【第28話】老解体師ガルムとの運命的出会い
カレンヌとレオンがセラフィアに向かって数日が経った。俺は薬師ギルドの研究室で、テオと二人で次の段階の技術開発に取り組んでいた。ミレイ謹製のお菓子から発見したスライムエッセンスの可能性について、連日議論を重ねている。
「スライムの解体技術について、もう少し詳しく調べる必要がありますね」
テオが資料を整理しながら言った。
「理論的には、スライムエッセンスの調湿効果を植物紙に応用できるはずですが、実際の解体・精製技術が問題です」
「そうですね。あのお菓子のレベルまで精製するには、相当高度な技術が必要でしょう」
俺は改めてお菓子のサンプルを見つめた。この透明感、この瑞々しさを実現するスライム解体技術。一体どのような手法なのか。
「解体師ギルドで情報収集してみましょうか?」
「それは良いアイデアです。Ver.2.0で解体師が正式職業化されたと聞いていますから、専門家に相談するのが一番でしょう」
俺たちは薬師ギルドを出て、リーヴェンの解体師ギルドを探すことにした。地図を確認すると、街の職人地区にあるようだ。
解体師ギルドは、他のギルドとは雰囲気が異なっていた。実用性重視の質素な建物で、看板も目立たない。中に入ると、獣や魚の匂いが漂っており、いかにも作業場といった感じだ。
「いらっしゃい」
受付にいた若い解体師が、俺たちを迎えてくれた。
「薬師ギルドのケンイチと申します。スライムの解体技術について相談したいのですが」
「スライムの解体ですか?珍しい依頼ですね。一般的なスライムなら、基本的な技術で十分ですが……」
「実は、食用レベルまで精製したスライムエッセンスについて知りたいんです」
若い解体師の表情が困惑した。
「それは……かなり高度な技術です。うちのギルドでも、そこまでの技術を持つ者は限られていまして……」
その時、奥の方から太い声が聞こえてきた。
「スライムエッセンスの話か?懐かしいな」
現れたのは、白髪の老人だった。がっしりとした体格で、長年の経験を物語る手の傷跡が印象的だ。作業着は質素だが、その立ち居振る舞いからは、ただ者ではない雰囲気が漂っている。
「ガルム親方!」
若い解体師が驚いた表情を見せた。
「親方がセラフィアから戻られたんですか?」
「ああ。あっちでの仕事が一段落してな。リーヴェンに戻ってきたところだ」
ガルムと呼ばれた老解体師が、俺たちを見つめた。
「薬師の方でしたか。スライムエッセンスに興味があるとは、珍しい」
「はじめまして、ケンイチと申します。こちらはテオです」
「ガルムだ。解体師を50年やっている」
ガルムの鋭い眼差しが、俺たちを値踏みするように見つめる。
「スライムエッセンスの精製技術……まさか、セラフィアであの料理人の技術を見てきたのか?」
「え?」
俺は驚いた。
「セラフィアの料理人をご存知なんですか?」
「ミレイという娘だろう?あの子に解体技術を教えたのは、この私だ」
ガルムが誇らしげに胸を張った。
「数ヶ月前、あの子は解体技術を学びにセラフィアを訪れた。なかなか筋の良い子でな、短期間で相当な技術を身につけた」
俺の頭の中で、様々なことが繋がった。ミレイの高度な解体技術、あのお菓子の完成度、そしてこの老解体師の存在。
「それで、今回リーヴェンに戻られたのは……?」
「あの子の技術指導が終わったからな。それに、最近薬師が解体技術に興味を持っているという噂を聞いて、興味深くてな」
ガルムの表情が真剣になった。
「薬師が解体技術を学ぶとは、これまでにない組み合わせだ。何を考えている?」
「植物紙という保存技術を開発しているのですが、スライムエッセンスの調湿効果を組み合わせたいんです」
俺は簡潔に説明した。ガルムは興味深そうに聞いている。
「ほう……植物の技術とスライムの技術を融合するか。面白い発想だ」
「可能でしょうか?」
「技術的には可能だろう。だが、相当高度な解体技術が必要になる」
ガルムが腕を組んだ。
「スライムエッセンスの精製は、解体師の中でも最難関の技術の一つだ。一歩間違えれば、全てが台無しになる」
「どのような技術なのでしょうか?」
テオが興味深そうに尋ねた。
「スライムの核を傷つけることなく、膜とゲル質を完全に分離する。その上で、ゲル質から不純物を除去し、純粋なエッセンスのみを抽出する」
ガルムの説明を聞いて、俺はその困難さを理解した。
「相当な技術と経験が必要ですね」
「ああ。だが……」
ガルムが俺をじっと見つめた。
「君なら、もしかしたら習得できるかもしれん」
「え?」
「植物共鳴というスキルを持っているんだろう?それなら、スライムとの対話も可能かもしれん」
ガルムの言葉に、俺は驚いた。植物共鳴をスライムに応用するという発想は、これまで考えたことがなかった。
「スライムとの対話……可能なのでしょうか?」
「試してみる価値はある。スライムも、ある意味では生きている。それなら、君の共鳴スキルが通用する可能性がある」
テオが興奮気味に言った。
「それは画期的な発想です!植物共鳴の応用範囲が大幅に拡張される可能性があります」
「ただし」ガルムが釘を刺した「解体技術は甘くない。失敗すれば、素材は完全に無駄になる。覚悟はあるか?」
俺は迷わず答えた。
「はい。ぜひ教えてください」
「よし。だが、いきなり実技は危険だ。まずは基礎理論から始めよう」
ガルムが作業台に向かった。
「スライムの内部構造から説明してやる。核、膜、ゲル質、それぞれの特性と役割を完全に理解しなければ、解体などできん」
俺は新たな技術分野への挑戦に、胸を躍らせていた。植物共鳴の新たな可能性、スライム解体技術の習得、そして植物紙との融合技術。
ガルムという熟練の解体師との出会いが、俺の技術開発を次の段階へと押し上げてくれそうだ。
「テオさん、理論的な裏付けをお願いします」
「もちろんです。解体技術と薬学理論の融合、興味深い研究になりそうです」
夕日が作業場に差し込む中、俺たちの新たな挑戦が始まった。
【アルネペディア】
・ガルム: 50年の経験を持つ伝説的な老解体師。セラフィアでミレイに解体技術を指導した後、リーヴェンに戻ってきた。薬師の解体技術習得という珍しい組み合わせに興味を示す。
・スライムエッセンス精製: 解体師の中でも最難関とされる高度技術。スライムの核、膜、ゲル質を完全分離し、純粋なエッセンスのみを抽出する技術。
・植物共鳴応用: 植物共鳴スキルをスライムなど他の生物に応用する革新的なアプローチ。ガルムが提唱した新しい可能性。
・解体技術基礎理論: スライムの内部構造(核、膜、ゲル質)の特性と役割を完全理解することから始まる解体技術の基礎。
・薬師×解体師融合: 従来では考えられなかった職業の組み合わせ。新たな技術分野の開拓につながる可能性を秘めている。




