【第3話】リーヴェンの探索と、料理人ギルドの真実
リーヴェンの街に降り立ってから数時間が経った。最初のVR酔いも治まり、操作にも慣れてきた俺は、まず街の外れで基本的な採取スキルを試してみることにした。料理人として食材を集めるのは基本中の基本だろう。
街の東門を抜け、緑豊かな草原に足を踏み入れる。そこには、様々な植物が生い茂っていた。現実世界で見慣れた雑草に似たものもあれば、明らかに異世界の植物と分かるものもある。俺は早速、採取スキルを発動させてみた。
手のひらを植物に向けると、薄い光の輪が浮かび上がる。これが採取可能なサインらしい。最初に試したのは、ドクダミに似た葉を持つ植物だった。
《ワイルドベジタブルを採取しました》
システムメッセージが表示され、アイテムボックスに野菜が収納される。次に、小さな青い花を咲かせた植物に手を向けてみる。
《フレッシュベリーを採取しました》
なるほど、これがゲーム内の基本食材か。しかし、俺が本当に求めているのは、薬効のある植物だ。現実で培った知識を頼りに、薬草らしきものがないか探してみる。すると、日陰の湿った場所に、見覚えのある形の葉を発見した。
葉の形、茎の太さ、生育環境。これは現実世界のゲンノショウコによく似ている。恐る恐る採取スキルを試してみると……。
《採取に失敗しました。この植物は現在のスキルレベルでは採取できません》
やはり、そう簡単にはいかないか。だが、薬草らしき植物がこの世界にも存在することは確認できた。これは希望が持てる。
採取を続けていると、遠くから他のプレイヤーの声が聞こえてきた。
「おい、新米! そんなとこで草むしりしてないで、パーティ組まない? ダンジョン行こうぜ!」
振り返ると、武器を持った戦士風のプレイヤーが手を振っている。だが俺は首を振った。
「すみません、今は採取に集中したいので」
「は? 採取って……まさか生産職か? 効率悪いぞー」
そのプレイヤーは呆れたような声を出し、仲間と共に去っていった。
効率が悪い、か。確かに、戦闘で経験値を稼ぐ方が早いのかもしれない。だが、俺には俺のやり方がある。現実世界で薬草と向き合ってきた時間は、決して無駄ではなかったはずだ。
俺はゆっくりと足を動かし、街の探索を開始した。石畳の道を歩くと、足の裏にゴツゴツとした感触が伝わってくる。道行くNPCの声も、まるで本物の人間のように聞こえる。
「新鮮な野菜はいかがですかー!」
「鍛冶師の親方、新作の剣を打ち上げたってよ!」
「冒険者ギルドで、新米向けの依頼が出てたぞ!」
様々な声が耳に飛び込んでくる。情報過多だ。まずは、落ち着いて目的を絞るべきだろう。俺の職業は「料理人」。ならば、まずは料理人ギルドを探すのが筋だ。
地図アイコンのようなものが表示されているのを見つけ、それに触れてみる。すると、リーヴェンの全体図が半透明で表示された。なるほど、これなら迷うことはない。地図には、様々な施設名がアイコンで示されている。道具屋、武器屋、防具屋、宿屋、そして、いくつかのギルドのマーク。
「料理人ギルド……あった」
地図の中央から少し離れた場所に、コック帽のマークが見えた。そこを目指して歩き始める。街は広々としていて、NPCの数がやけに多い。まるで、本当にそこで生活しているかのような錯覚を覚える。建物の作り込みも半端ではない。木材の質感、屋根の瓦一枚一枚までが、精巧に作られている。こんな世界が、本当に存在するなんて。
しばらく歩くと、目的の料理人ギルドの建物が見えてきた。他の建物よりも少し大きく、煙突からはモクモクと白い煙が上がっている。おそらく、中で料理をしているのだろう。扉を開けると、食欲をそそる香りが漂ってきた。
「いらっしゃい、新米さんかい? 料理人ギルドへようこそ!」
恰幅のいい男性が、カウンターの奥から顔を出した。エプロンを身につけ、腕を組み、いかにも料理人といった風体だ。
「はい、本日初めてログインした者です。料理人を選んだので、こちらに伺いました」
俺は丁寧に挨拶した。
「ほう、料理人とは珍しい。最近は戦闘職ばかりでねぇ。君のようなベテラン顔の男が料理人を選ぶとは、なかなか筋が良い」
ギルドマスターらしき男性は、ニヤリと笑った。ベテラン顔、か。コンビニバイト歴が長かったせいか、人生経験が顔に出ているのだろう。
「それで、料理人ギルドではどのようなことが学べますか?」
俺は早速、本題に入ることにした。目的は、薬草をこの世界でどう扱うか、だ。
「フム、そうだな。料理人ギルドでは、食材の知識、調理法、レシピの開発、そして作った料理の販売について学ぶことができる。基本的には、食材を仕入れて、料理を作って、リーヴェンの住民に提供したり、プレイヤーに販売したりするんだ」
