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【第2話】VRの洗礼と、動き出す世界

 # 【第2話】VRの洗礼と、動き出す世界


 光に包まれ、俺の意識が完全に切り替わった瞬間、目の前に広がったのは、紛れもない現実の世界だった。風が頬を撫でる感覚、草木の匂い、遠くで聞こえる鳥のさえずり。全てが、まるでそこに存在するかのように鮮明だった。


「うわっ……」


 思わず声が出た。体が勝手に動くような感覚に戸惑い、視点を変えようとして体がふらつく。VR酔い、というやつだろうか。普段の生活では全く運動をしない俺の体には、この没入感が少々刺激が強すぎるようだ。危うく、尻餅をつきそうになる。


 頭の中では、昔のMMOの操作感が蘇る。マウスで視点移動、WASDキーで移動。だが、今は何も持っていない。全身が、そのままコントローラーなのだ。視線を動かせば視点も動き、体を傾ければキャラも傾く。この圧倒的な没入感に、脳が処理しきれていない。


『プレイヤー、ケンイチ様。チュートリアルを開始します』


 どこからともなく、優しい女性の声が聞こえた。視界の端に、半透明のウィンドウが表示される。これは、システムメッセージか。


『まず、基本移動の練習です。右方向へ歩いてみましょう』


 言われるがまま、ぎこちない足取りで右へ進む。体が浮いているような、地に足がついていないような感覚。頭がくらりとする。ふらつきながらも、何とか数メートル歩いた。


『成功です。次に、左方向へ歩いてみましょう』


 左へ。これもまた、同じようにふらつく。まるで、生まれたての小鹿のようだ。45歳のおっさんが、ゲームの中で小鹿とは、笑い話にもならない。しかし、これも新しい体験だ。諦めるわけにはいかない。


『次に、ジャンプです』


 ジャンプ、か。MMOでは、よく崖を飛び越えたり、段差を登ったりするのに使ったな。


『その場で軽く跳ねてみてください』


 言われるがまま、足元に意識を集中し、小さく飛び跳ねる。フワリ、と体が宙に浮き、すぐに着地した。


『成功です。次に、メニュー画面を開きましょう。右手を開き、手のひらを上に向けた状態で、指を一本立ててください』


 右手をゆっくりと開き、手のひらを上に向ける。そして、人差し指を立てる。すると、手首のあたりから、薄い光の板がスッと伸びてきた。


『メニュー画面です。ここで各種設定やアイテム管理が行えます』


 光の板には、ステータス、スキル、アイテム、装備、マップ、オプション、ログアウト、といった項目が並んでいる。指を近づけると、項目がわずかに光る。これで操作するのか。恐る恐る「ステータス」に触れてみる。


 すると、新たなウィンドウが展開した。


 プレイヤー名:ケンイチ

 種族:ヒューマン

 職業:料理人

 レベル:1

 HP:100/100

 MP:50/50

 SP:100/100


 基本ステータス

 STR:10

 AGI:10

 DEX:10

 VIT:10

 INT:10

 MND:10

 LUK:10


 初期値は全て10か。ごく標準的だな。昔のMMOなら、ここにポイントを振り分けたりしたもんだが、アルネシアは固定成長方式だったか。βテストの概要を読んだ際に、そんな記述があったような気がする。


 次に「スキル」を見てみる。


 職業スキル:料理Lv.1

 基本スキル:採取Lv.1、識別Lv.1、移動Lv.1


 料理、採取、識別。なるほど、生産職らしいスキルが揃っている。移動Lv.1というのは、先ほどのぎこちない動きを改善するためのスキルだろうか。


 アイテム欄を開いてみる。


 ・初期支給回復薬(N)×3

 ・初期支給MP薬(N)×2

 ・初期支給料理器具セット(N)×1


 初期支給品は、どのMMOでもお決まりだな。初期支給料理器具セット、か。この世界で料理を作るための最低限の道具だろう。


『メニューの閉じ方は、指を立てたまま手を下ろすか、握りこぶしにしてください』


 言われるがまま、指を立てたまま手を下ろす。フッと、光の板が消えた。慣れない操作だが、何度か繰り返せばすぐに身につくだろう。


『次に、戦闘チュートリアルを行います。正面に現れる練習用ダミーに攻撃を加えてみましょう』


 目の前に、藁人形のようなダミーがポコッと出現した。攻撃、か。料理人だからといって、戦闘が全くできないわけではないだろう。何か武器を持っているわけでもないが、素手で殴るしかないか。


