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【第18話】薬草不足の予兆(後編)

 

 翌朝、俺は海辺探索の準備を整えていた。昨日のシトラグラス発見は幸先が良いが、残り2種類の代替素材を見つけるのはより困難になりそうだ。海洋環境という未知の領域での探索には、やはり護衛が必要だろう。


「おじさん、おはようございます!」


 約束通り、レオンが研究室にやってきた。


「おはよう、レオン。今日もよろしく頼む。海辺は森とは違う危険があるかもしれない」


「はい!海辺のモンスターといえば、シーカニやウォーターエレメンタルが出るって聞いたことがあります。でも僕のレベルなら大丈夫だと思います」


 レオンの頼もしい言葉に、俺は安心した。マルクスも合流し、3人で海辺へと向かった。


「マルクス、海洋植物について何か文献で調べたことはあるか?」


「はい、少しだけですが。海辺の植物は塩分に適応するため、陸上の植物とは異なる成分構造を持つことが多いそうです。特に、ナトリウム耐性を高めるための特殊な化合物を生成することがあるとか」


「なるほど、それは興味深いな。シトラスハーブとは全く違うアプローチで、同様の効果を持つ可能性があるということか」


 リーヴェンの東門を出て、1時間ほど歩くと海が見えてきた。潮風が心地よく、波の音が聞こえる。しかし、この美しい環境にも危険が潜んでいるはずだ。


「海辺の岩場から調査を始めよう。潮の満ち引きで露出する部分に、特殊な植物が自生している可能性が高い」


 俺たちは海岸線を歩きながら、採取スキルで様々な海洋植物を調べ始めた。


「これは……」


 最初に見つけたのは、濃い緑色の海藻だった。しかし、調べてみると薬効はあるものの、シトラスハーブの代替には向かないようだ。


 《シーケルプを発見しました》

 《シーケルプ:海辺の岩に付着する海藻。豊富なミネラルを含み、体力回復効果がある。》


「体力回復は良いが、香りの成分が足りないな」


 さらに探索を続けると、レオンが注意を促した。


「おじさん、あちらに何かいます」


 岩場の向こうから、甲羅を光らせた大きなカニが現れた。


 《シーカニ Lv.10》


「シーカニですね。水属性の攻撃をしてくるので注意が必要です」


 レオンが前に出て、俺とマルクスを守る位置に立った。


「気をつけろ、レオン。水辺だから、相手の方が有利だ」


 シーカニは大きなハサミを振り回しながら、水鉄砲のような攻撃を仕掛けてきた。レオンは巧みにかわしながら、隙を見て反撃を加える。


「今だ!」


 レオンの剣がシーカニの甲羅の隙間を狙い撃ちした。数回の攻撃の後、シーカニは倒れた。


「お疲れ様、レオン。怪我はないか?」


「大丈夫です!海辺の戦闘は少し勝手が違いますが、何とかなりました」


 戦闘後、俺たちは潮だまり周辺をより詳しく調査した。そこで、興味深い植物を発見した。


「これは……苔の一種だが、独特の香りがする」


 湿った岩肌に張り付いている薄緑色の苔を、植物共鳴スキルで詳しく調べてみる。


 《ライムモスを発見しました》

 《ライムモス:海辺の湿潤な岩場に自生する苔。ライムに似た香りを放ち、シトラス系成分リモネール(15%)、海洋性シトラール(10%)を含む。抗菌作用を持つ。》


「これだ!」


 分析してみると、シトラスハーブとは異なる成分だが、類似の効果を持つ化合物が含まれている。特に「海洋性シトラール」という、海水の塩分に適応した特殊な成分が興味深い。


