44、外の秘密基地(後半)
森の奥へ向かう道は、うっすらと陽が差し始めていた。湿った土の匂いが、まだ朝の冷たい空気に溶けている。
倫が立ち止まり、振り返った。
「フィリックス、こっちのチームは果物と実を。セリオン、そっちは薬草をお願い。」
「わかった。」
フィリックスは短く頷き、軽くローザの肩を叩いた。私、イザベル、ルーカンが彼の後に続く。
倫はレオ、ニコラ、セリオン、サラと一緒に、別の小径へと分かれていった。
「じゃ、出発しようか。」
フィリックスの声に導かれ、私たちはゆっくりと歩き出す。森の匂いが濃くなる。足元の枯れ葉がぱりぱりと鳴る音が、妙に遠く聞こえた。
「見つけたら、声をかけてね。」
ローザが笑う。彼女の白銀の髪が木漏れ日に揺れ、まるで森の中で燃える小さな灯のようだった。
「うん。」
私たちは目を凝らし、葉の影に潜む小さな実や、絡まる蔓を探す。
最初はただ夢中で歩いていた。でも、そのうちに私はふと、隣を歩くルーカンの後ろ姿に目を留めた。
彼は静かに歩いている。フィリックスやローザが枝を押し分けるときも、少し距離を保って、ゆっくりと、まるでその場所に自分を溶かし込むように。
「……ルーカン。」
「ん?」
「果物、どんなのが安全か、わかる?」
彼は少しだけ振り返り、私を見た。
「だいたいは。苦いのは食べないほうがいい。倫が教えてくれた。」
倫の名前を聞いて、私は自然と微笑んだ。
「倫は、本当にいろいろ知ってるよね。」
「ああ。船に乗ってた頃からそうだな。あいつ、結構用心深いんだ。」
ルーカンが、ほんの少し懐かしむように言う。
確かに。私も、あの長い航海の間、倫が細かく観察して、静かに私たちを守るように行動していたことを思い出す。
倫は、生き抜くことに長けている。
それはきっと、私たちよりもずっと早く「生き残らなければならないもの」にされてきたからだ。
私はあの時から——彼の背中を、どこかで頼りにしていた。
フィリックスは黙々と歩きながら、途中で青黒い実を一つ、手に取った。
「これは、食べられる。酸っぱいけど、元気が出る。」
彼はそう言って、木の名前を教えてくれた。ローザが嬉しそうに枝を引き寄せ、私たちもその実をいくつか袋に入れる。
「ふねのなかじゃ、みなかったよね」
イザベルがぽつりと呟く。
「うん。食べ物はいつも配られるだけだった。」
「……でも、倫は時々、支給品の中から傷んでないやつを見分けて、こっそり私たちにくれてた。」
私の記憶が、潮の匂いをまとって蘇る。あの狭い船の甲板。
苦くて固い配給パンの中で、倫は私たちに、まだ食べられる部分を分けてくれた。
「あいつ、そういうやつだ。」
ルーカンが、どこか照れくさそうに言った。
フィリックスは木の根元でしゃがみこみ、葉の裏を確認している。
「これは毒がある。似てるけど、茎の色が違うんだ。」
彼は静かに説明する。島で生きてきた彼の知識は確かで、私たちは真剣にその言葉を聞く。
「危ないものは絶対に触らないこと。」
「うん、ちゃんと覚える。」
私が言うと、フィリックスはほんの少しだけ、目を細めた。
森の中は、子どもたちの気配だけが静かに響いていた。
私たちは袋いっぱいに実や蔓を詰め込み、秘密基地へ戻る。
倫たちもすでに帰ってきていて、レオが手を振り、サラが得意げに大きな葉を掲げて見せる。
「これ、雨除けに使えるって!」
「おお、でかいな。」
フィリックスが笑う。倫は、私たちが集めた実や葉をじっと見て、一つずつ確かめていく。
「これも使える。ありがとう。」
倫のその声に、胸が少しだけ、ふわりと温かくなった。
私たちは倒木の隙間を整え、拾った蔓で雨除けを編み始める。倫が教えてくれた結び方は、私たちの小さな手でもしっかりと形になるものだった。
「……ほんとにあめ、あたらないかな?」
イザベルが少し不安そうに言うと、倫はにこりと笑った。
「大丈夫、試してみよう。」
彼は近くの小枝に水を汲んだ葉を乗せ、そこから雨粒に見立てて滴らせた。しばらくしても、蔓で編んだ天井の下はほとんど濡れない。
「……すごい。」
私も思わず呟く。
倫は、船の中でもずっとこうだった。
生きるために、さりげなく私たちを守ってきた。
彼はそれを、特別なことだなんて思っていない。ただ、当たり前のようにやってきたのだ。
「教えてくれて、ありがとう。」
私が小さくそう言うと、倫は少しだけ目を見開いて、照れたように視線を逸らした。
「……うん。」
彼は、私たちが最初から一緒にいた倫だ。
だけど、こうして島で出会ったフィリックスやローザ、セリオンたちと並ぶ姿は、少しずつ違って見える。
倫が変わったのか、私たちが変わったのか。
あるいは、あの船の上だけでは見えなかった彼の一面に、やっと私が気付けたのかもしれない。
少しずつ、私たちの秘密基地は形になっていく。
森の奥、誰にも気付かれない場所に、私たちだけの居場所ができつつあった。
倒木の隙間に座り込んで、私はふと空を見上げる。
まだ遠く、透き通った青が、木々の間に覗いていた。
いつか、あの空の下で——誰にも怯えずに笑える日が来るのだろうか。
私たちは、今日も、生きるためにここにいる。
名前を呼び合い、支え合い、小さな知恵を積み重ねながら。
きっと、それだけで、十分に意味がある。




