【第19話】夜咲く花を求めて
翌日の情報収集の結果、俺たちは重要な発見をした。マルクスが古代薬草技術の文献で見つけた記述によると、「夜の女王」と呼ばれる伝説の薬草が存在するらしい。
「『夜の女王は月光の下でのみその真価を発揮し、シトラスを超える香りの力を宿す』……こんな記述がありました」
マルクスが古い書物を見せてくれた。
「夜にしか咲かない花、か。現実世界にもヨルガオのような夜咲きの植物がある。夜間に花を咲かせることで、夜行性の昆虫に受粉を任せるんだ」
「それで、その『夜の女王』はどこにあるんですか?」
レオンが興味深そうに尋ねた。
「文献によると、リーヴェン西部の『月見の丘』という場所に自生しているとのことです。ただし……」
マルクスの表情が曇った。
「夜間にしか花を咲かせないため、暗闇での採取が必要です。しかも、その地域には夜行性のモンスターが多数出現するとのことで……」
「夜間戦闘、か……」
俺は考え込んだ。確かに危険だが、レオンはノクターン。夜間での活動は、むしろ得意分野のはずだ。
「レオン、ノクターンの夜間視覚はどの程度のものなんだ?」
「はい!僕たちノクターンは、暗闇でも昼間と同じように見ることができます。むしろ夜の方が調子が良いくらいです」
レオンの目が輝いた。普段は体力の低さが弱点として語られることの多いノクターンだが、夜間に関しては他の種族を圧倒する能力を持っている。
「それなら、今夜挑戦してみよう。3種類目の代替素材を必ず見つけるぞ」
夜になってから、俺たちは月見の丘へと向かった。月明かりが美しく、幻想的な風景が広がっている。しかし、昼間とは全く違う静寂が、どこか不気味でもあった。
「おじさん、あちらに何か光っているものが見えます」
レオンが指差した方向を見ると、確かに薄っすらと光る花のようなものが見えた。
「あれが夜の女王か……」
近づいてみると、月光を受けて白く輝く美しい花が咲いている。花弁は大きく、強い芳香を放っていた。
《ムーンブルームを発見しました》
《ムーンブルーム:月光の下でのみ花を咲かせる神秘的な植物。シトラス系成分ルナノール(30%)、夜香性リモネン(20%)を含む。夜間にのみその真価を発揮する。》
「これだ!成分を見る限り、シトラスハーブを上回る効果が期待できそうだ」
しかし、花に近づこうとした瞬間、茂みから複数の目が光った。
「ナイトウルフの群れです!3匹……いえ、4匹いますね」
レオンが緊張した声で報告した。ナイトウルフは夜行性の狼型モンスターで、群れで行動することで知られている。レベルも12から14と、かなり手強い相手だ。
「これは厳しいな……」
俺は後退しようとしたが、その時、茂みの向こうから別の声が聞こえてきた。
「あら、こんなところに人がいるなんて珍しいですわね」
月明かりの中に現れたのは、美しい銀髪をした少女だった。フェルーナの特徴である尻尾が、月光に揺れている。
「君は……?」
「私、カレンヌと申しますわ。こちらの方向にリーヴェンがあると聞いたのですが……」
彼女は周囲を見回して、少し首をかしげた。
「あの、リーヴェンはどちらの方向でしょうか?」
「いや……ここは月見の丘だ。リーヴェンからは西に大分離れている」
「あら、そうでしたの?てっきりもうすぐかと……」
カレンヌは全く悪びれる様子もなく、むしろ人に出会えたことを喜んでいるようだった。
「それより、ナイトウルフが……」
レオンが警告しようとした時、カレンヌが軽やかに前に出た。
「ナイトウルフですわね。夜の狩りでは私たちフェルーナの方が上ですのよ」
その言葉に、レオンの表情がピクリと変わった。
「......僕が本当の夜間戦闘を見せてやる」
「あら、ノクターンの方でしたのね。頼もしいですわ」
「口じゃなくて実力で勝負だ!」
レオンは普段以上に気合いを入れて剣を構えた。一方のカレンヌも、フェルーナらしい軽やかさで身構える。
ナイトウルフの群れが一斉に襲いかかってきた。月明かりの下での戦闘が始まる。
「こっちだ!」
レオンが最初の一匹に向かって突進した。夜間視覚により、暗闇の中でもナイトウルフの動きを正確に捉えている。
「遅いですわね」
カレンヌはフェルーナの俊敏性を活かし、ナイトウルフの攻撃を軽やかにかわしながら反撃を加える。
「負けないぞ!」
