35、午後の再会と繋がり(前半)
午後の光は、静かに傾き始めていた。
この時間、施設は不自然なほどに静かだ。廊下を行き交う子どもたちの足音も、監視官たちの冷たい声も、まるで息を潜めているかのようだった。
私は何とはなしに、作業を終えた手を膝の上で握りしめ、深く息を吐いた。
気がつけば足は、自然とあの場所に向かっていた。
──中庭。
子どもたちがあまり立ち入らない、ひっそりとした場所。
植え込みの影や石畳に積もった埃が、そこに人の気配が少ないことを物語っている。
この場所は、あの日──私たちがこの島に連れて来られた最初の日に、倫たちと一緒に過ごした、数少ない思い出の場所だった。
季節が移ろい、光の角度が変わっても、そこに満ちているのは変わらぬ静けさ。
私はふと、石畳に腰を下ろした。
……どうして、ここに来たんだろう。
別に意味なんてない。ただ、足が勝手に動いたような気がしただけ。
視線を泳がせていると、ふと、柔らかな足音が近づいてくるのを感じた。
私は顔を上げた。
「どうしたの、ミナ?」
その声を、私は忘れない。
──倫だった。
彼はゆっくりと歩み寄り、まるで旧友に話しかけるように自然に、私の隣に腰を下ろした。
変わらない。あの日と同じ、柔らかくて、どこか落ち着いた雰囲気。
「考え事をしてたの。」
私はそう答えた。
嘘ではない。ただ、口にするほどの理由が見つからなかっただけ。
倫は、どこか懐かしそうに私を見つめて、ふっと微笑んだ。
「……最近、他の子たちにもよく声をかけてるよね。」
「……うん。」
「ルーカンのあとを、ついていくことも増えた。」
「……うん。」
「いなくなった子のこと、気にしてるんだよね。」
私は思わず彼を見つめた。
どうして……そんなに、見てるの。
倫は、私の驚きに気づいた様子もなく、まるでそれが当たり前だと言うように、穏やかに微笑み続けた。
「全部、ちゃんと見てたよ。」
彼の声は、静かな湖面のように透き通っていた。
何も濁りがない、何も引っかかりがない──けれど、その完璧さが、逆に私の胸を小さく締めつけた。
「……倫は、どうしてるの? 最近。」
私が尋ねると、彼はすぐに答えた。
「僕は大丈夫だよ。ちゃんと、みんなを見てるし。元気にしてる。」
「一人のときは……どうしてるの?」
その問いに、倫はふっと微かに目を伏せた。
ほんの一瞬、息が止まったような沈黙。
けれど、すぐに彼は微笑んだ。
その笑みは、やはり柔らかく、優しい。
「一人でも、大丈夫だよ。」
──曖昧に、すり抜けていく。
そのわずかな間が、私の胸に静かに残り、やがて、沁み込んでいく。
倫のやさしさは、確かに心地いい。
だけど、それはどこか──透き通りすぎていて、まるで綺麗に作られたもののように思えた。
私が何かを言いかけたとき、ふと、遠くの見張り台に目をやった。
そこに立つ男の姿があった。
ロザヴェル・ノクテイン。
監視官であり、研究者でもある彼は、双眼鏡を片手に、私たちをじっと見つめていた。
彼は一言、ぽつりと呟いた。
「綺麗にできている。」
何が綺麗なのか──彼がノートに書き付けたその文字を、私は知る由もない。
その夜。
私は、胸の奥の引っかかりを抱えたまま、自室でシーツを整えていた。
レオとニコラは、どうにも落ち着きがない様子で、何度も窓の外を気にしている。
「なぁ、ミナ。今日、秘密基地……行ってもいいか?」
レオが、いたたまれないように問いかけた。
ニコラも、どこか我慢していたのだろう、すぐに同意する。
私は少しだけ迷った。
夜に秘密基地へ行くのは、危険だ。監視官の巡回は日によって違うし、何かあればすぐに咎められる。
けれど、二人の目は真剣だった。
「……わかった。私も行く。でも、ちゃんと気をつけて。」
そう言いかけたとき──静かに扉をノックする音が響いた。
現れたのは、倫だった。
「今日から、たまに僕もこの部屋で過ごすことになったんだ。」
倫の言葉に、レオもニコラもイザベルも、もちろん私も驚いた。
「えっ、ほんと!?」
レオとニコラは、ぱっと顔を輝かせた。
ルーカンもイザベルも少し驚いたように倫を見たが、やがて安心したように頷いた。
ルーカンも表情は静かだったが、どこかほっとしたように倫を見つめていた。
「よかった……でも、どうして急に?」
私が尋ねると、倫は肩をすくめて微笑んだ。
「僕も、ここで少しだけみんなと一緒に過ごしてもいいって、許可が出たんだ。」
その答えに違和感はなかった。けれど、ほんの少し、私の胸には針のような不安が刺さった。
レオは興奮したまま、秘密基地のことを話そうとし、倫はそっと指を唇に当てて「静かに」と合図した。
「今は、まだ……。」
レオは少しむくれたが、倫が真剣な表情で続きを促すと、小さく頷き、声を潜めた。
「ニコラと、秘密基地に行きたいんだ。倫も一緒に行こう。」
レオは、目を輝かせて倫を見上げた。
けれど、倫は、いつもの落ち着いた口調で言った。
「みんなで行くのは危険だよ。監視カメラを欺くための工作も必要だし……巡回の時間を見極めなきゃ。」
倫は、監視官の目が緩む時間帯を正確に把握していた。
レオとニコラは目を輝かせた。
「じゃあ、その時間まで待とう!」
「うん。……でも、念のため、みんなで行くのは危険だ。レオとニコラ、僕の三人で行く。ミナとルーカン、イザベルは部屋に残って、万が一に備えて。」
私は頷いたが、ふとした疑問が口をついた。
「倫……どうしてそんなに詳しいの?」
倫は軽く笑った。
「ちゃんと見てたから。」
その答えは一見自然だったが、私はルーカンとわずかに視線を交わし、互いに小さな違和感を覚えた。
──どうして、そんなに知っているの?
──どうして、秘密基地の存在まで知っているの?
けれど、その場の空気はすでに喜びと興奮に満ちていて、私はその疑問を深く追及することができなかった。
その夜、倫、レオ、ニコラは慎重に監視カメラの死角を辿り、秘密基地へと向かった。




