番外編:金色の陽だまり(後半)
売られた先は、商人の元だった。
「役に立たない子どもでも、うまく調教すれば、高く売れる」
そんなことを、大人たちは平然と言った。
レオは、他の子どもたちと共に、商人の下で働かされた。
最初は荷運びや掃除だったが、すぐに逃げ出した。
逃げなければいけない、母との約束を守るために。
「レオ、大きくなってね。誰かを、いっぱい助けてあげて」
こんな場所で終わってしまったら、母さんに会えなくなる。
気づいた時には、レオは夜の街を駆けていた。
小さな体で、迷路のような裏路地をすり抜け、暗闇の中をひたすら逃げた。
どこまでも、どこまでも。
どれだけ走っても、心臓はずっと痛いままだった。
靴はとっくに脱げていた。裸足で石畳を駆け、鉄の輪の重さに足を引きずりながら、それでもレオは止まらなかった。
いつしか、浮浪者の隙間に身を潜め、残飯を漁る日々になった。
怖かった。寒かった。痛かった。
けれど、あの日のオレンジジュースの味だけは、胸の奥でまだ消えていなかった。
「……きっと、もう一度……」
あの味に、あの笑顔に、もう一度手を伸ばしたかった。
けれど、願いは簡単には叶わない。
ついに、レオは力尽きた。
腹を空かせ、震えながら裏通りで倒れたその瞬間。
視界の端で、見覚えのある男たちが歩いてくるのが見えた。
「……あ、見つけた」
それが最後の自由だった。
男たちは、レオを容赦なく捕まえた。
細い腕を、肩を、無理やりねじ上げられ、何度も殴られた。
「逃げやがって、商人様にどれだけ迷惑をかけたと思ってる!」
レオは抵抗した。
噛みつき、引っかき、爪を折ってでも、拳を振った。
だが、力は幼すぎた。
最後に目の前に現れたのは、あの商人だった。
「お前……! 高く売れるって言われたから買ってやったのに、手間ばかりかけさせやがって!」
レオは、もう立ち上がれなかった。
それでも、地を這い、最後の力で拳を握り――商人の足を殴った。
「ぐっ……てめぇ……!」
怒り狂った商人の蹴りが、容赦なくレオの腹にめり込んだ。
身体のどこが痛いのかも、もうわからなかった。
でも。
レオは笑っていた。
「ざまぁ……」
どうしようもなく、壊れた笑い声が零れた。
それが商人の逆鱗に触れたのかもしれない。
「……使いものにならねぇ。どうせなら、あそこにでも送ってやれ」
怒りに任せ、商人はレオを「売り物」として8号島へ向かう輸送船に放り込んだ。
船の中、レオはぼんやりと天井を見つめていた。
身体は、痛みを超えて、冷たく麻痺していた。
ああ、もう二度と、オレンジジュースの味は飲めないんだ。
気づけば、世界は全部、冷たくて、苦いものになっていた。
レオはゆっくりと、仮面をかぶった。
何も感じないふりをした。
何も見ないふりをした。
何も、誰も、必要ないふりをした。
そうやって、心を凍らせた。
オレンジ色の、陽だまりの記憶は、彼の胸の奥深くに沈んだ。
そして――
その出会いは、ふいに訪れた。
最初に見えたのは足だった。裸足。
細く、汚れた足首には、錆びた鉄の輪がはめられている。
次に見えたのは、髪――白金。
光のない水の底で育ったような、青白い肌。
少年だった。私たちと同じくらいの年齢だと思う。
でも、明らかに何かが違っていた。
その目。
氷を溶かさずに透かしてくるような、冷たくて、脆くて、それでいて鮮やかな――青。
――きっと、あの時、レオはすでに心の奥で、二度と誰にも手を伸ばさないと決めていた。
それでも。
この先の物語で、彼の凍てついた心が、ゆっくりと、ほんの少しずつ、
また溶けていくことを――私は知っている。




