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灯びの系譜ー静寂なる闇に芽吹くもの  作者: 武内れい
第2章:まなざしの檻
25/66

23、沈黙の迎え手(前半)


 車は、錆びた軋みをあげて動き出した。


 私たちは荷台に乗せられていた。座席も窓もない鉄の箱。薄暗くて狭くて、冷たさが骨まで染み込んでくる。

 鉄板の床に直に腰を下ろしたが、そこには古い油の臭いと、消えかけた血のような鉄の匂いが染みついていた。


 隣にはイザベルがうずくまり、肩を寄せてきている。

 反対側にはルーカン。背筋をぴんと伸ばし、目を閉じていた。眠っているようにも見えたけれど、私は知っていた。彼はただ、気配を研ぎ澄ませているのだと。


 車の揺れは不規則だった。ときおり、大きな石か木の根を踏み越えるたび、車体が跳ね、体がわずかに宙に浮いた。

 誰も何も言わなかった。言葉にすれば、その一言で崩れてしまうものがあると、皆が感じていた。

 言葉よりも沈黙のほうが安全なこともある。


 小さな鉄格子から外をのぞいた。

 濃い霧は、まだ完全には晴れていない。けれど、ときおり、木々の形が見え隠れする。どれも背が高く、幹はねじれ、枝は鋭利な鉤爪のようだった。

 葉は少なく、風に吹かれるたび、死者の囁きのような音を立てて揺れる。


 あたりには、誰の気配もない。人の暮らしの痕跡も、温もりも、ここには存在しない。

 ただ、壊れた建物。崩れた石垣。枯れた井戸。打ち捨てられたような廃墟が点々と見える。


(ここが……8号島の中心部?)


 地図があるわけじゃない。ただ、霧の密度が薄れ、視界がわずかに開けたことで、なにかが変わってきたのを感じた。


「……見てる」


 耳の奥で、かすかにルーカンの声が聞こえた。

 私も周囲に視線は向けず、じっと集中してみると確かに何かに見られている気配が肌を刺すようにあった。


 ルーカンが、かすかに目を開ける。

 その視線は、車の外――木立の奥へと向けられている。表情は変わらない。でも、その深い瞳の奥に、鋭い緊張が宿っていた。


「……気づいた?」


 唐突に、誰かの声がした。

 見ると、荷台の向かいに座っていた女性がこちらを見ていた。肩まである赤茶髪を揺らし、膝に腕をのせて頬杖をついている。明るい目の奥に、退屈と興味が混ざったような光がちらついていた。


「口はきかないけど、結構鋭いよね。ねぇ、あんた、名前は?」


 声をかけられ、私は一瞬戸惑った。

 けれど、口を開こうとしたそのとき――


「やめろ」


 鋭く、それでいて低く抑えられた声が空気を断ち切った。


 荷台の奥、扉の近くに立っていた赤銅色の髪の青年だった。

 いつの間にそこにいたのか、まったく気づかなかった。表情は読めない。でもその声には、有無を言わせぬ静けさと怒りがあった。


「……はぁい、了解です、リーダー様」


 赤茶髪の女性は肩をすくめ、口角を上げた。だが、それ以上は何も言わなかった。


「もうすぐだよ」


 そう言ったのは、静かに座っていた少年だった。

 膝に手を重ねる仕草は、まるで祈るように穏やかで、その隣に身を寄せていた栗色の髪の女の子が、彼の影に隠れるようにうずくまっていた。


 ――ガクン。車が急に止まった。


 荷台の扉が、金属音を立てて開く。

 霧のなかに、一列に並ぶ黒い影が現れた。


 人の形をしているが、人ではない。

 白衣のような衣をまとい、生気のない仮面で顔を覆っていた。その仮面には無表情な眼の穴だけが空いていて、呼吸も感情も存在しない。まるで観察するための器のような存在。


 青年が、ゆっくりと荷台から降りる。

 霧の中に消えかけるほど静かなその動きには、不思議な力があった。

 彼が踏み出した瞬間、仮面の一人が一歩前に出て、なにかを言った――けれどその声は、霧に飲まれて届かなかった。


 彼は答えなかった。ただ、睨むように見返していた。

 怒っている。でもそれは、声に出さない怒り。静かに燃える火のようなもの――けれど、決して消えない。


(この人は……ここに抗っている)


 胸の奥に、そんな想いが浮かんだ。


 沈黙のなか、彼が首をかすかに横に振る。

 それだけで、仮面の者は後退した。まるで、その意志に屈したかのように。


 彼の背を、誰もが黙って見つめていた。

 言葉はなかった。けれど、私の中で、なにかがほんのすこし――燃えはじめていた。

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