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【第4話】薬師ギルドへの道

 

 料理人ギルドを出た俺は、改めてリーヴェンの街の地図を開いた。錬金術師ギルドの場所は教えてもらったが、やはり腑に落ちない。薬草を専門に扱う場所が、他にないのだろうか。俺が求めているのは、薬草の知識を深め、それを活かすことだ。


 地図のギルド一覧をもう一度、今度は細部まで確認する。冒険者ギルド、鍛冶師ギルド、そして料理人ギルド。その中に、見慣れないアイコンがあることに気づいた。それは、フラスコのようなマークで、隅に小さな葉の絵が描かれている。


「これは……薬師ギルドか?」


 反射的にそのアイコンをタップした。すると、画面に「薬師ギルド」と表示され、ギルドマスターの名前らしきものまで確認できた。「アウローラ」。


 料理人ギルドのマスターは錬金術師ギルドを示唆したが、確かにこんなアイコンは見落としていた。おそらく、あまり目立たない場所に存在するか、あるいは新設されたばかりで情報が浸透していないのかもしれない。何にせよ、これこそ俺が探していた場所だと直感した。


 地図が示す場所は、リーヴェンの外れ、城壁に近い一画だった。人通りの少ない、ひっそりとした細い路地。確かに、これでは見つけにくい。石畳の道を歩き、少しずつ広場から離れていく。賑やかな通りから外れると、静寂が戻ってくる。民家がまばらになり、やがて視界が開けた先に、蔦の絡まる小さな石造りの建物が見えた。扉の上には、地図と同じフラスコと葉のマークが彫られている。


「ここが……薬師ギルド」


 期待と緊張が入り混じった気持ちで、重い木製の扉をゆっくりと開けた。中には、薬草独特の、どこか土っぽいような、それでいて清涼感のある香りが漂っていた。


 ギルドの中は薄暗く、壁には乾燥させた薬草の束や、見たこともない瓶がずらりと並んでいる。奥には大きな作業台があり、様々な道具が整然と置かれていた。カウンターの向こうには、白いローブをまとった女性が一人、本を読んでいた。長く白い髪が、窓から差し込むわずかな光を反射している。年の頃は、三十代後半といったところだろうか。しかし、その顔立ちには、どこか少女のような純粋さが残っていた。


 彼女が顔を上げ、俺の方を見た。その瞳は、深い森の木々のような緑色をしていた。


「いらっしゃい。珍しいお客様ね。ここは薬師ギルドよ。何か御用かしら?」


 声もまた、澄んだ鈴の音のようだ。俺は背筋を伸ばし、丁寧に頭を下げた。


「はい。わたくし、今日から『アルネシア・オンライン』を始めた者です。薬草に関する知識を深めたいと思い、このギルドにたどり着きました」


 女性は、俺の言葉に少し驚いたような表情を見せた。


「あら、珍しいわね。このギルドを訪れるプレイヤーなんて、ほとんどいないのよ。みんな、錬金術師ギルドに行くか、手っ取り早く露店で回復薬を買うものだから。あなたが薬草に興味があるというのは、嬉しいことだわ」


 彼女の顔に、柔らかな笑みが浮かんだ。それが、ギルドマスター、アウローラなのだろう。


「わたくしは、アウローラ。この薬師ギルドのマスターを務めているわ。それで、あなたは薬草の何を学びたいの?」


 アウローラはカウンターから出てきて、作業台の前に立った。


「はい。現実世界では、趣味で長年薬草を扱ってきました。その知識を、この世界でも活かせないかと考えています。薬草の採取、加工、そして効果的な利用法など、専門的な知識を学びたいのです」


 俺は自分の経験を簡潔に伝えた。アウローラは、俺の言葉に目を細めた。


「現実世界で薬草を? それは素晴らしい。このアルネシア・オンラインの世界における薬草は、現実のそれとは異なる部分も多いけれど、その知識はきっとあなたの力になるでしょう。しかし、このギルドは誰でも入れるわけではないわ」


 やはり、何か試練があるのだろう。俺は静かに、次の言葉を待った。


「薬師ギルドの門戸は、真に薬草を愛し、その力を理解しようとする者にしか開かれない。あなたには、いくつかの試練を受けてもらうわ」


 アウローラは、俺の瞳をまっすぐ見つめた。


「一つ、薬草採取の試練。このリーヴェン周辺に自生する青い苔草を十本、採取してきてちょうだい。ただし、間違った方法で採取すると、薬効が失われてしまうから気をつけて」


 青い苔草。俺の頭の中に、現実で培った知識が蘇る。苔草は湿気の多い場所を好む。そして、薬効成分は特定の部位に集中していることが多い。


「二つ、ポーション製作の試練。採取した青い苔草と、これを──」


 彼女は作業台の端に置かれていた、透明な瓶に入った液体を指した。


「純水を使って、最低限の回復ポーションを一つ製作してきてちょうだい。製作には、こちらの簡易調合器を使っていいわ」


 簡易調合器は、現実で見た蒸留器に似た形状をしている。おそらく、薬草を煎じたり、混ぜ合わせたりする基本的な道具だろう。


「そして三つ、これは任意だけれど、もしあなたがこのギルドに深く関わりたいと願うのなら、最後にモンスター討伐の試練を受けてほしいわ。リーヴェン近郊に出現する、ある特定のモンスターが持っている素材が必要なの。危険を伴うけれど、その素材はとても貴重よ」


 モンスター討伐。俺は戦闘職ではない。料理人という生産職だ。しかし、薬草を扱う上で、危険な場所へ踏み込む必要性が出てくることは理解している。


「この三つの試練をクリアすれば、あなたは晴れて薬師ギルドの正式なメンバーとして認められるわ。どう? 受けてくれる?」


 アウローラは、優しいが、芯の通った声で尋ねた。


 俺の心は、すでに決まっていた。これが、俺がこの世界で本当にやりたかったことだ。


「はい、喜んでお受けします。必ず、試練を突破してみせます」


 俺は力強く答えた。アウローラは満足そうに微笑んだ。


「そう。では、健闘を祈るわ。何か分からないことがあったら、いつでも聞きに来るといい。但し、試練の内容そのものについては教えられないけれどね」


 アウローラから簡易調合器を受け取り、俺は薬師ギルドを後にした。手始めは、青い苔草の採取だ。リーヴェンの周辺で、湿気の多い場所……思い当たるのは、街の外れにある小さな泉のあたりか。


 いよいよ、俺のVRMMOでの本格的な冒険が始まる。薬草の知識が、この世界でどこまで通用するのか。胸が高鳴るのを感じた。


 俺は、街の外れに向かって歩き始めた。現実で培った知識と経験が、この仮想世界でどんな花を咲かせるのか。その答えを見つけるために。

【アルネペディア】

・薬師ギルド: リーヴェンに存在する、薬草の採取、加工、ポーション製作などを専門に扱うギルド。真に薬草を愛する者に門戸が開かれる。


・アウローラ: 薬師ギルドのギルドマスター。白いローブをまとった女性で、薬草に対する深い知識と愛情を持つ。


・青い苔草: リーヴェン周辺に自生する薬草の一種。薬師ギルドの試練で採取が求められる。


・純水: ポーション製作に用いられる基本的な素材。


・最低限の回復ポーション: 青い苔草と純水を用いて製作される、最も基本的な回復薬。


・簡易調合器: ポーション製作に用いる初期の調合器具。


・リーヴェン近郊: リーヴェンの街の周辺地域。様々な薬草やモンスターが生息する。

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― 新着の感想 ―
??現実世界認識してるの??
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