【第23話】ケンイチの閃きとサブクエスト発生
翌日の夕方、俺は予定通りVRにログインした。薬師ギルドの研究室では、テオが一人で資料整理をしていた。
「テオさん、お疲れ様です」
「ああ、ケンイチさん。お疲れ様です。今日の森林探索の準備はいかがですか?」
「今日は、天然の除湿効果を持つ植物を探すのが目的です。カレンヌの植物発見能力に期待しています」
テオが興味深そうに眼鏡を光らせた。
「なるほど、保存技術に必要な素材探しですね。理論的にも興味深いアプローチです」
その時、研究室の扉がノックされた。
「失礼いたします」
現れたのはレオンとカレンヌだった。カレンヌの猫のような尻尾が、嬉しそうにゆらゆらと揺れている。
「おじさん、お疲れ様です!」
「ケンイチ様、お疲れ様です。今日も森林探索でしょうか?」
「ああ。除湿効果を持つ植物を探しに行く予定だ。準備はできているか?」
「はい!私の植物探索能力をお見せしますわ」
カレンヌが自信満々に答えた。尻尾がピンと立っている。
俺たちは薬師ギルドを後にし、リーヴェン近郊の森へと向かった。歩きながら、テオが今回の探索の理論的意義について説明してくれる。
「天然の除湿剤となる植物が見つかれば、薬草保存技術は大幅に向上します。化学的な乾燥剤よりも、薬効成分との相互作用が少ないはずですから」
「そうですね。自然由来の素材なら、安全性も高い」
森の入り口に到達すると、カレンヌが急に足を止めた。
「あ……」
彼女は何かに気づいたような表情を見せ、慣れた手つきで近くの木に近づいた。そして、まるで日常的な作業のように、その木の樹皮を丁寧に剥がし始める。
「カレンヌ、何をしているんだ?」
俺が尋ねると、カレンヌは作業の手を止めずに答えた。
「あ、これはフェルーナライフという植物ですわ。フェルーナなら誰でも知っている、とても身近な植物なんです」
「フェルーナライフ?」
俺は植物共鳴スキルでその植物を調べてみた。
《フェルーナライフを発見しました》
《フェルーナライフ:フェルーナが本能的に発見できる特殊植物。樹皮は強靭な繊維質を持ち、葉は乾燥させると高価な嗜好品となる。月夜の市では特に高値で取引される。》
「なるほど、マタタビのような植物か」
俺は現実世界の知識と照らし合わせた。フェルーナが猫の獣人なら、マタタビに類似した効果を持つ植物があるのも自然だ。
「はい!」カレンヌが嬉しそうに答えた「樹皮は丈夫で色々な用途に使えますし、葉っぱは乾燥させて月夜の市で売ると、とても良い値段になるんです。フェルーナなら、見つけるたびに採取するのが普通ですわ」
レオンが感心したような表情を見せた。
「へえ、そんな植物があるんですね。他の種族でも見つけられるんですか?」
「見つけることは可能ですが、私たちフェルーナには敵いません。本能的に分かるんです」
カレンヌの尻尾が誇らしげに揺れている。
その時、俺はカレンヌが剥がした樹皮を詳しく観察して、はっとした。この繊維質の構造、質感……これは楮に非常によく似ている。
「カレンヌ、この樹皮をもう少し詳しく見せてもらえるか?」
「もちろんです。どうかなさいましたか?」
俺は樹皮を手に取り、その繊維を慎重に調べた。長くて強靭な繊維、適度な柔軟性、そして現実世界の和紙原料と酷似した特性。
「これは……革命的かもしれない」
「え?」
テオ、レオン、カレンヌが一斉に俺を見つめた。
「現実世界に、『和紙』という技術がある。植物の繊維を使って、非常に薄くて丈夫な紙を作る技術だ」
「和紙?」
「その技術を応用すれば、薬草を包む特殊なシートを作ることができるかもしれない。調湿効果があり、長期保存に適した包装材を」
カレンヌの目が輝いた。尻尾も嬉しそうにくるくると回っている。
「それは素晴らしいです!自然の力で、薬草を守ることができるんですね」
その時、システムメッセージが表示された。
《サブクエスト発生》
《『革新的素材開発』》
《・従来薬草に依存しない新技術確立》
《・現実知識の応用による技術革新》
《・植物繊維技術の基礎確立》
《報酬:経験値8,000/革新度+50》
「サブクエストが発生しましたね」
