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【第9話】薬師ギルド:正式加入と、広がる可能性

 

 スライムボアの粘着性の毛皮を手に、俺はリーヴェン薬師ギルドへと戻った。レオンは「僕はレベル上げに行ってきます!」と手を振って別れた後だった。ギルドの扉をくぐると、奥の調合室からアウローラが姿を現した。彼女は俺の手に握られた毛皮を一瞥し、その白いローブの袖から柔らかな笑みを浮かべた。


「お帰りなさい、ケンイチさん。無事に、試練を突破できたようね」


 俺は、毛皮を差し出した。アウローラはそれを受け取り、指先でその粘性を確かめるように触れる。


「素晴らしいわ。粘液が完全に乾燥しているわけでもなく、毛皮本来の粘着性も保たれている。これで粘度調整に使うには最適ね。通常の刃物で無理やり剥がせば、毛皮の繊維が傷つき、粘性が失われてしまうもの。あなた、どうやってこれを採取したの?」


 俺は、スライムボアの粘液が煙で一時的に粘着性が弱まるという文献の記述と、そのために「バタフライリーフ」の煙を利用したことを説明した。


「なるほど……煙による粘性低下ね。しかもバタフライリーフの煙を利用するとは。それは、ギルドの資料にも詳しく書かれていない、あなたの知識と機転があってこそ成せる技よ。これほどの成果を出したのなら、もう何も言うことはないわ」


 アウローラは満足そうに頷き、毛皮をアイテムボックスに仕舞った。


「これで、三つの試練すべて合格よ、ケンイチさん。改めて、薬師ギルドへようこそ」


 アウローラは、白いローブの懐から一枚の羊皮紙を取り出した。それは、「薬師ギルド登録証」と書かれた、真新しいものだった。受け取ると、羊皮紙は手のひらで淡く光り、俺のステータスに「薬師ギルドメンバー」という称号が追加された。


「ありがとうございます、アウローラ様!」


 俺は感激して頭を下げた。これで俺も、正式な薬師ギルドの一員だ。この世界で、自分の知識を存分に活かせる場所を得たのだ。


「フフ、堅苦しい挨拶は抜きにして。ケンイチさんの今後の活躍に期待しているわ。ギルドの設備は自由に使えるし、今後、薬草の採取依頼や、珍しい素材の情報なども優先的に回ってくるようになるわ。特に、あなたのように独自の知識と工夫で成果を出す者には、ギルドとしても惜しみなく協力していくつもりよ」


 アウローラは、ギルドの奥にある大きな扉を指差した。


「あちらは、ギルドの地下にある調合研究室よ。一般的な調合器だけでなく、温度や湿度を精密に調整できる特殊な蒸留器や、複数の薬草を同時に処理できる大型の粉砕機なども置いてあるわ。もちろん、試練で使った簡易調合器よりも格段に性能が良いものばかりよ」


 俺の目は、一瞬で輝いた。調合研究室! まさに薬草オタクにとっての夢のような場所だ。より高度な抽出法や、これまで試せなかった調合方法が試せるかもしれない。


「ありがとうございます! 早速使わせていただきます!」


 俺は弾むような足取りで、調合研究室へと向かった。研究室の扉を開けると、そこには、無数の試験管やフラスコ、そして見たこともないような複雑な機構を持つ調合器が並んでいた。現実の大学の研究室にも負けないくらい、専門的な設備が整っている。


「これは……すごい」


 中でも目を引いたのは、ガラス製の複雑なパイプが何本も絡み合ったような蒸留器だった。蒸留釜の下には、火力を調整できるダイヤルがあり、冷却器の部分には、純水を循環させるポンプのようなものが見える。これなら、特定の薬効成分だけを効率よく抽出し、高純度のエキスを生成できるかもしれない。


 俺は早速、以前採取した「青い苔草」と純水を取り出し、蒸留器にセットしてみた。簡易調合器では試せなかった、低温での真空蒸留や、特定の温度帯での成分分離といった、より高度な抽出法を試せるかもしれない。


