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【第24話】フィバーウッドの発見

 

 翌日の朝、俺たちは薬師ギルドの調合研究室で、昨日採取した植物素材の詳細分析を行っていた。テオが持参した精密分析器具により、各植物の繊維構造や成分を科学的に調べることができる。


「驚くべき結果ですね」


 テオが眼鏡を光らせながら分析結果を読み上げた。


「フェルーナライフの繊維長は平均15mm、引張強度は従来の包装材の3倍です」


「昨日の楮類似植物とミツマタ類似植物も分析してもらえますか?」


「もちろんです。まず、楮類似植物から……これは繊維長20mm、非常に強靭な構造を持っていますね。フィバーウッドと命名しましょうか」


「フィバーウッド、良い名前ですね」


 俺は満足そうに頷いた。


「ミツマタ類似植物の方は?」


「こちらは短い繊維ですが、非常に滑らかで上質な質感を持っています。シルキーバークと呼びましょう」


「シルキーバーク……確かに、絹のような滑らかさがありますね」


 カレンヌが興味深そうに尻尾を揺らしている。


「それで、これらをどのように使うのですか?」


「現実世界の和紙技術を応用して、植物繊維から紙状のシートを作るんです」


 俺は説明を始めた。


「ただし、適切な処理をしないと、ただの繊維の塊になってしまいます」


「では、早速試してみましょう」


 俺は研究室の調合器具を使って、まずフェルーナライフの樹皮処理を開始した。しかし、最初の試みは期待とは程遠い結果となった。


「うーん、繊維の分離がうまくいかない……」


 調合器から取り出された樹皮は、まだ硬い塊のままで、繊維が全く分離していなかった。


「温度が低すぎるのでしょうか?」


 テオが理論的な分析を始めた。


「計算では、80度で30分の加熱が最適のはずですが……」


「理論通りにやってみましょう」


 俺は温度を上げて再挑戦したが、今度は樹皮が焦げてしまった。


「失敗です……温度が高すぎました」


 俺は植物共鳴スキルを発動し、フェルーナライフの「声」を聞いてみる。


「この植物は……もっと穏やかな処理を求めている気がします」


 2回目、3回目も植物との対話を重ねながら試行錯誤を続けた。65度で45分、60度で60分と、徐々に条件を調整していく。


「少し良くなりましたが、まだ不十分ですね」


 4回目の挑戦で、ようやく繊維の分離が進んだ。しかし、次の工程で新たな問題が発生した。


「分離した繊維を、どうやって紙状にまとめるか……」


 現実の和紙では「漉き」という技術を使うが、VR世界での再現方法が分からない。適当に繊維を集めてみても、バラバラに崩れるだけだった。


「接着剤のような成分が必要かもしれません」


 テオが分析している。


「でも、薬草保存に使うなら、余計な化学物質は避けたいところです」


「自然の接着成分……」


 俺は考え込んだ。現実では、ネリという植物の粘液を使うことがある。この世界にも似たような植物があるかもしれないが……。


 その時、俺の頭にある記憶が浮かんだ。以前戦ったスライムボアの粘液だ。あの強力な粘着性は、煙で一時的に弱めることができたが、適度にコントロールできれば、逆に接着剤として利用できるかもしれない。


「そうだ……スライムボアの粘液を使えばどうでしょうか?」


「スライムボア?」


 レオンが首をかしげた。


「あの、おじさんが煙で動きを封じたモンスターですか?」


「ああ。あの粘液は非常に強力な粘着性を持っている。適切に薄めれば、繊維を結合させる接着剤として使えるかもしれません」


 テオが興味深そうに眼鏡を光らせた。


「なるほど、天然の粘着成分ですね。確かに、化学合成された接着剤より安全かもしれません」


「でも、スライムボアは毒ガス地帯にいますよね?」


 カレンヌが心配そうに尻尾を揺らした。


「今度は私も一緒に行けますか?フェルーナライフ以外の植物のことも、もっと学びたいんです」


「危険ですが……カレンヌの植物に対する感覚は貴重です」


 俺は考えた。確かに危険だが、今回は粘液の採取が目的で、戦闘は最小限に抑えられるかもしれない。


「分かりました。ただし、安全第一です。レオンの護衛と、俺の煙幕作戦で、戦闘リスクを最小限に抑えましょう」


「はい!」


 カレンヌが嬉しそうに答えた。


「スライムボアの粘液以外にも、毒ガス地帯には特殊な植物があるかもしれませんね」


「そうですね」


 俺は植物共鳴で、毒ガス地帯の植物について考えてみた。


「毒性環境に適応した植物は、特殊な成分を持っている可能性があります。それが紙作りに役立つかもしれません」


 フィバーウッドとシルキーバークの処理も試してみたが、やはり基本的な技術が確立していないため、どちらも失敗に終わった。


「まずは、接着成分を確保してから、本格的な紙作りに挑戦しましょう」


 俺は段階的なアプローチを提案した。


「スライムボアの粘液が手に入れば、繊維の結合問題は解決するはずです」


「それに」テオが付け加えた「毒ガス地帯の探索で、新たな素材が見つかる可能性もありますね」


「楽しみです」


 カレンヌの目が輝いている。


「新しい植物との出会いは、いつもワクワクします」


「でも、安全には十分注意してくださいね」


 レオンが心配そうに言った。


「今度は僕がしっかり守りますから」


 夕方、俺たちは明日の毒ガス地帯探索の準備を整えていた。解毒ポーション、回復ポーション、そして煙幕用のバタフライリーフ。


「今回は素材採取が目的です」


 俺は作戦を確認した。


「スライムボアとの戦闘は最小限に抑え、粘液の確保に集中します」


「分かりました」


 カレンヌが緊張した表情で頷いた。


「初めての本格的な危険地帯ですが、頑張ります」


「カレンヌの植物感覚があれば、きっと新しい発見があるはずです」


 俺は今日の失敗を振り返った。繊維分離の技術は少しずつ向上しているが、まだ紙作りの本格的な工程には入れない。しかし、スライムボアの粘液という解決策が見つかった。


 現実世界の伝統技術をVR世界で再現する。そのためには、この世界独特の素材も活用する必要がある。明日の探索が、技術開発の大きな転換点になるかもしれない。

【アルネペディア】

・フィバーウッド: 楮に類似した特性を持つVR世界の植物。繊維長20mm、強靭な構造を持つが、処理技術が未確立。


・シルキーバーク: ミツマタに類似した特性を持つVR世界の植物。短い繊維だが滑らかで上質。適切な処理方法を模索中。


・繊維分離: 植物の樹皮から純粋な繊維を取り出す工程。植物共鳴による最適化が重要だが、まだ完全には習得できていない。


・スライムボア粘液: 以前戦ったモンスターの粘着性分泌物。適切に処理すれば、植物繊維の天然接着剤として利用できる可能性がある。


・漉き技術: 現実世界の和紙製作における重要工程。分離した繊維を紙状にまとめる技術だが、接着成分の確保が課題となっている。

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