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灯びの系譜ー静寂なる闇に芽吹くもの  作者: 武内れい
第2章:まなざしの檻
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39、灯の予兆(前半)


私は、背筋にまとわりつくような感覚を振り払うように、首筋を軽くさすった。ふとした瞬間、誰かに見られている気配がする。けれど、周囲に目を走らせても誰もいない。背後を振り返っても、そこにはただ灰色の壁と監視カメラだけ。


(誰もいないのに、視線だけが、ずっと……)


私は歩きながら、ガラス窓に映る自分の姿をちらりと見た。そこに映り込んだのは、無数のレンズと、それを見つめる無感情な瞳たちだ。


監視カメラ、すれ違う職員、研究者たちの観察ノート。すべてが、彼女たちを「観察する」ために存在している。


食堂でも、廊下でも、広場でも。

彼女たち子どもは、まるで檻の中の小動物のように、無遠慮に見つめられていた。


「ミナ、どうした?」


声をかけたのは、レオだった。

その隣では、イザベルが彼の服の裾をぎゅっと握っている。まだ三歳のイザベルは、言葉もたどたどしく、私に小さく手を振ると、にこりと笑った。


「ミナ、あそぼ!」


「ごめんね、イザベル。今はちょっと……あとで、ね」


「うんっ」


イザベルは素直に頷き、レオと共に広場の方へ走っていった。私は彼らの背を見送りながら、胸の奥のざわつきを押し込めようとした。


二コラが近づいてくる。


「また、視線のこと、考えてた?」


「……うん。やっぱり気のせいじゃないと思う。誰かにずっと見られてる気がするの」


「まあ、いつものことだよ。監視カメラもあるし。気にしても仕方ないって」


彼はあっけらかんと笑って見せるが、私は小さく首を振る。


「違うの。監視カメラだけじゃない。もっと、生々しい……直接、誰かの目で見られてる感じがするの」


「そんなこと言っても、結局どこも監視だらけだしさ。俺たち、最初から実験のためにここにいるんでしょ?」


「……うん。でも……」


私は言葉を探したが、心の中のもやは晴れないままだった。


「ルーカンは、どう思う?」


少し離れた場所で、ルーカン・モーヴェインが壁にもたれて様子を見ていた。彼はゆっくり歩み寄り、淡々とした声で言う。


「ミナの感覚は、たぶん正しい。俺も、時々おかしな視線を感じる。……監視カメラとは別の、もっと個人的な何かだ」


「やっぱり……」


私はルーカンと目を合わせる。彼の静かな瞳には、微かに警戒の色が浮かんでいた。


「ルーカンも気になってるよね。あのことも」


「ああ。倫のことだろ?」


「……うん。倫って、どうしてあんなに、私たちのこと知ってるんだろう」


倫は、まるでずっと前から、彼らの秘密を知っていたかのようだった。秘密基地の存在も、誰にも教えていない小さな隠し場所も、倫はなぜか当然のように知っていた。


「レオや二コラは倫をすごく信頼してる。……でも、私とルーカンは、ちょっと違うよね」


「……あいつは敵じゃないと思う。でも、何かを隠してる。あいつ自身、何者なのか、本当のことは何も話してない」


ルーカンは腕を組んで、遠くを見つめた。


「けど、一緒にあの船でここまで来た。倫は、俺たちを何度も助けた。……それは、事実だ」


「……うん」


私も頷く。確かに、倫はいつも彼らの側にいて、必要なときに手を差し伸べてくれた。


でも――


(どうして、全部知ってるの?)


その答えだけが、いまだに霧の中だ。


ふと、広場の隅に目をやると、そこに倫が立っていた。

いつものように、柔らかく笑っている。


「ミナ。ここ、ひとり?」


彼はゆっくりと近づいてくる。


「……うん。ちょっと、一人になりたかっただけ」


「そうなんだ。なら、ちょっとだけお話しよう」


倫は、私の隣のベンチに腰を下ろした。


「怖い?」


「……え?」


「誰かに見られてるって、怖い?」


私は瞬きをする。どうして倫がそのことを知っているのか。


「……怖いよ。でも、どうせ私たち、最初から見られるためにここにいるんでしょ」


私の言葉に、倫は微笑を崩さない。


「うん。そうだね。ここでは、みんな平等に見られてる。誰か特別ってことはないよ」


「……平等?」


「そう。誰もが平等に観察されて、平等に選ばれる。だから、そんなに怖がらなくてもいいんだよ」


倫の言葉は優しい響きだった。でも、どこか歪だった。


その笑顔は、まるで誰かから教えられた『正しい笑顔』をなぞっているだけのように見える。


(倫は、ほんとうに、これを「優しい」と思ってるの?)


私は、彼を見つめる。


「倫は……本当は、何なの?」


倫は小さく首を傾げ、目を細めた。


「僕は……そうだな。僕は、観察するもの」


「観察……?」


「うん。観察するの、好きだよ。見ていると、いろんなことがわかるから」


私は、彼の瞳の奥に、どこか冷たい光を見た気がした。


その光は――まるで、檻の中にある鏡のように、誰かの目線をそのまま映し返している。


(でも、私も……)


「……私も、倫のこと、見てるよ」


私のその一言に、倫はゆっくりと目を丸くし、そして、ふっと微笑んだ。


「うん。それでいいよ、ミナ」


その笑顔が、ひどく悲しいものに見えた。

倫はすっと立ち上がり、手を振って去っていく。


私は、その背中を見つめながら、心の中に小さな灯りがともるのを感じていた。


(私は、見られるだけじゃない。私も、見ている――)

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