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灯びの系譜ー静寂なる闇に芽吹くもの  作者: 武内れい
第2章:まなざしの檻
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48、青の手ほどき(後半)

 

 木登りのあとの私たちは、少し汗ばんだ頬にそよぐ風を心地よく感じながら、森の中を歩いていた。


「次は何するの?」


 レオが倫の袖を軽く引っ張りながら、期待に満ちた瞳で問いかける。


 倫は微笑を浮かべたまま、小さく首を傾げる。

「次は、ちょっとだけ難しい遊びだ。」


「またご褒美ある?」

 イザベルが目を輝かせる。


「あるよ。でも、今度はちょっと頑張らないと手に入らない。」


 そう言って、倫はゆっくりと歩き出す。

 私たちはその背中を自然と追いかけた。


 しばらくして、倫が立ち止まった。そこには、いくつもの石が転がる小さな沢があり、水音が涼やかに響いている。


「ここで色探しの続きをしよう。今度は――赤だ。」


「赤?」

 レオが森を見渡す。「このあたり、あんまり赤いものないよ?」


「だから面白いんだよ。」


 倫は、そう言って微笑んだ。


「ヒントは……風と一緒に動くもの。」


 私たちは顔を見合わせ、一斉に辺りを探し始める。


 私は、赤い花や実を探して木々の間を歩いた。けれど、目につくのは緑と茶ばかり。赤はどこにも見当たらない。


 ふいに、ざわり、と風が吹いた。


 その瞬間、私の目に何かが飛び込んでくる。

 小さくて、細長くて、ゆらゆらと揺れる――赤いリボン。


「あっ……」


 私は思わず声を漏らし、駆け出した。風に揺れるそれは、木の枝に引っかかっている。


「見つけた!」


 私が手を伸ばしかけたとき、背後から足音が聞こえた。


「ミナ、それ――」


 振り返ると、倫が静かに立っていた。


「それは取らなくていいよ。」


「え……?」


「それは、わざと置いてある。取ろうとすると、簡単に落ちて濡れた地面に触れてしまう。」


 倫は私の隣まで歩いてきて、枝を指差した。


「見るだけでいい。時には、触れないことが正しい選択なんだ。」


 私は、戸惑いながらも手を引っ込めた。


「レオやイザベル、ニコラが探しているのも、いくつかは取れるものだけど、中には『取っちゃいけないものも混ぜてある。」


 倫の声は穏やかだったけれど、私はその言葉の裏に、何か冷たいものを感じた。


「……どうして、そんなことするの?」


 私の問いに、倫はゆっくりと目を細めた。


「これは、選ぶ遊びなんだ。」


「選ぶ……?」


「欲しいものを全部手に入れようとすると、時に誰かを傷つけたり、自分が痛い目に遭ったりする。だから、どれを選ぶか、どれを諦めるか、それを知る遊びだよ。」


 私は息を飲んだ。


 倫は、ただの遊びをしているんじゃない。

 彼は、私たちに――何かを教えようとしている。


「でも……私たちは、どうしてそれを覚えなきゃいけないの?」


 倫は少しだけ視線を下げ、私にだけ聞こえる声で呟いた。


「ここで生きていくために、必要だから。」


 その言葉に、私の心の奥がひやりと冷えた。


 倫は、もっと大きな何かを知っている。

 私たちがまだ知らない、ここで生きるということの、厳しさを。


「でも、大丈夫。」


 倫は笑った。その笑顔はあたたかいけれど、やっぱり少し遠かった。


「僕は、君たちを守るために、こういうことを教えているんだよ。」


 私は、その言葉を信じたかった。信じようと思った。


 でも――ほんの少しだけ、不安の影が胸をよぎった。



「見つけた!」


 レオの声が響いた。


 私たちはそちらを振り向く。レオが誇らしげに、赤い紐のついた小さな木の実を掲げていた。


「これ、取ってもいいやつ?」


 倫は笑って頷く。「うん、それはご褒美だ。」


 レオは嬉しそうに、それを手のひらに乗せる。


 イザベルも、ニコラも、いくつかの正解を見つけて戻ってきた。


 倫は一人ひとりに、ご褒美として色とりどりのキャンディを配った。

 私は、赤いキャンディを受け取る。


 舌の上に乗せると、甘酸っぱい味が広がった。


「倫は、どうして色を探させるの?」


 私が思い切って尋ねると、倫はふと空を見上げた。


「色は、世界を知る手がかりだから。」


「手がかり?」


「うん。ここには、たくさんの色がある。でも、どの色を大事にするかは、人それぞれ違う。」


 倫は静かに言葉を続けた。


「君たちが、どんな色を追いかけるのか。どんなものを選んで、どんなものを手放すのか。――それを僕は、見ている。」


 私たちが選んだものが、私たち自身を映す。


 そんなこと、今まで考えたこともなかった。


 でも――きっと倫は、最初からそのつもりだったのだろう。


 遊びのふりをして、私たちに教えている。


 選ぶということ。諦めるということ。正解も間違いも、自分で見分けること。


 そうやって、私たちは少しずつ、倫に手ほどきを受けていたのだ。


「そろそろ戻ろうか。」


 倫の声に、私たちは頷いた。


 帰り道、木漏れ日が揺れていた。


 私は、青いキャンディと赤いキャンディを、それぞれポケットにしまう。


 口の中には、まだほんのりと甘さが残っている。


 選ぶということが、こんなに静かで、こんなに深いものだとは、私はまだうまく飲み込めていなかった。



 でも、きっと――

 私はこれから、何度もこの遊びを繰り返すのだろう。


 倫の笑顔の意味に、もっと近づくために。


 青と赤の間で揺れながら、私の小さな選択は、ゆっくりと積み重なっていく。


 風が、そっと私たちの背中を押した。


 そしてまた、私たちは、次の遊びへと歩き出した。

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