服の概念
何かの達成感がない。僕は何かの達成感が欲しい。しかしそこに絡んでくるのは金。全部金。だから金は嫌いだ。物欲もない。なんかあったかいかっこいい革のジャンパーでも着たい。薄いやつ。
楽な格好がいい。ラフで楽な格好。しかしそうなるとストリートのバカの制服と同じになってしまうので、ジャージを起用にもバンドマンのレッテルが貼られている気がして、着る服というか選ぶ服がない。
ジョニーサンダースみたいな服を着たい、イギーポップみたいな服を着たい、と思っても奴らは金持ちでいい服を着てるから真似はできない。庶民の服を欲しくはないし、だからといって奇抜の服が欲しいわけでもない。困ったものだ。欲しい服は大抵揃えたが、ジーンズにしろやれ大戦モデルだ、やれ90sのbボーイだなどのいちゃもんつけて高値で売ってくる。誰かのお下がりになぜ一万円を払わなあかんのか。
古着にこだわる理由は二つある。まず大前提に被らない。人と被らないから楽である。
第二に思いかけずに、今の流行りと逆行した服を見つけることができる。それが好きだ。
実際のところロンTやTシャツは好きできていない。あれは肌着の延長線上にあってパジャマだと思うのだ。しかしバンドの印刷をしたら5万とかぼろっ切れのやっすいテロテロ生地に店主がバカみたく講釈を垂れて、早口言葉オタクみたいに説明してきてめっぽう腹が立つ。だからバンドtシャツは買わない。だって買ったところで店側しか得をしないのだ。なら直接バンドの公式のtシャツを買いたい。しかし金が無いから買えないんだけどな。唯一頭脳警察のtシャツを買った。かっこいいから。見せびらかすつもりもないし自己啓示したい気持ちもないがPANTAが死んだから、若者にもまだパンク精神が残っておるんやぞという天国へのメッセージとして買った。
バンドTシャツを着てる人間は音楽を好きではないのかもしれない。
格好だけに囚われて自分自身がどんどんおもろない人間になている4年間を過ごした。インターネットは流行に遅れるとダサイの刻印を押されて人間として見られなくなる気がする。
やはり外面を気にせず中身がおもろい人間こそかっこいいのではないかと思う。話がおもろいやつになりたい。しかし薬の副作用で言葉がうまく出て来ず頭も回らないのでどうしようもない。
何もしたくないな。欲しいものも何かを高めようとする気も起きない。天国に行けたらいいな。
ジジイとババアと子供に優しくして、ドーパミン中毒になるインターネットを断ち切り、現実を受け止め小さな違和感に気をつけて生きていきたいなと思う。
その小さな違和感が膨れ上がっている気がするが、今日を生きることが精一杯の自分はどうすることもできずにおる。
またしょんべんくさい文章を書いてしまった。 つまらん文章だ。
日記を人に見せる場所に書くことこそメンヘラの極みのような気がして、自分自身が気持ち悪いなと思う。
どうせ見てなから吐き出してやろうと思う。バンドが売れたらいいな。再来年には気にせずに適当に野菜とか買えたらいいな、車とか欲しいな、親に迷惑をかけたくないなと思う。




