36、午後の再会と繋がり(後半)
秘密基地へと続く抜け道は、古い資材置き場の裏にひっそりと存在していた。レオとニコラは慣れた様子で物陰をくぐり抜けていく。その姿を見ながら、私はまるで冒険の途中にいるかのような気分になっていた。
「ほら、ここから先、ちょっとだけ狭いんだ。」
レオが得意げに言い、それにニコラが続いた。
「でも、僕たちはちゃんと通れるから大丈夫。ミナも気をつけてね。」
「うん、ありがとう。」
そう微笑んだ倫は、まるで最初から道を知っていたかのように、迷いのない足取りで進んでいった。私はその様子を少し離れた場所から見つめていた。
隣ではルーカンが、いつもの静かな瞳で倫の背中を追っていた。けれど、彼の表情には、どこか小さな歪みがあった。
「……倫、あの抜け道まで、案内してもらわなくても辿り着けそうだったな。」
そのつぶやきに、私は頷いた。私も同じ違和感を抱いていた。レオたちが「秘密だよ」と誇らしげに話していた道を、倫はまるで知っていたかのように進んでいく。
慎重にはしていたけれど、その仕草にはどこか芝居がかったところがあった。
「……知ってるはず、ないよね。秘密基地も、この抜け道も。」
そう口の中で呟いた私は、唇を噛んだ。
それでも倫は笑顔のまま振り返って言った。
「大丈夫だよ、レオ、ニコラ。この道なら、監視官に見つからない。」
「すごい!倫、なんでそんなに詳しいの?」
「……たくさん、見てきたから。」
また、その言葉。
私はその背中をじっと見つめた。
──なぜ、そんなにもたくさん知っているの?
──なぜ、そんなにも自然に「僕は見てた」と言えるの?
レオとニコラはすっかり倫を信じきっていた。イザベルも部屋で楽しそうに準備をしていた。でも、私とルーカンは、ほんのわずかに歩調を緩めながら、胸に刻まれた違和感を見逃さなかった。
倫は、やさしい。
けれど、そのやさしさは、どこか模倣されたような静けさをまとっていた。
「……ルーカン、もし、何かあったら……」
「大丈夫、ミナ。俺も気付いてる。」
その答えに、私は安堵と同時に、ほんの少しの怖さを覚えた。疑いを口にできたことが、どこか不安でもあった。
倫たちの姿は、やがて闇に溶けていった。
夜風が静かに頬を撫でる中、私は胸の奥に残る小さなざわめきを感じながら、そっと目を閉じた。
──これは、きっと始まりだ。
秘密基地に足を踏み入れた倫は、その場にいるだけでは満足しなかった。
彼の琥珀色の瞳は、壁や天井、床を静かに、けれど執拗に見回していた。時にしゃがみ込み、手で触れ、爪で木を叩いて材質を確かめている。
「倫、何してるの? 隠し扉でも探してるの?」
そう声をかけると、彼は小さく笑って言った。
「うん、そんなところ。」
その言葉のあと、彼は部屋の隅に目を向けた。本棚の隣、天井まで届く大きなワードローブに近づき、ゆっくりと扉を開ける。
私は彼の行動をそっと見守っていた。中に衣類はほとんどなく、乾いた木の匂いが立ちのぼっていた。
倫は、じっくりとワードローブの中を確認していた。奥の板を叩き、指先で接合部をなぞっている。そこに不自然なものはなさそうに見えたけれど、彼は諦めなかった。
やがて椅子を引き寄せ、ワードローブの横の引き出しの上に据えた。そして椅子に登り、側面を慎重に触れたそのとき──
「……やっぱり。」
その低い呟きが、私の胸の中にひっかかった。
彼は、そこに隠された小さな空間を見つけた。そして覗き込むようにして、その先を見つめる。
私は、なんとなく分かっていた。
──その先に、私たちの部屋があると。
ほんの微かに聞こえる私とルーカンの声。それを、倫が聞いていたなんて。
「……今、何か聞こえた?」
ルーカンのその言葉に、私も息を呑んだ。
彼が慎重に床を調べると、確かにそこにレンガが外せる仕組みがあった。そして、そこから──倫の目が覗いていた。
私は驚いた。でもそれ以上に、ルーカンの微かな動揺を感じ取った。
「ルーカン?」
「……しっ。」
倫が、声を出すなという合図をしていた。私たちは彼の意図をすぐに察し、何もなかったように床を戻した。
「……繋がっていたんだ。」
ルーカンが静かに言った。
「秘密基地と、この部屋が。」
私は言葉が出なかった。倫は……偶然、じゃない。そう確信していた。
その後、秘密基地で倫は淡々と説明を始めていた。
「部屋と秘密基地が直接繋がっていれば、監視カメラや巡回の危険を減らせる。すぐに行き来できれば、もっと安全に集まれる。」
レオとニコラは目を輝かせて聞いていた。
「ほんとに!? すごいじゃん、倫!」
「でも、まだ簡単には使えない。誰かに見られたら、秘密基地がばれる。」
「……ルールを作ろう。」
倫のその言葉には、ただの提案以上の重さがあった。
「この通路は、簡単には使わない。もし使うときは、必ず誰かが見張りをして、タイミングを慎重に選ぶ。いいね?」
「うん! 分かった!」
私はその様子を見ながら、胸の中のざわめきが消えないままだった。
倫が椅子をそのままにして秘密基地を後にする姿が、どこか印のように見えた。
夜。全員が部屋に集まり、小さな声で秘密の作戦会議が始まった。
「これから、秘密基地に行くときはルールを守ろう。」
倫が指を折って説明する。
「まず、絶対に単独で動かないこと。」
「次に、監視カメラと巡回の時間をしっかり確認すること。」
「そして、必ず部屋に誰かが残り、連絡役を務めること。」
「抜け道は最終手段。簡単には使わない。でも、もし何かあったときは……」
彼の瞳が静かに光った。
「ここからすぐに秘密基地へ逃げ込める。」
「……うん、分かった。」
私は小さく頷いた。心の奥には、まだ拭えない違和感があったけれど、皆の結束を壊すわけにはいかなかった。
「倫、これ、すごく心強いね!」
レオとニコラは笑っていた。イザベルも小さく頷いている。
そのとき、ルーカンがふと倫を見つめて、低く呟いた。
「……でも、どうしてそこまで知ってるんだ?」
「ちゃんと見てたから。」
倫は、あの穏やかな笑みを浮かべてそう答えた。
その夜。私たちは新しい秘密を胸に、慎重に作ったルールを心に刻み、それぞれの眠りへと落ちていった。
私は、眠りの中でも、その笑みの奥にある静けさを忘れられなかった──。




