いるー?」
突然、庭園から声が聞こえた。この呼び方は父だ。その日その日によって、呼び方が変わる。
「グラニエスちゃんのお父さん、こっちだよ」
子供達もグラニエスの呼び方は色々ある。様つけ、様無し、ちゃん呼び、呼び捨て。お貴族様と言う子まで十人十色。
それが許される緩い土地ということである。グラニエスも根っからの庶民な小物な性格なので、恭しく扱われるよりかは今のスローライフな空気がいい。
「お、ありがとうな。ここもいい色をしてるな」
「今日は収穫の日なんです」
子供達が代わりに父に話しかける。父の見た目は、ラフな服を着ていて、メガネをかけているのでただの男性にしか見えない。
よく一人で街中に行くので、皆も気心が知れているから、今更その装いに違和感を感じる人はいないだろう。
「なに、父さん」
「いや、こっちのセリフ!侯爵家のご子息が来たんだが?来るとか聞いてないけど?今やうちは大パニックだぞ?」
急いでる顔をしてないので、てっきりりんごを齧りに来たのかと思ってたけど、そうか。来る?と頭を回転させていると、ポンと手を打つ。
「ああ、先ぶれの手紙きてた」
「え?僕の机にないけど」
「私の机の上」
「手紙の意味ないよ!?来たのはいつ?」
「うーん、二週間前」
「当主のお父さんに!渡さないといけなかった手紙なんじゃないか!?」
グラニエスの手を握り込む父の手は汗ばんでおり、流石の楽観的な性格の彼も焦っているらしい。
「その手紙を取り敢えず、早くお父さんに渡して!グラニエスのお友達なんだから、グラニエスが対応しなさい!」
「え、まだ途中」
「今はりんごより、高位貴族の対応だ!王様が来ても、同じこと言いそうなのが怖い」
グラニエスの父が、子供を抱えて走っていく。優雅に走っているのを子供達は手を振って見送る。
「グラニエス様の家は、ウチより賑やかだよ」
「お父さん達が、うちの領地は最高だから下手に出て行かない方がいいって」
「うちも言ってた」
「孤児院にも、りんごがたくさん届けられてて、院長先生喜んでたよ」
子供達は立場の垣根なく、好き好きに言い合う。