テオが驚いたような表情を見せた。
「これは……かなり高度な内容ですが、面白い挑戦です」
俺は迷わずサブクエストを受諾した。
「カレンヌ、フェルーナライフはどのくらいの量が採取できるんだ?」
「フェルーナにとっては比較的見つけやすい植物ですから、必要な分だけ採取することは可能です。特に私は得意なんですわ」
カレンヌの尻尾が自信に満ちて揺れている。
「では、カレンヌにはフェルーナライフの探索と採取をお願いしたい。俺とレオンは、別の原料植物を探してみる」
「別の原料植物?」
レオンが首をかしげた。
「現実世界の和紙は、楮だけでなく、ミツマタという植物も使う。より多様な原料があれば、用途に応じて異なる特性のシートを作ることができる」
俺は現実の知識を説明した。
「楮は長い繊維で強靭な紙を、ミツマタは短い繊維で滑らかで上質な紙を作ることができる。この世界にも、似たような特性を持つ植物があるかもしれない」
テオが眼鏡を光らせた。
「なるほど、複数の素材を使い分けることで、用途に最適化した包装材を作るということですね」
「その通りです。薬草の種類や保存期間に応じて、最適な包装材を選択できるようになる」
「分かりました!」カレンヌが元気よく答えた「私はフェルーナライフを集中的に採取いたします。この植物なら、誰よりも効率的に見つけられますから」
「お疲れ様、カレンヌ。僕たちは他の植物を探してみますね」
レオンが手を振った。
カレンヌと別れた俺とレオンは、森の奥へと進んだ。楮に似た特徴を持つ植物、ミツマタに似た特徴を持つ植物。それらを見つけることができれば、和紙技術の完全な再現が可能になる。
「おじさん、楮とミツマタって、どんな特徴の植物なんですか?」
「楮は比較的大きな木で、樹皮に長い繊維を持つ。ミツマタは低木で、樹皮が三つ又に分かれることからその名前がついた。どちらも、特定の処理をすることで、紙の原料になる」
俺たちは森の中を慎重に探索していく。植物共鳴スキルを使いながら、現実の和紙原料に似た特性を持つ植物を探す。
しばらくすると、レオンが何かを発見した。
「おじさん、この木はどうでしょうか?」
レオンが指差した木は、確かに楮に似た特徴を持っていた。大きな葉、特徴的な樹皮、そして強靭そうな繊維質。
「これは有望だな……」
俺は植物共鳴スキルでその木を詳しく調べてみた。確かに、和紙原料として使えそうな特性を持っている。
一方で、カレンヌのフェルーナライフ採取能力は驚異的だった。俺たちが一つの候補植物を調べている間に、彼女は既に十数本分のフェルーナライフ樹皮を採取していた。
夕方には、三人でかなりの量の原料を確保することができた。フェルーナライフ、楮類似植物、そしてミツマタ類似植物。これらを使って、和紙技術の応用実験を開始できる。
「今日は大きな成果でしたね」
テオが満足そうに言った。
「ええ。カレンヌの種族特性と、現実世界の知識の組み合わせ。これが革新的な技術を生み出す鍵になりそうです」
俺たちは森を後にし、薬師ギルドに戻った。明日からは、いよいよ植物繊維技術の実践開発が始まる。従来の薬草に依存しない、全く新しい保存技術。それが現実のものとなる日も近い。
【アルネペディア】
・フェルーナライフ: フェルーナが本能的に発見できる特殊植物。強靭な繊維質を持つ樹皮と、乾燥させると高価な嗜好品となる葉を持つ。現実世界のマタタビに類似した効果を持つ。
・楮類似植物: 現実世界の楮に似た特性を持つVR世界の植物。長い繊維を持ち、強靭な紙の原料として適している。
・ミツマタ類似植物: 現実世界のミツマタに似た特性を持つVR世界の植物。短い繊維を持ち、滑らかで上質な紙の原料として適している。
・和紙技術: 現実世界の日本の伝統技術。植物繊維を原料として、薄くて丈夫な紙を製作する技法。調湿効果も期待できる。
・革新的素材開発: 従来の薬草に依存しない新技術確立を目指すサブクエスト。現実知識の応用と植物繊維技術の基礎確立が目標。
・植物繊維技術: 現実世界の和紙製法を応用したVR内技術。複数の原料植物を使い分けて、用途に最適化した保存用シート材を製作する技術。