「効果はシトラスハーブの6割程度だが、海洋性という特殊性があるな」


 俺は慎重にライムモスを採取し、研究室に持ち帰って詳しい分析を行った。


 夕方、研究室でライムモスを使った美味しいポーション製作を試してみる。


「おお、これは面白い味わいだ」


 ライムモスを使ったポーションは、シトラスハーブやシトラグラスとは全く異なる、爽やかで軽やかな味わいになった。海の風味が微かに感じられ、独特の清涼感がある。


「マルクス、レオン、試飲してくれ」


 二人がポーションを味見すると、驚いたような表情を見せた。


「これは……今までとは全然違う味ですね。でも、とても美味しいです」


「海の香りがするのに、爽やかで飲みやすいです!」


「ライムモスの海洋性成分が、独特の風味を生み出しているようだ。これで2種類目の代替素材が確保できた」


 しかし、クエスト目標の3種類まで、あと1種類が必要だ。そして、最後の1種類が最も困難になることは間違いない。


「おじさん、3種類目はどこで探すんですか?」


 レオンの質問に、俺は少し考え込んだ。


「森と海辺を探索したが、どちらも比較的アクセスしやすい場所だった。3種類目は、もっと困難な場所にあるかもしれない」


「困難な場所……?」


「例えば、洞窟の奥や、高山地帯、あるいは……」


 俺は地図を広げて、リーヴェン近郊の地形を確認した。


「ここだ。リーヴェン北部の『霧の渓谷』。ここは高レベルモンスターが出現する危険地帯だが、特殊な環境条件が揃っている」


 霧の渓谷は、常に濃い霧に覆われた神秘的な場所だ。その特殊な環境条件により、他では見つからない珍しい植物が自生している可能性がある。


「でも、危険すぎませんか?僕のレベルでは……」


 レオンが心配そうに言った。確かに、霧の渓谷はレベル15以上の冒険者が挑戦する場所だ。レオンのレベルでは、単独では厳しいかもしれない。


「そうだな……別の手段を考える必要があるかもしれない」


 その時、マルクスが何かを思い出したような表情を見せた。


「ケンイチさん、先日の古代海洋神殿の発見について、何か情報はありませんか?」


「古代海洋神殿?ワールドアナウンスで発表されたあれか?」


「はい。もしかしたら、古代の薬草技術や、現代では失われた植物の情報があるかもしれません」


 確かに、それは興味深い可能性だ。古代文明の遺跡には、現代では失われた知識や技術が眠っている可能性がある。


「しかし、古代神殿への調査は、発見者の許可が必要だろう。カイトという冒険者が発見者だったはずだが……」


 俺たちは新たな可能性について議論を続けた。霧の渓谷での危険な探索か、古代神殿での調査か。どちらも簡単ではないが、3種類目の代替素材を見つけるためには、困難に立ち向かう必要がある。


「明日、もう一度情報収集をしよう。霧の渓谷の詳細な情報と、古代神殿への調査参加の可能性を調べてみる」


「はい!僕も冒険者ギルドで情報を集めてみます」


 レオンが積極的に協力を申し出てくれた。


「マルクスは、古代薬草技術に関する文献を調べてくれ。何かヒントが見つかるかもしれない」


「承知いたしました」


 2種類の代替素材は確保できたが、最後の1種類が最大の難関となりそうだ。しかし、俺たちには仲間がいる。一人では不可能なことも、協力すれば乗り越えられるはずだ。


 夕日が海を照らす中、俺は明日への決意を新たにしていた。薬草市場安定化プロジェクトの成功は、薬師業界全体にとって重要な意味を持つ。どんな困難が待ち受けていても、必ずやり遂げてみせる。

【アルネペディア】

・シーカニ: 海辺の岩場に生息するカニ型モンスター。大きなハサミと水鉄砲攻撃が特徴。レベル10程度で中級者向け。


・シーケルプ: 海辺の岩に付着する海藻。豊富なミネラルを含み体力回復効果があるが、香り成分は少ない。


・ライムモス: 海辺の湿潤な岩場に自生する苔。海洋性シトラールという特殊成分を含み、シトラスハーブの代替品として使用可能。効果は6割程度。


・海洋性シトラール: 海水の塩分に適応した特殊なシトラス系化合物。ライムモスに含まれ、独特の清涼感を生み出す。


・霧の渓谷: リーヴェン北部に位置する高レベル向けの危険地帯。常に濃い霧に覆われ、特殊な環境条件により珍しい植物が自生する可能性がある。

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― 新着の感想 ―
危険な所の素材では値段も高くなるからだい代品にはならなくないかなあ。
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