43、外の秘密基地(前半)
朝露が乾き始め、森の中にもちらほらと陽の光が差し込み始めていた。
朝の運動が終わって、少しだけ休んだ後、私たちはいつものように食材調達の時間を口実に森へと向かった。
森の奥に進むと、木々の間から覗く空は、昨日までの曇りが嘘みたいに青かった。
私はふと、すぐ前を歩くルーカンを見上げる。
「今日も、いつもの場所に行く?」
「いや、もう少し奥まで行く。昨日、フィリックスが実のなる木を見つけたって言ってた」
ルーカンはそう言って、足早に森の道を踏みしめる。彼の後ろ姿は、どこか落ち着いて見えたけれど、私にはわかっている。
ルーカンはいつも、周りを気にしている。誰が後ろにいるか、誰がどのくらい疲れているか、そういうことを自然と目で追っている。
私も、彼のそういうところに、少しずつ安心を感じ始めていた。森の奥へ進むと、フィリックスたちが先に到着していた。
彼は、倒れた大きな木の横で、何かをじっと見つめている。
「何してるの?」
私が声をかけると、フィリックスはゆっくりと私を振り返り、短く答えた。
「隙間が使えると思ってな」
私は彼の視線の先に目をやった。
そこには、根元から倒れた大木が、苔むした姿を晒していた。太い幹が斜めに裂け、内部に大きな空洞ができている。
少し腰をかがめれば、子ども一人が余裕で入れそうな空間だった。
ふいに、倫が私たちの間に割り込んできた。
「ここ……いいかも」
倫は幹の隙間に手を当て、少し考えるように目を細めた。
「死角になる。ぱっと見、誰も入れそうに見えない。雨もしのげるし、もしもの時はすぐに逃げられる」
「……秘密基地?」
私が呟くと、倫はにっと笑った。
「そう。基地だよ」
その目が、どこか楽しそうで、でも真剣でもあった。
「外ではここを、僕たちの拠点にしよう」
彼の声に、私の胸がふっと温かくなる。
私たちの拠点――そう言われると、心の奥に小さな火が灯るような気がした。
ルーカンがゆっくりと倫に歩み寄り、指先で苔を払った。
「いい。……でも、ばれないように作る」
「うん、それは絶対。目立たないものにする」
倫はすぐに答える。
彼の声は、いつもどこか静かで冷めているように聞こえることがあったけれど、こういうときだけは、ほんの少し熱を帯びる。
「まずは、覆いだ」
倫は足元に生えていた、長くてしなやかな草を摘み取った。
「これ、雨除けに使える。藁みたいに編めば、ぱっと見じゃ気付かれない」
彼の手つきは、まるでずっと昔から知っているみたいだった。器用に草を折り曲げ、編んでいく。
私は、ただ見つめていた。
倫が、こんなにも生きるための知識を持っているなんて、今まであまり気にしたことがなかった。
彼はいつも冷静で、よく考えて動くけれど、それは……単に、賢いからだと思っていた。
でも、今。
彼の手は、生き延びるための動きをしている。
必要だから、自然に身についた動き。
誰に教えられたわけでもない、彼自身の、生きる知恵。
「倫……どこで、そんなの覚えたの?」
私がそう尋ねると、彼は手を止めることなく、小さく答えた。
「昔の……施設。いろんな本があった。逃げる時に、いろいろ見て覚えた」
「……本、だけで?」
「実際にやったのは、ここに来てからだけどね。でも、やってみれば、案外なんとかなる」
彼はそう言って、草を編み終え、にっと笑った。
不思議だった。
その笑顔は、どこか寂しそうで、でも、ちょっとだけ楽しそうでもあった。
「ミナ、こっち手伝って」
声をかけたのはフィリックスだった。
私が振り向くと、彼はもう、何か枝を組み始めている。
「こっちも、枠を作る。倫の雨除けを支える骨組みだ」
「わかった!」
私が駆け寄ると、すぐにレオとニコラ、イザベルも集まってくる。
「これ、これだよ! 昨日フィリックスが言ってた、実がなる木!」
レオが興奮気味に枝を拾い、イザベルが頷く。
「食べられるって、サラも言ってた」
ニコラは枝を手にしながら、少し迷ったように言った。
「でも……似てるやつで、毒があるのもあるって……」
「そこは、ちゃんと見分けろ。これは葉の裏が白くなってるだろ」
フィリックスが教えると、ニコラはすぐに葉の裏を確かめた。
「ほんとだ……!」
「次はそれを見てから採れ。覚えろ」
「うん!」
フィリックスは、本当に森に詳しい。
彼は私たちよりもずっと長く、この島で生きてきた。だから、森のことも、植物のことも、毒草と薬草の区別も、全部知っている。
私はその知識を、今、少しずつ受け取っている。
「ルーカン、組み方、これで合ってる?」
「……少し緩い。もっときつく結べ」
「うん、やってみる!」
私たちは、夢中で基地作りに取り掛かっていた。
枯れ枝を拾い、草を編み、フィリックスが教えてくれた薬草を集める。
倫は、離れた場所で、セリオンたちと何やら相談していた。
チーム分けは、ルーカンが決めた。
「もし、誰かが迷子になったら、すぐに戻れるように」
「もし、大人に出くわしそうになったら、必ず一人は逃げられるように」
「もし、怪我をしたら、誰がどうやって助けを呼ぶか」
ルーカンは、そんな風に全部考えていた。
私たちは、フィリックス・ルーカン・私・ローズ・イザベルの五人。
倫は、セリオン・サラ・ニコラ・レオの四人と行動する。
「じゃあ、行こう」
倫が小さく手を挙げ、私たちは二手に分かれて、森へ散っていった。




