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読切怪奇談話集(仮)

死んでもストーカー

作者: やなぎ怜

 雨で外出られなくて暇だから俺の人生で体験した怖い話を聞いてくれ。



 小学校低学年のときに家で一人で留守番してた。


 お袋がひとりで買い物に行ったあとで、途中で結構な雨が降ってきたから心配になったこととかはよく思い出せる。


 それ以外のことはさすがに昔すぎて(今アラサー)曖昧なんだけど。


 だから、なんで外を見たのかも思い出せない。


 雨が降ってきたのがなんとなく家の屋根にぶつかる音でわかって、薄いレースカーテンをめくって、外を見た。


 一戸建てだったから、リビングから庭に面しては全面窓があって、レースカーテンをめくるとすぐ庭と、玄関に続く門扉のところとかが見えた。


 門扉は黒い格子を組み合わせたようなやつで、格子の隙間から向こう側が見えるタイプだったし、門扉自体そう背が高くなかった。


 だからリビングの窓からでも、住宅街の一戸建てと一戸建てに挟まれた、広くない黒いアスファルトの道路もちょっとだけ見えた。


 暗い雲からザーザーと雨が降る中、その道路を赤い女が歩いてた。


 俺は「赤い」女だと認識したんだけど、なんで赤いのかはいまだによくわからない。


 赤いレインコートを着ていたとか、そういうわけじゃなくて、感覚的に「赤い」と思ったというか……説明が難しい。


 共感覚とかに近いのかな? 1という数字は赤、2という数字は青だと思う、みたいな。


 そういう感じで赤い女の印象は上手く語れない。


 女だと思ったのも、なんかひょろ長くて髪が長かったからそう思っただけで、実際は男だったりするのかもしれない。


 ここでは便宜上「赤い女」とは書くが。


 そんな全体的な曖昧な感じだったのに、なぜか遠くからでも不意に目が合ったのだけは強烈に理解できた。


 俺はガキなりに、こっそり見ていたことを気まずく思って赤い女から視線をそらした。


 赤い女は猛スピードで俺の家の前まで来て、門扉に続く階段を上って、なぜかピンポンを押さずに門扉をつかんでめちゃくちゃに揺らし始めた。


 赤い女がそうする途中で、俺は「ヤバイ! 怒られる!」と思ってめくっていたレースカーテンを閉じて、宿題を広げてたダイニングテーブルに戻ろうとしたんだけど、外からガッシャガッシャ門扉を揺らす音が聞こえて本当に怖かった。