ギルドマスターは、壁に貼られた大きなボードを指差した。そこには、肉、魚、野菜、穀物といった、様々な食材の絵と、それらを使った料理のレシピが書かれている。
「例えば、このグリーンスライムの肉とワイルドベジタブルを使って、スライムソテーを作る。基本的な回復効果がある料理だな。あるいは、このフレッシュベリーを加工してベリージュースなんかも作れるぞ」
彼の説明を聞きながら、俺は心の中でがっかりしていた。もちろん、料理を作ることは重要だ。だが、俺が知りたいのは、薬草のこと。ボードに薬草らしきものは見当たらない。
「あの、すみません。薬草のようなもの、例えば、薬効のある植物などは、このギルドで扱っていますか?」
俺は恐る恐る尋ねてみた。ギルドマスターは、少し眉をひそめた。
「薬草、ねえ……。ああ、回復薬の材料になるようなものか? それは、一般的に冒険者ギルドが討伐クエストの報酬として集めていたり、錬金術師が加工したりする分野だ。我々料理人ギルドでは、基本的に食用の食材しか扱わない。薬草は、苦いし、美味しくないからな」
彼の言葉に、俺は愕然とした。食用しか扱わない? 薬草は苦いから? そんな……。俺が長年培ってきた薬草の知識は、この料理人ギルドでは全く役に立たないというのか。これは、予想外の失敗体験だ。俺は、この世界でも薬草の知識が活かせると思っていたのに。自分の甘さを痛感する。
「まあ、中には森の癒し草とか、薬草として認知されているものでも、料理に使えるものもあるが、それはごく一部だ。ほとんどのプレイヤーは、店で出来合いの回復薬を買うか、錬金術師に依頼して作ってもらうからな」
ギルドマスターは、俺の落胆した表情に気づいたのか、少し申し訳なさそうに付け加えた。
俺は、一気に肩の力が抜けるのを感じた。せっかくVRMMOに来てまで、薬草の道を極めようと思ったのに。この料理人ギルドでは、それは叶わないのか。
しかし、彼の言葉の中に、気になる単語があった。「錬金術師」。錬金術師なら、薬草を扱うのだろうか?
「あの、錬金術師ギルドというのは、どこにありますか?」
俺は藁にもすがる思いで尋ねた。
「錬金術師ギルドか? ああ、あそこは少し特殊なギルドでね。場所は……ここからだと少し分かりにくいが、宿屋の裏手の細い道を進んで、古い井戸の横にある小さな建物だ。だが、錬金術師はかなり人気がない職業だぞ。素材集めは大変だし、製作の成功率も低い。それに、危険な素材も扱うから、事故も多いと聞く。よほどの変わり者じゃないと、長続きしないだろうな」
ギルドマスターは、いかにも忠告といった口調で説明してくれた。
人気がない? 事故が多い? よほどの変わり者?
その言葉を聞いた瞬間、俺の胸の中に、ある種の確信が芽生えた。それは、俺が現実世界で薬草を究めようとする時に感じた、あの高揚感に似ていた。誰もが避ける道。だからこそ、そこに未開の可能性が眠っている。
もしかしたら、この錬金術師ギルドこそが、俺の求めていた場所なのかもしれない。薬草を扱う場所が、ここにある。
俺はギルドマスターに深々と頭を下げた。
「ありがとうございます。大変参考になりました」
「そうか。まあ、気が変わったらまた来るといい。料理の道も、意外と奥が深いものだぞ」
ギルドマスターの言葉を背に、俺は料理人ギルドを後にした。失望はあった。しかし、それ以上に、新たな希望が俺の心を支配していた。あの、薬草への探求心が、この世界でもきっと通用する。
次に目指すは、錬金術師ギルドだ。そこなら、きっと俺の知識が活かせる。俺の薬草へのこだわりが、この世界で花開く場所がきっとある。
石畳の道を歩きながら、俺は新たな目標に向かって歩を進めた。この世界での真の冒険は、これから始まるのだ。
【アルネペディア】
・グリーンスライムの肉: アルネシア・オンラインにおける初期モンスター「グリーンスライム」からドロップする素材。食用として利用される。
・ワイルドベジタブル: アルネシア・オンラインのフィールドに自生する野生の野菜。食用として利用される。
・スライムソテー: グリーンスライムの肉とワイルドベジタブルを使って作られる料理。基本的な回復効果を持つ。
・フレッシュベリー: アルネシア・オンラインのフィールドに自生する果実。加工してジュースなどに利用される。
・ベリージュース: フレッシュベリーを加工して作られる飲み物。特定の効果を持つ。
・森の癒し草: アルネシア・オンラインに存在する薬草の一種。薬効を持つが、一部は料理にも転用可能とされている。
・錬金術師: アルネシア・オンラインにおける職業の一つ。素材を加工し、ポーションや魔道具などを生成する。