表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灯びの系譜ー静寂なる闇に芽吹くもの  作者: 武内れい
第2章:まなざしの檻
56/66

番外編:金色の陽だまり(後半)


売られた先は、商人の元だった。


「役に立たない子どもでも、うまく調教すれば、高く売れる」


そんなことを、大人たちは平然と言った。


レオは、他の子どもたちと共に、商人の下で働かされた。

最初は荷運びや掃除だったが、すぐに逃げ出した。


逃げなければいけない、母との約束を守るために。


「レオ、大きくなってね。誰かを、いっぱい助けてあげて」


こんな場所で終わってしまったら、母さんに会えなくなる。


気づいた時には、レオは夜の街を駆けていた。

小さな体で、迷路のような裏路地をすり抜け、暗闇の中をひたすら逃げた。


どこまでも、どこまでも。


どれだけ走っても、心臓はずっと痛いままだった。


靴はとっくに脱げていた。裸足で石畳を駆け、鉄の輪の重さに足を引きずりながら、それでもレオは止まらなかった。


いつしか、浮浪者の隙間に身を潜め、残飯を漁る日々になった。


怖かった。寒かった。痛かった。

けれど、あの日のオレンジジュースの味だけは、胸の奥でまだ消えていなかった。


「……きっと、もう一度……」


あの味に、あの笑顔に、もう一度手を伸ばしたかった。


けれど、願いは簡単には叶わない。


ついに、レオは力尽きた。


腹を空かせ、震えながら裏通りで倒れたその瞬間。

視界の端で、見覚えのある男たちが歩いてくるのが見えた。


「……あ、見つけた」


それが最後の自由だった。


男たちは、レオを容赦なく捕まえた。

細い腕を、肩を、無理やりねじ上げられ、何度も殴られた。


「逃げやがって、商人様にどれだけ迷惑をかけたと思ってる!」


レオは抵抗した。

噛みつき、引っかき、爪を折ってでも、拳を振った。


だが、力は幼すぎた。


最後に目の前に現れたのは、あの商人だった。


「お前……! 高く売れるって言われたから買ってやったのに、手間ばかりかけさせやがって!」


レオは、もう立ち上がれなかった。


それでも、地を這い、最後の力で拳を握り――商人の足を殴った。


「ぐっ……てめぇ……!」


怒り狂った商人の蹴りが、容赦なくレオの腹にめり込んだ。


身体のどこが痛いのかも、もうわからなかった。


でも。


レオは笑っていた。


「ざまぁ……」


どうしようもなく、壊れた笑い声が零れた。


それが商人の逆鱗に触れたのかもしれない。


「……使いものにならねぇ。どうせなら、あそこにでも送ってやれ」


怒りに任せ、商人はレオを「売り物」として8号島へ向かう輸送船に放り込んだ。




船の中、レオはぼんやりと天井を見つめていた。


身体は、痛みを超えて、冷たく麻痺していた。


ああ、もう二度と、オレンジジュースの味は飲めないんだ。


気づけば、世界は全部、冷たくて、苦いものになっていた。


レオはゆっくりと、仮面をかぶった。


何も感じないふりをした。

何も見ないふりをした。

何も、誰も、必要ないふりをした。


そうやって、心を凍らせた。


オレンジ色の、陽だまりの記憶は、彼の胸の奥深くに沈んだ。


そして――


その出会いは、ふいに訪れた。


最初に見えたのは足だった。裸足。

細く、汚れた足首には、錆びた鉄の輪がはめられている。


次に見えたのは、髪――白金。

光のない水の底で育ったような、青白い肌。


少年だった。私たちと同じくらいの年齢だと思う。


でも、明らかに何かが違っていた。


その目。


氷を溶かさずに透かしてくるような、冷たくて、脆くて、それでいて鮮やかな――青。



――きっと、あの時、レオはすでに心の奥で、二度と誰にも手を伸ばさないと決めていた。


それでも。


この先の物語で、彼の凍てついた心が、ゆっくりと、ほんの少しずつ、

また溶けていくことを――私は知っている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