【第29話】解体技術習得への試練(第一段階)
翌日、俺は薬師ギルドでテオと朝の準備を整えてから、解体師ギルドのガルムの元を訪れた。昨日から始まったスライム解体技術の習得は、想像以上に困難な道のりになりそうだ。
「おはよう、ケンイチ」
ガルムが作業台の前で俺を迎えてくれた。
「今日から本格的な基礎理論の習得だ。気を引き締めろ」
「はい、よろしくお願いします」
俺はテオと共に、ガルムの前に座った。
「まず、スライムの内部構造について詳しく説明する」
ガルムが図解を描きながら説明を始めた。
「スライムは大きく三つの部分から構成されている。中心にある『核』、それを包む『膜』、そして全体を満たす『ゲル質』だ」
「それぞれに異なる特性があるということですね?」
テオが質問した。
「その通りだ。核は生命活動の中枢で、最も価値が高い。膜は外界との境界を作り、強靭だが柔軟性もある。ゲル質は栄養の貯蔵と体形維持を担っている」
ガルムの説明は具体的で分かりやすい。
「そして、スライムエッセンスの精製では、このゲル質から不純物を完全に除去し、純粋な成分のみを抽出する必要がある」
「不純物とは?」
「主に、スライムが摂取した外部物質や、代謝産物だ。これらが残っていると、エッセンスの品質が著しく低下する」
俺は現実の薬草知識と比較しながら聞いていた。植物の場合も、有効成分と不要成分の分離が重要だが、スライムはより複雑な構造を持っているようだ。
「では、実際の解体工具について説明しよう」
ガルムが様々な道具を並べた。大小様々なナイフ、繊細な作業用の針、そして見たことのない特殊な器具。
「この精密ナイフは、膜を傷つけることなくゲル質を分離するためのものだ。刃の角度と圧力の調整が極めて重要になる」
「なるほど……植物の解体とは全く異なる技術ですね」
「ああ。植物は死んでいるが、スライムは倒した直後でも、まだ微かに生きている。そのタイミングを逃すと、解体は困難になる」
ガルムが実演用のスライムを取り出した。
「まずは、観察から始めよう。このスライムの状態を、君の植物共鳴で感じ取ることはできるか?」
俺はスライムに手を近づけ、植物共鳴スキルを発動してみた。最初は何も感じられなかったが、徐々に微かな「反応」のようなものを感じ取ることができた。
「何か……弱い反応があるような気がします」
「ほう、やはりな」
ガルムが満足そうに頷いた。
「植物共鳴は、生命体との対話能力だ。スライムにも応用できる可能性は十分にある」
テオが興奮気味に記録を取っている。
「これは学術的にも非常に興味深い現象です。植物共鳴の応用範囲が大幅に拡張される可能性があります」
「さて、それでは実技試験に移ろう」
ガルムが新鮮なスライムを用意した。
「課題は、核、膜、ゲル質の完全分離だ。どれか一つでも傷つけば失敗となる」
俺は精密ナイフを手に取り、慎重にスライムに向き合った。植物共鳴でスライムの「声」を聞きながら、最適な切開点を探る。
「このあたりから始めるのが良さそうです」
俺は膜とゲル質の境界と思われる部分にナイフを当てた。しかし、思った以上に抵抗があり、力を入れすぎてしまった。
ブチッ。
膜が破れる音がして、中のゲル質が流れ出した。
「失敗だな」
ガルムが冷静に指摘した。
「力の加減が適切ではなかった。スライムは見た目以上に繊細な構造をしている」
「すみません……」
俺は失敗の原因を考えた。植物の場合とは、全く異なる感覚が必要のようだ。
「もう一度挑戦させてください」
「よし。だが、今度はもっと慎重に行え」
2回目の挑戦では、植物共鳴でスライムの「嫌がる」感覚を注意深く感じ取りながら作業した。確かに、特定の部分に触れると、明らかに「抵抗」のような反応があることが分かった。
「この部分は避けた方が良さそうです」
俺は別のアプローチを試みた。しかし、今度は逆に慎重すぎて、切開が不完全になってしまった。
「惜しいが、分離が不十分だ」
ガルムが再び指摘した。
「理論は理解できているが、実技がまだ追いついていない」
3回目、4回目と挑戦を続けたが、なかなか完璧な分離には至らなかった。膜を傷つけずにゲル質を取り出すのは、想像以上に高度な技術を要求される。
「今日はここまでにしよう」
ガルムが作業を止めた。
「焦りは禁物だ。解体技術は一朝一夕では身につかない」
「はい……しかし、可能性は感じることができました」
俺は今日の経験を振り返った。植物共鳴のスライムへの応用は確実に効果があった。ただし、技術的な精度がまだ不足している。
「明日も来るか?」
ガルムが尋ねた。
「もちろんです。この技術を習得して、植物紙との融合を実現したいんです」
「よし。だが、無理は禁物だ。解体技術は集中力を著しく消耗する。疲れた状態での作業は、事故の元になる」
テオが研究ノートをまとめながら言った。
「今日の失敗パターンを詳細に分析してみます。明日はより効率的なアプローチができるはずです」
解体師ギルドを出る時、ガルムが俺に声をかけた。
「ケンイチ、君には可能性がある。植物共鳴がスライムにも作用するという発見は、解体技術の新たな境地を開く可能性がある」
「ありがとうございます。必ず習得してみせます」
「期待しているぞ」
夕日の中を歩きながら、俺は今日の挑戦を振り返っていた。解体技術の困難さは想像以上だったが、植物共鳴の新たな可能性も発見できた。
スライムとの「対話」。それが可能になれば、これまでにない精密な解体が実現できるかもしれない。
「テオさん、理論的な分析をお願いします」
「もちろんです。植物共鳴の異生物応用は、学術的にも革命的な発見になる可能性があります」
明日は、今日の経験を活かして、より精密な技術に挑戦してみよう。スライムエッセンスの精製技術の習得は、植物紙技術の次の段階への重要な鍵となるはずだ。
【アルネペディア】
・スライム内部構造: 核(生命活動の中枢)、膜(外界との境界)、ゲル質(栄養貯蔵と体形維持)の三層構造。それぞれ異なる特性と役割を持つ。
・精密ナイフ: 解体師の専用工具。膜を傷つけることなくゲル質を分離するための特殊な刃物。角度と圧力の調整が極めて重要。
・スライム共鳴: 植物共鳴をスライムに応用した新技術。スライムの「反応」や「抵抗」を感覚的に理解し、最適な解体条件を見つける能力。
・完全分離技術: 核、膜、ゲル質を一切傷つけることなく分離する高度な解体技術。スライムエッセンス精製の基本技術。
・解体技術実技試験: 理論知識を実際の技術として身につけるための実践的訓練。高い集中力と精密な手技が要求される。




