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【第8話】薬師ギルド試練:煙幕作戦と、甥との連携

 

「よし、これで準備は万端だ」


 俺は、採取したバタフライリーフと着火石、調理ナイフを手に、翔太と共にスライムボアの生息域へと向かった。心臓の鼓動が、VRヘッドギア越しにも伝わってくる。戦闘職ではない俺が、知恵と知識、そして甥の力でモンスターに挑む。


 スライムボアの生息域へと近づくと、遠くの茂みから、ブヒブヒという鳴き声と、地面を引きずるような音が聞こえてきた。茂みの間から覗くと、そこにいたのは、予想よりもはるかに巨大なイノシシのような生物だった。全身が半透明の緑色の粘液に覆われ、ヌルヌルと光っている。


「うわあ……想像以上にでかいですね」


 翔太が小声でつぶやく。確かに、これでは刃物も通用しないわけだ。動きも鈍重に見えるが、一度絡みつかれたら厄介だろう。


「レオン、作戦を確認するぞ。俺が煙でスライムボアの粘液を弱らせる。その隙にお前が攻撃を仕掛ける。いいな?」


「了解です、おじさん。でも、僕も初心者なので、そんなに強くないですよ?」


「大丈夫だ。粘液が弱まれば、物理攻撃は通るはずだ」


 俺は、事前に見つけておいた狭い通路、大きな岩と岩の間にできた隙間へと視線を移した。スライムボアの体ならギリギリ通れる程度の幅だ。あそこに誘導し、煙で動きを封じるのが最適だろう。狭い場所なら、煙を効率よく浴びせられる。


 俺はまず、その通路の入り口から少し離れた、風上にあたる安全な場所に、集めてきた枯れ葉と小枝で小さな焚き火を設置した。そして、その上に、先ほど採取した「バタフライリーフ」の湿った葉を乗せる。


「着火石」で火をつけると、ジジ……と音を立てながら葉が燃え始め、モクモクと濃い白い煙が立ち上る。刺激的な、しかしどこか薬のような匂いがする。俺は、持っていた比較的大きなバタフライリーフを仰ぐように持ち、煙の方向を調整する準備を整えた。


「レオン、お前は通路の向こう側で待機していろ。俺がスライムボアを誘導する」


「分かりました。気をつけてくださいね、おじさん」


 レオンは心配そうに言いながらも、指示通り通路の反対側に移動した。ノクターン戦士という珍しい組み合わせだが、動きは慣れている。コミュ力だけでなく、ゲームの適応力も高いようだ。


 準備が整ったところで、俺はスライムボアの注意を引くため、通路とは反対側の開けた場所に出て、ゆっくりと歩き出した。焚き火は安全な距離に置いてある。


 スライムボアが、俺の存在に気づいた。鈍重だった動きが、僅かに加速する。こちらに向かって、ずりずりと体を動かし始めた。地面に粘液の跡を残しながら、じりじりと距離を詰めてくる。


「おい、こっちだ!」


 俺は声を上げて、スライムボアの注意を引く。幸い、知性はそれほど高くないようで、素直に俺を追ってくる。


「くっ……!」


 俺は焦らず、スライムボアが追ってくるのを確認し、ゆっくりと誘導するように通路の入り口へと後退する。スライムボアは俺を追って、そのまま通路へと入ってきた。狭い空間に入ると、その巨体が通路にほとんどぴったりと収まり、動きがさらに鈍くなった。


「今だ!」


 俺は焚き火のそばに駆け寄り、手に持った大きな葉で、煙がスライムボアの全身を包むよう、必死に仰ぎ続けた。


 白い煙が、狭い通路に充満し、スライムボアの体全体を包み込んだ。煙が当たった瞬間、スライムボアが嫌がるように身をよじった。そして、驚くべき変化が起きた。スライムボアの全身を覆っていた粘液が、煙に触れた部分から、瞬く間に表面の粘性が弱まり、うっすらと膜が張ったように乾いていくのだ。


