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灯びの系譜ー静寂なる闇に芽吹くもの  作者: 武内れい
第2章:まなざしの檻
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番外編:金色の陽だまり(前半)


レオ・モルフォは、光の子だった。


――そう、母はいつも言ってくれた。


「レオはね、お日さまみたいに、そこにいるだけで明るくなるのよ」


家の裏手に広がる小さな庭で、レオはよく母の膝の上に座り、花を編む母の手元を見つめていた。金色の髪が陽に透け、笑うたびに青い瞳がきらきらと輝いた。父は商人で、世界を旅する忙しい人だったが、家に戻ってくるとレオを高く抱き上げ、こう言った。


「レオ、今日はどんな面白いことがあった?」


「えっとね! カラスがごはん持ってった! お母さんのおやつ、ぴょーんって!」


「ははは、それは面白いな!」


父の笑顔は、どこまでも優しくて大きかった。


父のいない日は、母と二人で町の広場を歩いた。市場の喧騒、果物の甘い香り、店先で笑う人々。レオは人が好きだった。すれ違う見知らぬ大人にまで、にこにこと手を振った。

「知らない人に声をかけたらだめ」と言われても、どうしても止められなかった。


「だって、あの人、悲しそうだったもん」


そう言って、レオはパンを半分に割って渡した。


レオは、誰かの悲しみを見つけるのがとても得意だった。

そのたびに、自分の小さな手でどうにかしたいと思った。


母はそんなレオを、時々困ったように、それでもどこか嬉しそうに見ていた。


家は裕福ではなかったけれど、温かかった。


ときどき、父が買ってきてくれるオレンジジュースは、レオにとって特別だった。


「旅先で見つけたんだ、これはいい香りだぞ」


父が笑ってグラスに注ぐと、甘くて、少しだけ苦くて――けれど、あたたかい味がした。


「おいしい! ねえ、また飲みたい!」


「もちろんさ。次も、レオのために探してくる」


その約束は、レオの小さな胸に、ずっと残っている。


だが、その「普通の幸せ」は突然、あっけなく崩れた。


父が、帰ってこなくなったのだ。


最初は母も笑っていた。

「少し遅くなってるだけよ、レオ。次に帰ってきたら、きっとお土産いっぱいね」


けれど、季節がひとつ過ぎ、ふたつ過ぎても、父は戻らなかった。

代わりに届いたのは、一通の紙切れだけだった。


母がそれを読んだ夜、台所の隅で静かに泣いていたことを、レオは知っている。


レオは小さな手で母の肩を必死にさすった。

何もできない自分を責めながら、ただ、母の背を温めようとした。


父がいなくなってから、家には次第に借金取りが訪れるようになった。母は必死に働いたが、商会は冷たかった。父の失踪は事故とされ、支援は打ち切られた。


レオは、母が日に日にやせ細っていくのを見た。


ある夜、母はレオの小さな肩を抱き寄せ、耳元で囁いた。


「レオ、大きくなってね。誰かを、いっぱい助けてあげて。レオなら、きっとできる」


その言葉を、レオはずっと胸にしまっている。


母が病に倒れたのは、それからすぐだった。

家はとうとう差し押さえられ、レオは町の孤児院に引き取られた。


「お母さんは?」


「すぐによくなるって」


そう信じて、孤児院での日々を耐えた。


レオはそこで、はじめて世界の冷たさを知った。


孤児院の子どもたちは、生きることに必死で、時に他人を蹴落とした。レオはそこでも笑顔を絶やさなかったが、時にそれは疎まれ、標的にもされた。


「なんでお前、そんなにヘラヘラしてんだよ」


「だって……」


だって、泣いたら、母さんも悲しむ。


でも、その笑顔はだんだんと「仮面」になっていった。


ある日、レオは孤児院で、年上の少年に囲まれた。


「お前の母ちゃん、死んだんだってな」


「……うそだ」


「ほんとだよ。聞いた。もう戻ってこないってさ」


レオは、その場で相手に飛びかかった。

振り上げた拳は震えていて、言葉も出なかった。泣きたくないのに、涙が止まらなかった。


誰かがレオを引きはがした。誰かが笑った。


その日、レオはひとつ知った。


優しさは、ただ差し出せば届くものじゃない。

強さも、ただ拳を振れば得られるものじゃない。


孤児院を出る時、レオは「買われた」。


商人が連れてきた男たちは、柔らかな笑みを浮かべ、契約書にサインするよう言った。レオは何もわからぬまま、連れて行かれた。


その船の中で、レオは自分が「売られた」ことを知った。


どこに行くのかも、何をされるのかも、誰も教えてくれなかった。


けれど――


甲板に座り込み、海を見つめながら、レオはふと思い出す。


オレンジジュースの味。

甘くて、少し苦くて、どこかあたたかい、あの味。


「……また、飲みたいな」


ぽつりと漏れたその願いは、誰にも届かなかった。


でも、きっと。


いつかまた、笑顔で飲める日がくる。

レオは、そう信じた。


「だいじょうぶ。……きっと、だいじょうぶだ」


震える声を、無理やり笑顔で包んで、レオは青く広がる波間に願いを放った。

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