 その時点では赤い女は普通に生きてる人間だと思ってた。


 赤い女はガシャガシャ門扉を揺らしてたかと思うと、急にピンポンを押した。


 わけわかんなくて本当に怖くて、リビングで一歩も動けなくなったし、息をするのも怖かった。


 それから赤い女がいつ帰ったのかはわからない。


 気がついたら音がしなくなってて、しばらくしたらお袋が運転する聞き慣れた車の走行音がしてやっとひと息つけた。


 宿題がぜんぜん進んでなくてお袋にはちょっと怒られたんだけど、赤い女のことは言えなかった。


 今赤い女の話をしたら、宿題が進まなかった言い訳に聞こえるんじゃないかと考えてしまって、黙ってた。


 で、次の日も雨だったんだけどその日はお袋も家にいたこともあって、俺は安心してた。


 ピンポンが鳴って、お袋がインターホンで対応したんだけど、なんか揉めてるっぽい声が聞こえてきた。


 俺はガキだったから、昨日のことなんて忘れてリビングのレースカーテンをちょっとめくって門扉のほうを見た。


 門扉の向こうに赤い女が立ってた。


 赤い女は背中を丸めて顔をピンポンのところに近づけてたんだけど、目だけリビングに向けてて、俺がそこから見るのをわかってたみたいだった。


 窓ガラス越しだったからハッキリとは聞き取れなかったけど、俺と目が合うと赤い女は急に叫び出した。


 俺の背後でお袋が「なんなんですか! 警察呼びますよ!」って赤い女の叫び声に負けないようにか、大声で言っているのが聞こえた。


 俺がお袋を振り返った一瞬のうちに赤い女はいなくなってて、お袋は気味悪そうな顔をして「なんなん」ってつぶやいてた。


 そこから、雨が降ると赤い女が家に来るようになった。


 ただ必ず来るわけじゃなくて、来ないときもある。


 警察にも相談したんだけどなんか上手く事件化? みたいなことはできなかったみたい。


 当時はもうストーカー規制法はあったと思うんだけど……先に書いてる通り、俺は当時はガキだったから親がどうしたとか、詳細はよくわからない。


 赤い女もこっちが無視していればピンポン鳴らしたり、門扉を揺するだけでしばらくするといなくなるし、そう害はなかった。


 でも地味にメンタル削られる。


 けどこっちは持ち家で、しかも引っ越してきたばかり。俺が小学生になるタイミングで家買って引っ越してきたんだよね。


 だから一度、同じ市内にあるマンションに引っ越した。


 でも雨の日に赤い女は来た。


 オートロック式のマンションだったのに、俺たちが住んでる部屋の玄関扉の前に現れた。


 そのときは揺する門扉がなかったからか、玄関扉を叩かれた。


 それでたしかそのあと警察にもまた相談してマンションの防犯カメラを見せてもらったのかな。


 でもエントランスにつけてた防犯カメラに赤い女は映ってなかったらしい。


 それでようやく赤い女が生きた人間ではないのかもしれないということになった。


 生きてる人間だったら警察になんとかしてもらう方向でいいんだろうけど、そうじゃない場合ってどうすればいいんだろうね。


 ということで八方ふさがりになって、マンションだと他の住民に迷惑かかるかもしれないから、俺たち一家はまた一戸建てのほうに戻った。


 先に書いた通り、無視してれば直接的な害はないんだよ。


 ピンポン押す、門扉を揺する、くらいしかしてこない。


 でも嫌なもんは嫌。


 当時は雨の予報があると赤い女がまた来るんじゃないかって、憂鬱な気分になった。


 当時の俺は(アラサーオッサンの今もだが)友達が多いほうじゃなかったから、雨の日には友達の家にお邪魔するってこともそうできなかった。


 家の空気も悪くなっていった。


 親父が家にいるタイミング(夜)では赤い女はほとんど来なかったから、実際に赤い女の被害に遭う機会が多いお袋と俺と、親父とのあいだには温度差があった。


 親父は「無視してればいいじゃん」って感じなんだが、それで赤い女の存在が消えるわけではないし、そういうわけでお袋と親父は口喧嘩をすることが多くなったように思う。


 そういうことがあって、今でも他人が言い合う声や、大きな音を聞くと反射的に冷やっとするというか、体の温度が下がるような錯覚をして、身構えてしまうようになった。こういうのもトラウマって言うんだろうか。


 そんなこんなでいたずらに月日だけが経って、赤い女が雨の日に来たり来なかったりするうちに、俺は中学生になった。


 両親は離婚してなかったけど、家庭内の空気はやっぱりよくなくて、俺は自宅には赤い女がくるというイメージもあったから、特に理由なく外出することが多くなった。


 在宅仕事してたお袋を家に残して外出することに後ろめたさはあったけど、赤い女が家に来るようになったのは俺のせいなのかなという意識もあって、重い空気や罪悪感から逃れたくてあてどなく外をぷらぷらしてた。


 そのときにババアに声をかけられた。


 たしか夕暮れ時で、そろそろ家に帰らないとなーって思っていた時間帯だった。


 紫色の白髪染めをしていたババアは、俺を見ると猛スピードで距離を詰めてきて、なぜか泣き出した。


 泣くときの表現に「おーいおい」みたいなのあるじゃん? まさにそんな感じの声を上げて俺の前で号泣しだした。


 理由がわかんなくて怖いし、また俺がなんかしたみたいに思われると困るというあせりもあった。


 一方で、ババアの泣き方はどこか芝居がかった調子でもあって、そのせいか道行くひとたちは視線は向けても、こっちに声をかけてきたり、警察を呼ばれたりといったことにはならなかった。


 ババアはしばらく号泣していたかと思うと、急に泣き止んだ。


 それで「あの赤い女はもうこないよ」って酒焼けした声で言った。


 ババアはどこかで俺んちに現れる赤い女の話を聞いていたのかもしれないけど、実際、直接言ってもいないことをぴたりと言い当てられるとビビる。


 びっくりしたのは、ババアが言った通りに赤い女が家に来なくなかったこと。


 けど今度はババアが家に来るようになった。


 「赤い女を祓ってやったんだから金払え!」って。


 俺の親はどう思ったかはわからないんだけど、ババアに一度は謝礼金を包んだんだよ。いくらかはさすがに知らない。


 でもさ、ババアは何度も家に来るんだよね。「感謝しろ! 金払え!」って。


 ババアは生きた人間で、住所があるからか、赤い女のときとは違って今度は普通に警察沙汰になった。金銭を要求してくるし、直接家に押しかけてくるし、脅迫とか強要とかに該当したのかな。


 でもさ、それでもババアは家に来るんだよ。


 幽霊だと思われる赤い女よりも、やっぱり生きた人間のほうがパワーがあるなって思ってたら、ババアが俺んちに突撃する途中に交通事故で死んだ。


 雨の日に、居眠り運転のトラックがスリップして轢き殺されたって聞いた。


 正直ホッとした。


 これでもうババアのストーカー行為に悩まされないんだって思って。


 実際、ババアはもう俺んちには来なかった。


 でもババアの存在には丸四年は悩まされて、ババアが死んだとき俺は高校三年生だった。


 あんまりこういうこと思いたくなかったけど、大事な受験前にババアが死んでくれてよかったと思ったよ。


 ババアというストレスから解放されて、大学は第一志望に危なげなく受かった。


 そしたらその大学の先輩からこんな感じの怪談を聞かされた。


「居眠り運転で老婆を轢き殺した隣人の中年男が、殺した老婆の霊に悩まされている」


 実話として語られたけど、怪談としてはよくある類いの話だから、真相はわからない。


 先輩はその「老婆の霊は生前霊能力者だったので、死後も霊的パワーがすごい」みたいなことを言ってた。


 あと、


「でもその老婆も霊の力が強まる雨の日にしか出られないんだって」


 とかも言ってたな。本当の話なのか真っ赤な嘘なのか盛ってるのかは不明。


 結局、俺の知っているババアが先輩が語った老婆と同一人物なのかは確かめなかったんだけど。


 あのババアは今でもストーカーをしているんだろうか? っていうかあの赤い女ってなんだったんだ? と、雨の日になるとたまに思い出す。

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