 ヌルリとした動きが、ガシガシと音を立てるようになった。スライムボアの動きが、さらに鈍くなった。粘液の粘性が弱まったことで、体が吸着しなくなり、自由が利かなくなったようだ。しかし、まだ完全に動けないわけではない。


「効いた! でも、まだだ!」


 俺は、さらに煙の効果を高めるため、焚き火に湿り気の多いバタフライリーフを次々と投げ込んだ。煙の濃度がさらに高まり、通路は白い靄で満たされる。


 新たに発生した煙をスライムボアの全身に浴びせる。スライムボアは苦しそうにうめき声を上げ、のたうち回った。その都度、乾燥した粘液の塊が剥がれ落ちていく。そして、全身の粘液がほとんど剥がれ落ち、露出した本体がよろめき、大きく体を揺らした。


「レオン、今だ!」


 俺の合図と共に、通路の向こう側で待機していたレオンが飛び出した。剣を構え、露出したスライムボアの本体に向かって駆ける。


「はあああ!」


 レオンの剣が、スライムボアの側面に深々と刺さった。粘液の防御が機能していない今、物理攻撃が確実にダメージを与えている。スライムボアが痛みで大きく鳴き声を上げた。


「もう一撃!」


 俺の声援に応え、レオンは続けて攻撃を仕掛ける。二撃目、三撃目と剣がスライムボアを捉える。ノクターンは本来体力が低い種族だが、相手の動きが封じられているため、安全に攻撃を続けられる。


 グチャッ、という鈍い音がVR空間に響く。スライムボアの体から、僅かに緑色の液体が飛び散った。その瞬間、スライムボアは最後の大きな振動を伴ってその場に崩れ落ち、ぴくりとも動かなくなった。


 《スライムボアを討伐しました!》

 《経験値を獲得しました。》

 《スライムボアの粘着性の毛皮を入手しました。》


 システムメッセージが立て続けに表示され、アイテムボックスに毛皮が収納された。俺は、深い安堵のため息をついた。


「やった……!」


「おじさん、すごいじゃないですか! 煙作戦、大成功ですよ!」


 レオンも興奮気味に駆け寄ってくる。


「レオンのおかげだ。一人では無理だった」


「いえいえ、メインはおじさんの知恵ですよ。僕は最後にちょっと叩いただけです」


 戦闘職ではない俺が、薬草の知識と、甥との連携で、モンスター討伐の試練をクリアした。現実で培った自然を相手にする経験が、このVR世界でも生きている。この勝利は、俺にとって大きな自信となった。


「それにしても、おじさんの知識って本当にすごいですね。現実の経験がここまで活かせるなんて」


「まあ、長年やってきた甲斐があったというものだ」


 俺は苦笑いを浮かべながら答えた。45歳になって、こんな形で自分の知識が評価されるとは思わなかった。


「これで薬師ギルドの正式メンバーですね。おめでとうございます!」


「ああ、ありがとう。レオンも本当にありがとう」


 あとは、この毛皮をアウローラに届けるだけだ。俺たちは戦場を後にし、リーヴェンの街へと向かった。夕日が二人の影を長く伸ばしている。

【アルネペディア】

・パーティ戦闘: 複数のプレイヤーが連携してモンスターと戦う戦闘形式。役割分担や連携が重要。


・誘導戦術: モンスターを特定の場所に誘い込んで有利な状況を作り出す戦術。地形を活かした戦闘の基本。


・状態異常: モンスターの能力を一時的に低下させる効果。スライムボアの場合、煙による粘性低下が該当。


・ノクターン戦士: 本来魔法系に適したノクターンが戦士職を選んだ珍しい組み合わせ。体力は低いが独特の戦闘スタイルを持つ。

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― 新着の感想 ―
前話で焚き火を作ったのは練習なのかな
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