 まずは、青い苔草から抽出される「青い色素」について深く探求してみよう。あの色素が、回復効果と密接に関わっているという俺の仮説。それをこの研究室で検証するのだ。


 俺は蒸留器の操作マニュアルを読み込み、慎重にダイヤルを調整していく。ガラス管の中を、純水と青い苔草の混合液がゆっくりと温められ、やがて蒸気となって上昇していく。そして、冷却器を通って、再び液体となって滴り落ちてくる。


 一滴、また一滴と、透明な液体が滴り落ちていく中、わずかに青みを帯びた液体がビーカーに溜まっていくのが見えた。その青色は、簡易調合器で出したものよりも、はるかに鮮やかで、澄んでいる。


「これなら……」


 俺は、この抽出液を使って新たなポーション製作を試みた。先ほどの蒸留で得られた高純度の青色エキスに、再び純水を加え、今度は別の調合器で混合する。温度管理をより精密に行い、抽出時間も細かく調整していく。


 《上質な回復ポーション(R)を製作しました。品質:秀》


 システムメッセージが表示された。今度は「秀」の品質だ。しかもランクがNからRに上がっている。これは、明らかに通常のポーションを超えた性能を持っているはずだ。


 ポーションを手に取ると、深い青色の液体が美しく輝いている。香りも、以前作ったものより格段に良い。薬草の自然な香りに、どこか清涼感のある匂いが混じっている。


「素晴らしい成果ね、ケンイチさん」


 背後からアウローラの声がした。振り返ると、彼女が研究室の入り口に立っている。


「このポーションは、市場に出回っている一般的な回復薬とは比べ物にならない品質よ。恐らく、回復量も格段に高いはず。それに、この美しい色合い……まるで宝石のようだわ」


 アウローラは、俺の作ったポーションを光に透かして見つめた。


「ケンイチさん、あなたにはぜひお願いしたいことがあるの。このギルドでは、時折、特別な依頼が舞い込むことがある。高品質なポーションを必要とする冒険者や、珍しい薬草の調査など。そうした依頼を、あなたに任せてみたいの」


 特別な依頼、か。それは興味深い話だ。


「どのような内容でしょうか?」


「例えば、リーヴェン近郊で発見された未知の薬草の調査。あるいは、高難度ダンジョンに挑む冒険者パーティへの特製ポーション提供。中には、他の街の薬師ギルドとの技術交流なんてものもあるわ」


 アウローラの話を聞いていると、この世界での薬草の可能性がどんどん広がっていくのを感じた。


「喜んでお受けします。この世界の薬草について、もっと深く学びたいのです」


「それでは、まずは簡単なものから。明日、リーヴェンの冒険者ギルドに、回復ポーションの納品依頼が出る予定よ。通常品質のものを大量に、というものだけれど、あなたの技術なら、少量でも高品質なものを提供できるはず。興味があれば、挑戦してみて」


 冒険者ギルドへの納品依頼。これは、俺の作ったポーションが、実際に冒険者たちの役に立つ機会だ。


「ぜひ、やらせてください」


 俺は即答した。この調合研究室で、さらに高品質なポーションを大量生産できるかもしれない。現実の知識と、この世界の技術を組み合わせれば、きっと素晴らしいものが作れるはずだ。


 俺は、この研究室で、新たなポーションの可能性を見つけ出す予感に胸を躍らせた。薬師ギルドメンバーとしての新たな一歩を踏み出した俺は、尽きることのない探求心と共に、この広大なVR世界の薬草の真髄へと、深く足を踏み入れていくのだった。

【アルネペディア】

・薬師ギルド登録証: 薬師ギルドの最終試練を突破した者に与えられる正式メンバーの証。所持することで、ギルドの設備利用や特別な依頼の受注が可能になる。


・調合研究室: 薬師ギルド地下にある、高度な調合設備が整った施設。通常の調合器では不可能な精密な抽出や調合が可能。


・上質な回復ポーション: 高度な技術で製作された回復薬。通常の回復ポーションより効果が高く、ランクもNからRに上がっている。


・品質:秀: ポーション製作における最高級の品質評価。「優」を上回る性能を持つ。


・冒険者ギルド納品依頼: 冒険者ギルドから薬師ギルドに出される、ポーション類の供給依頼。通常は大量の標準品質が求められるが、高品質少量でも代替可能。

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