 MMOでは、敵の攻撃パターンを読んで、適切なスキルを使うのが常道だ。だが、今は素手。とにかく、思い切り殴ってみる。


 右の拳を握り、ダミーに向かって振り抜いた。ゴン、と鈍い音がして、ダミーの体がわずかに揺れた。


『成功です。このダミーは耐久値が設定されています。破壊するまで攻撃を続けてください』


 耐久値があるということは、HPのようなものか。普段の生活では人を殴ることなど皆無なので、妙な罪悪感が湧き上がる。これもゲームだと自分に言い聞かせ、ひたすら拳を叩き込む。ゴン、ゴン、ゴン。単調な作業だ。汗が滲むようなことはないが、腕が少しずつ重くなるような感覚があった。


 数分後、ダミーがガクンと膝をつき、そのまま半透明のポリゴンとなって消滅した。


『練習用ダミーの破壊に成功しました。これでチュートリアルは終了です。転送ゲートを通じて、初期街へ移動しますか?』


 足元に、青白い光を放つ円形の陣が現れた。いよいよ、本格的なゲーム開始だ。


「はい」と答えると、光が強まり、視界が真っ白になった。


 次に目を開けた時、俺の目の前には、木造の家々が立ち並ぶ、賑やかな街並みが広がっていた。空には白い雲が浮かび、鳥のさえずりが聞こえる。活気ある声が飛び交い、様々な種族のプレイヤーやNPCが行き交っている。


「ここが、初期街か……」


 昔のMMOと変わらない光景に、安堵のため息が漏れた。しかし、このリアルさ。俺は本当に、この世界にいるのだと改めて実感した。


 広場の中央には、古びた石碑が立っており、そこに刻まれた文字が目に飛び込んできた。


「…ようこそ、始まりの街リーヴェンへ」


 なるほど、ここがこの初期街の名前か。βテストの概要で読んだ「中心都市」の項目に、ここが該当するのだろう。見慣れた光景に、俺は安堵のため息を漏らした。だが、そのリアルさは、想像を遥かに超えていた。風が肌を撫でる感覚、石畳の感触、空気に混じる様々な匂い。全てが五感を刺激し、俺は本当にこの世界にいるのだと改めて実感した。


 目の前の光景に気を取られていると、後ろから誰かに軽く肩を叩かれた。


「おい、新入りか? そこで突っ立ってると邪魔だぜ」


 振り返ると、そこにはいかにも戦士といった風貌の、全身に初期装備と思しき革鎧を纏った男が立っていた。俺が固まっていると、男はフンと鼻を鳴らし、そのまま人混みの中に消えていった。


 いきなり先制攻撃を受けたような気分だ。まあ、これもMMOではよくあることだ。昔は、もっとギルドの勧誘とか、フレンド申請とか、色々あったものだが。今は、そんなこともないのか。


 とりあえず、操作も少しずつ慣れてきた。VR酔いも、さっきよりはマシになっている。街の情報を集めるのが、MMOのセオリーだ。チュートリアルで培った操作感も、少しずつ体に馴染んできた。


「まずは、街で基本的な情報を集めるのが定石だろう」


 俺は街の探索へと足を踏み出した。石畳の道を歩くと、足の裏にゴツゴツとした感触が伝わってくる。道行くNPCの声も、まるで本物の人間のように聞こえる。


「新鮮な野菜はいかがですかー!」

「鍛冶師の親方、新作の剣を打ち上げたってよ!」

「冒険者ギルドで、新米向けの依頼が出てたぞ!」


 様々な声が耳に飛び込んでくる。情報過多だ。まずは、落ち着いて目的を絞るべきだろう。俺の職業は「料理人」。ならば、まずは料理に関連する場所を探すのが筋だ。


 地図アイコンのようなものが表示されているのを見つけ、それに触れてみる。すると、リーヴェンの全体図が半透明で表示された。なるほど、これなら迷うことはない。地図には、様々な施設名がアイコンで示されている。道具屋、武器屋、防具屋、宿屋、そして、いくつかのギルドのマーク。


 俺は、この新しい世界での第一歩を踏み出すため、まずは情報収集から始めることにした。薬草の知識を活かす場所は、きっとこの街のどこかにあるはずだ。

【アルネペディア】

・リーヴェン: アルネシア・オンラインにおける初期街の名前。「始まりの街」とも呼ばれ、多くの冒険者が旅立つ場所。


・チュートリアル: ゲーム開始時に行われる基本操作の練習。移動、ジャンプ、メニュー操作、戦闘などを学ぶ。


・ステータス: プレイヤーの基本能力値。STR(筋力)、AGI(敏捷)、DEX(器用)、VIT(体力)、INT(知力)、MND(精神)、LUK(幸運)で構成される。


・料理スキル: 料理人職の基本スキル。食材を加工して料理を作成する能力。


・採取スキル: 植物や鉱物などの素材を採取するスキル。料理人の重要なスキルの一つ。

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― 新着の感想 ―
指一本立てる、ってやってみたら攣りそうになったw 中指立てるやんちゃ坊主ももいそうねえ。
いい町並みですね。 僕も立ち寄ってみたい。
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