レオンも負けじと、持ち前の剣技でナイトウルフと渡り合う。普段よりも動きに力が入っているのは、明らかにカレンヌを意識してのことだ。
「あら、なかなかやりますわね」
「お前こそ、思ったより速いじゃないか」
二人の会話には、お互いを認めつつも負けたくないという気持ちが表れている。
レオンとカレンヌの連携は、まさに競争の中から生まれたものだった。お互いが相手に負けじと動き回り、結果的に完璧なコンビネーションを見せる。レオンの夜間視覚がナイトウルフの動きを正確に捉え、カレンヌの俊敏性がその隙を突いていく。
「負けないですわよ!」
「こっちだって負けるもんか!」
二人の競争心が、夜行性モンスターとの戦闘で威力を発揮した。
「今です!」
カレンヌの声に促され、俺は急いでムーンブルームの採取を開始した。植物共鳴スキルを使って、花を傷つけないよう慎重に花弁を摘み取る。
戦闘の音が響く中、俺は集中してムーンブルームの採取を続けた。この花は夜間にしか咲かない貴重な薬草だ。機会を逃すわけにはいかない。
「よし……」
慎重に花弁を摘み取り、特殊な保存容器に収納する。月光の下で光っていた花弁は、容器の中でも淡い光を放っていた。
《ムーンブルーム採取に成功しました》
その時、最後のナイトウルフが倒れる音が聞こえた。レオンとカレンヌが息を切らしながら、それぞれ満足そうな表情を見せている。
「......まあ、悪くない動きでしたわね」
カレンヌが少しだけ認めるような口調で言った。
「お前こそ、なかなかやるじゃないか」
レオンも素直に褒めることはできないようだが、相手の実力は認めているようだった。
「二人とも、お疲れ様。おかげで無事にムーンブルームを採取できた」
俺は採取した花弁を二人に見せた。月明かりの下で、美しく光る花弁に、二人とも感嘆の声を上げる。
「綺麗ですわね……まるで月の光を閉じ込めたみたい」
「こんな花があったなんて、知らなかった」
俺はムーンブルームのサンプルを軽く分析してみた。予想通り、シトラスハーブを上回る効果を持つ成分が含まれている。
「これで3種類目、いや、最も優秀な代替素材が手に入った」
「それは素晴らしいですわ!」
カレンヌが嬉しそうに言った。しかし、その時俺は気づいた。彼女がなぜここにいるのか、まだ詳しく聞いていない。
「カレンヌさん、改めて聞きますが、なぜこんな夜中に一人で?リーヴェンを探しているということでしたが……」
「実は……」
カレンヌは少し困ったような表情を見せた。どうやら、何か事情がありそうだ。
しかし、詳しい話は安全な場所で聞いた方が良いだろう。夜の月見の丘は、まだ他のモンスターが現れる可能性がある。
「とりあえず、リーヴェンに戻りましょう。詳しい話はその時に」
「そうですわね。実は私も、ぜひお聞きしたいお話があるのです」
カレンヌの言葉に、俺は首をかしげた。彼女は俺の正体を知らないようだが、何か相談事があるのだろうか。
月見の丘を後にしながら、俺は今夜の成果を振り返っていた。3種類目の代替素材、しかも最も優秀なムーンブルームを手に入れることができた。そして、意外な出会いもあった。
レオンとカレンヌの関係も興味深い。二人は競争心むき出しで張り合っているが、その結果として見事な連携を見せた。今後も、この調子で切磋琢磨していくのだろう。
リーヴェンへの帰り道で、きっと彼女の事情も明らかになるはずだ。そして、緊急クエストの完了報告をアウローラに行えば、薬草市場安定化プロジェクトも一段落する。
長い一日になりそうだが、重要な成果を得ることができた夜だった。
【アルネペディア】
・夜の女王: 古代薬草技術文献に記載された伝説的な薬草。月光の下でのみその真価を発揮するとされる。
・ムーンブルーム: 月光の下でのみ花を咲かせる神秘的な植物。シトラスハーブを上回る効果を持つルナノール、夜香性リモネンを含む。
・ナイトウルフ: 夜行性の狼型モンスター。群れで行動し、レベル12-14の中級者向けモンスター。夜間戦闘を得意とする。
・月見の丘: リーヴェン西部に位置する丘陵地帯。夜咲きの植物が自生し、夜行性モンスターの生息地でもある。
・カレンヌ: フェルーナの少女。方向音痴で迷子になっていたが、夜間戦闘に優れる。何らかの事情でリーヴェンを探している。