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【第26話】和紙製法への挑戦(後編)

 

 翌日、俺たちは薬師ギルドの調合研究室で、昨日確保したスライムボアの粘液を使った本格的な植物紙製作に取り組んでいた。これまでの試行錯誤で得た知識と、天然接着剤という新たな武器を組み合わせ、ついに実用的な植物紙を完成させる時が来た。


「まず、粘液の希釈率を調整しましょう」


 テオが精密な計測器具を使って、スライムボアの粘液を純水で薄めている。


「理論的には、5倍希釈が最適のはずですが……」


「植物共鳴で確認してみます」


 俺は希釈された粘液に意識を集中した。昨日習得した「素材共鳴」の感覚で、粘液の状態を探る。


「もう少し薄い方が良さそうです。7倍希釈はどうでしょうか」


「分かりました」


 テオが再調整を行う。その間に、俺は昨日処理したフェルーナライフの繊維を準備した。


「カレンヌ、この繊維の状態はどうですか?」


 カレンヌが繊維に触れ、いつものように植物の「声」を聞いてみる。


「とても良い状態ですわ。『準備はできている』と言っているような気がします」


 俺たちは慎重に、希釈した粘液と植物繊維を混合し始めた。今度は、これまでの失敗を教訓に、厚さの調整に特に注意を払う。


「繊維を均等に広げるのが重要ですね」


 レオンが手伝いながら言った。


「薄すぎず、厚すぎず……」


 植物共鳴で繊維の分布状態を感じ取りながら、俺は慎重に厚さを調整していく。カレンヌも一緒に手伝い、フェルーナの器用さを活かして細かい作業を担当してくれる。


「この辺りが少し厚いですわ」


「ありがとう、カレンヌ。君の指摘はいつも的確ですね」


 数時間の集中作業の後、ついに最初の本格的な植物紙が完成した。


「これは……」


 俺は完成したシートを光にかざしてみた。透明感があり、繊維の織りなす美しいパターンが見える。厚さも均一で、手触りも滑らか。現実の和紙に非常によく似ている。


 《植物紙プロトタイプ製作に成功しました》

 《和紙製法 Lv.1を習得しました》


 システムメッセージが表示された。


「ついにやりましたね!」


 レオンが興奮して声を上げた。


「これは本当に素晴らしい出来です」


 テオが分析器具で性能を測定している。


「保存効果は7日程度、調湿機能も良好。基本的な植物紙として十分実用的です」


「これでも十分革新的ですが……」


 俺はさらなる可能性について考えていた。


「フィバーウッドやシルキーバークとの混合も試してみましょう」


 続いて、俺たちは混合繊維による植物紙も試作してみた。フェルーナライフ70%、フィバーウッド30%の組み合わせでは、より強度の高い紙が完成。フェルーナライフ50%、シルキーバーク50%の組み合わせでは、非常に滑らかで高品質な紙ができあがった。


「三種類の特性を持つ植物紙が完成しました」


 俺は並べて比較してみる。


「標準タイプ、強度重視タイプ、高品質タイプ。用途に応じて使い分けができますね」


 《サブクエスト達成》

 《『植物繊維基礎技術確立』を達成しました》

 《経験値8,000を獲得》

 《新技術『基礎植物紙製作』習得》

 《革新度+50》


「サブクエスト達成です!」


 カレンヌが嬉しそうに尻尾を大きく振った。


「みんなで協力した成果ですわね」


「確かに、一人では絶対に不可能でした」


 俺は感慨深く完成品を眺めた。


「テオさんの理論、カレンヌの植物感覚、レオンのサポート。すべてが組み合わさって、この技術が生まれました」


 テオも満足そうに頷いている。


「最初は、学術的でないアプローチに疑問を持っていましたが、今では完全に考えを改めました。実践的な知識と感覚的な技術の価値を、深く理解できました」


 その時、カレンヌが時計を見て、少し慌てたような表情を見せた。


「あ……もうこんな時間ですわ。姉に今日の成果を報告しなければ」


「そうか、セラフィアに戻るのですね」


「はい。姉も、ケンイチ様の技術革新についてとても興味を持っているので、この植物紙を見せたいんです」


 カレンヌは大事そうに試作した植物紙のサンプルを袋に収めた。


「これを見せれば、きっと驚くと思います」


「気をつけて帰れよ」


 俺は心配になった。カレンヌの方向音痴は筋金入りだ。


「大丈夫ですわ。セラフィアへの道なら……多分……」


「多分って……」


 レオンが心配そうな表情を見せた。


「カレンヌ、一人で大丈夫ですか?」


「え、えーっと……」


 カレンヌが困ったような表情で尻尾を垂らした。


「実は……今日も来る時に少し迷ってしまって……」


「やっぱりそうか」


 俺は予想通りだった。


「レオン、悪いが、カレンヌをセラフィアまで送ってもらえないか?」


「もちろんです!喜んで」


 レオンが快く引き受けてくれた。


「重要な技術資料を持っているわけですし、安全確保が必要ですね」


「本当にありがとうございます」


 カレンヌが嬉しそうに尻尾を揺らした。


「レオンがいてくれれば安心です」


「それでは、行ってきます」


 カレンヌとレオンが手を振って研究室を出て行った。


「気をつけて」


 俺は二人を見送った。カレンヌの姉への報告がどのような反応を呼ぶのか、そしてレオンがセラフィアでどのような発見をするのか、興味深いところだ。


「テオさん、植物紙のプロトタイプが完成しましたね」


「はい。これで『従来薬草に依存しない新技術』の基礎が確立できました」


 テオが研究ノートに成果をまとめている。


「次は、この技術をさらに発展させて、緊急王都クエストの要求水準に到達させる必要があります」


「そうですね。30日間の保存効果を実現するには、もっと高度な技術が必要です」


 俺は植物紙プロトタイプを手に取りながら考えた。


「トキシックバインの特性も活用できるかもしれません。それに、他の添加物との組み合わせも検討したい」


「素晴らしいアイデアです」


 テオが眼鏡を光らせた。


「二人がセラフィアにいる間に、私たちで理論的な最適化を進めましょう」


 夕日が研究室に差し込む中、俺は今日の達成感に浸っていた。現実世界の和紙技術をVR世界で再現し、この世界独特の素材と組み合わせて、全く新しい技術を確立できた。


 カレンヌとレオンはしばらくセラフィアに滞在することになるだろうが、その間に俺とテオで技術のさらなる発展を図ることができる。


 植物紙プロトタイプの完成は、大きな第一歩だった。しかし、緊急王都クエストの真の目標達成に向けて、まだまだ道のりは長い。

【アルネペディア】

・植物紙プロトタイプ: フェルーナライフ、フィバーウッド、シルキーバークを原料とし、スライムボア粘液を接着剤として製作された革新的な植物繊維シート。7日程度の保存効果を持つ。


・和紙製法: 現実世界の伝統技術をVR世界で再現した植物紙製作技術。繊維分離、粘液希釈、厚さ調整などの工程を含む。


・混合繊維植物紙: 複数の植物原料を組み合わせて製作される植物紙。標準タイプ、強度重視タイプ、高品質タイプなど用途に応じた特性を持つ。


・基礎植物紙製作: 植物繊維技術の基礎となる製作スキル。和紙製法の習得により、様々な特性を持つ植物紙を製作できるようになる。


・セラフィア技術交流: カレンヌが姉への報告のためセラフィアに向かうことで始まる、リーヴェンとセラフィア間の技術情報交流。

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