27、観察者の眼(前半)
少しの沈黙のあと、ドアの向こうから重い足音が近づいてくる。金属音とともに、扉が開いた。
「立て。ついてこい。」
命令は乾いていて、私たちは従う他になかった。行列になり、監視官の背に続く。私たちは長い、無表情な廊下を歩かされ、扉がいくつも並ぶ場所にたどり着いた。
「番号を呼ぶ。呼ばれた者は、指示された扉に入れ。」
D──イザベルとニコラが呼ばれ、ぎこちなく別の監視官に引き取られていった。イザベルは私を何度も振り返った。私は微笑んで、小さく手を振るしかできなかった。
次に、E──ルーカン一人が呼ばれる。
ルーカンは、一度だけ私に視線を送り、背筋を伸ばして歩き出した。
最後にF──私とレオ。
私たちは、無機質な白い扉の前に連れてこられた。扉が開き、静かな部屋へと押し込まれる。
その部屋の奥、無表情に立っていたのは、一人の大人の男だった。
白銀の髪を肩口まで流し、整った顔立ちに微かに優しげな笑みを浮かべていた。黒い手袋をした長い指が、軽やかに計測器を弄んでいる。
彼の目元は柔らかく、まるで私たちを歓迎するように、ゆっくりと眺めていた。
「……いらっしゃい。」
その声は驚くほど穏やかで、どこか詩を紡ぐような響きさえあった。
「私は、グラエリン・ヴェイン。よろしくね。こっちに来てくれる?」
私とレオは恐る恐る歩み寄る。部屋は静かで、唯一響くのは私たちの裸足が床を打つ微かな音だけだった。
「ここで靴を脱いで。体重を測るよ。」
彼は手早く身体検査を進めていく。
身長、体重、耳の近くで鈴を鳴らされ、目の前で光を動かされ、指に匂いのついた布を押し当てられる。彼の動きは一貫して無駄がなく、温かさもない。
「次は知能検査をしようか。私が言った問題の答えがわかれば答えてくれる?」
次々に出される問題に対して、私は小さく声に出して計算する。レオも隣で必死に口を動かしている。簡単な足し算、引き算、文章問題、言葉の意味……。
その間も、遠くから、重いものを叩きつけるような、鈍い音が断続的に聞こえていた。バン、バン、と、一定のリズムを乱したそれは、壁越しの向こうから届く異物感だった。
時折、その音に混じって、短い悲鳴が小さく響く。それが本物の悲鳴なのか、私には分からない。けれど、次の瞬間、笑い声が聞こえた。ひどく楽しげで、軽く、淡々とした笑い。
息を呑む私の耳に、別の声が届く。くぐもった声、苦しそうな呻き、そして……嫌な、濡れたような音。
私は背筋が冷たくなるのを感じた。レオもまた、その音を聞いたらしく、私の袖をぎゅっと掴んだ。
「次。」
グラエリンは機械のように作業を続け、私たちの検査は粛々と進められた。彼は終始、こちらを一度も人として見ていないようだった。
「終わりだよ、お疲れ様。みんなで部屋に戻って。」
促され、私たちは扉の外へ戻る。そこには既にイザベルとニコラが、静かに立っていた。二人とも、ひどく疲れた顔をしていた。
しばらくして、別の扉からルーカンも戻ってくる。その目は鋭く、何かを考え込んでいるようだった。
私たちは沈黙したまま、監視官に連れられて再び一つの部屋に戻された。
夜が来る。すべての明かりが落ち、天井の監視カメラだけが、暗闇の中で微かに光っていた。
私は天井を見上げたまま、目を閉じることができなかった。背中に広がる薄いシーツは冷たく、どこまでも心細い。
「……マダム・ノワレンヌだった。」
静寂を破ったのはルーカンだった。低く、けれど静かに響く声。その声音には、わずかな疑問と、明確な警戒心がにじんでいる。
「さっきの検査官のこと……だよね?」
私が問い返すと、ルーカンは少しだけ間を置いてから続けた。
「……ああ。言葉は丁寧だった。でも目が笑ってない。全部、用意された態度だ。」
ルーカンは目を伏せたまま、淡々と話す。
彼は、イザベルとニコラに向けて、ゆっくりと言葉を選ぶように説明した。
「今日、身長とか、体重とか、目とか耳とか、そういう検査をされた。あと、簡単な計算問題。犬の絵を見せられて『これは何?』って聞かれた。」
「犬……?」
イザベルが小さく反応する。
「ああ。犬って答えると、『どんな犬か』も聞かれる。大きいか、小さいか。優しそうか、怖そうか。」
ルーカンは、二人に伝わるように、一つ一つ噛み砕く。
イザベルはうとうとしながら「マリセラは……やさしかった」とぽつりと呟く。
「おにんぎょうさんみたいで、目がきれいだった……でも、こわい。」
ニコラも、半分眠った声で「ずっと、ぼくのこと、見てた」と言った。
私は、グラエリンのことを話した。彼の柔らかい微笑みの裏にあった、冷たい無関心。
そして遠くから聞こえたあの異様な笑い声のことも。
レオも、隣で怖かったことを静かに話した。
「……明日はもっと、注意しよう。」
ルーカンはそう短く、でも確かに言った。
誰も返事をしなかったけれど、私たちは自然と、ゆっくりと横になった。
私は目を閉じようとしたけれど、壁の向こうから聞こえた、あの鈍い音と、楽しげな笑い声が、どうしても耳から離れなかった。




