第一話
|プロローグ ── 記録の向こう側へ
> 記録はここから歪む。もはや誰の視点でもない。
だが、誰もがそこに立っている。
──
1642年12月25日 ─ 聖夜の降臨
十七世紀。薄闇が地を覆う時代。
北極海の凍てついた腕に抱かれた島国「ライツシアド」は、まるで神が忘れ去った楽園の成れの果てのように佇んでいた。
ツンドラの荒野が息づき、白銀の風が大地を切り裂く。
ここでは善も悪も等しく氷に閉ざされ、真実と虚偽が見分けのつかぬまま混じり合っている。
そんな聖なる夜に、運命の子が生まれた。
「金髪金眼は神の遣い」──古くからライツシアドに伝わる言い伝えが、再び人々の口に上る。
──
「アルバート・アヴ・ウェーバー」
その誕生は、まるで神話が現実に降り立ったかのような神秘性に包まれていた。
凍土は今、異様な静寂に包まれている。いつもなら吹き荒れる風も、この夜だけは息を潜めているかのようだった。
雪は音もなく降り続け、世界を純白の絨毯で覆っていく。
──
ライツシアドの民は代々、白い髪に赤や碧の瞳を持つのが常だった。それは厳しい自然環境に適応した結果であり、この土地に住む者たちの特徴だ。
だが彼は黄金の髪と瞳を携えて生まれた。
天使の彫刻を思わせる完璧な美貌に、産婆は息を呑んだ。
「これは人の子ではない」
ウェーバー家は、この偶然を奇跡と祀り上げた。権威回復の切り札として。
彼らはこの後、アルバートを「神の子」と溺愛し、縋り、奇行の道へと滑り落ちていく。
──
…なぜ彼らは「ただの子供」にこれほど縋らなければならなかったのか。
誕生の夜、アルバートの父は彼は赤子を抱くことすらできなかったのだと言う。
「お前は我が家の救世主だ」
決して拒絶からではない。むしろ、その存在の重さ──「救世主」としての過剰な意味付けが、彼を“息子”ではなく“象徴”にしてしまった故に、だ。
一方でウェーバー家を主君とする騎士団もまた、この出来事に複雑な反応を示した。
「我々が流した血は、こんな茶番のためだったのか」
…果たしてこの違いはなんだろうか。
同じ出来事が、立場によって「奇跡」にも「茶番」にもなる。
それぞれの言葉の重さは、一体どれほどのものなのだろうか。
「文脈」を知りたいのなら、教えよう。
僕は彼らの共犯者であり、記録者なのだから。