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【第17話】薬草不足の予兆(前編)


 薬師転職から一週間が経った。俺は『美味しいポーション普及プロジェクト』の第一段階、月例講習会の準備に取り掛かっていた。参加希望者は予想を上回る12名。リーヴェンだけでなく、他の街からもわざわざ足を運んでくる薬師がいるようだ。


「おはようございます、ケンイチさん」


 研究室に現れたのはマルクスだった。彼は講習会の準備を手伝ってくれることになっている。


「おはよう、マルクス。今日もよろしく頼む」


「こちらこそ!それにしても、参加者の多さに驚きました。『美味しいポーション』への関心は思った以上に高いようですね」


 確かに、俺の予想を大幅に上回っている。レオンが友人たちに配った美味しいポーションの口コミが、想像以上に広がっているのかもしれない。


「それで、今日の講習で使う材料の準備はどうだ?」


「それが……少し問題がありまして」


 マルクスの表情が曇った。


「スイートモスは問題ないのですが、シトラスハーブの入手が困難になっています。市場での価格が、先週の2倍に跳ね上がっているんです」


「2倍?それは異常だな」


 シトラスハーブは俺の美味しいポーション製作には欠かせない補助材料の一つだ。スイートモスだけでも基本的な苦味中和は可能だが、より複雑な味付けにはシトラスハーブの爽やかな香りが重要な役割を果たす。


「何か理由があるのか?」


「詳しくは分かりませんが、最近『血抜き熟成法』という魚の処理技術が流行していて、その工程でシトラスハーブが大量に使われているらしいんです」


 血抜き熟成法……確か掲示板で見かけた投稿で言及されていた技術だ。魚の血抜きを完璧に行い、特定の薬草で処理することで旨味を大幅に向上させる手法。その技術が普及したことで、シトラスハーブの需要が急激に増加したのだろう。


「そうか……技術の普及は良いことだが、素材不足を引き起こすこともあるんだな」


 俺は苦笑いを浮かべた。自分の美味しいポーション技術も、今後同様の問題を引き起こす可能性がある。


「講習会はどうしましょうか?シトラスハーブなしでも基本的な技術は教えられますが……」


 その時、研究室の扉が急にノックされた。


「失礼いたします!」


 慌てた様子で入ってきたのは、薬師ギルドの受付スタッフだった。


「ケンイチ様、アウローラ様が緊急でお呼びです。重要な案件とのことで……」


「緊急案件?」


 俺とマルクスは顔を見合わせた。何か大きな問題が発生したのだろうか。


 アウローラの執務室に向かうと、彼女の表情は深刻だった。机の上には複数の報告書が散乱している。


「ケンイチさん、お疲れ様。実は緊急事態が発生しました」


「どのような内容でしょうか?」


「薬草市場の大幅な価格高騰です。シトラスハーブだけでなく、多くの薬草で価格が急騰しています」


 アウローラは報告書を見せてくれた。そこには、各種薬草の価格変動グラフが記されている。


「シトラスハーブは2倍、ミントリーフは1.5倍、ラベンダーエッセンスは3倍……これは深刻な事態です」


「原因は血抜き熟成法の普及でしょうか?」


「それが主要因の一つですが、問題はそれだけではありません。各地の薬師が、代替素材を求めて買い占めを行っているようです」


 なるほど、需要の急増が連鎖的に他の薬草にも波及しているのか。


「このままでは、一般の冒険者が基本的なポーションすら購入できなくなる恐れがあります」


 アウローラは立ち上がり、窓の外を見つめた。


「そこで、薬師ギルド本部から緊急クエストが発令されました」


《緊急クエスト『薬草市場安定化プロジェクト』が発生しました》


 システムメッセージが表示された。


「緊急クエスト……ですか?」


「ええ。価格高騰している薬草の代替素材を発見し、市場の安定化を図ってほしいのです」


 アウローラはクエストの詳細を説明してくれた。


《クエスト目標:シトラスハーブの代替素材を3種類以上発見し、実用性を検証する》

《期限:2週間》

《報酬:代替素材研究スキル、特別研究予算2000G》


「代替素材の発見、か……」


「あなたの植物に関する知識なら、きっと解決策が見つかるはず。ただし、このクエストは薬師ギルド全体にとって非常に重要です。失敗すれば、業界全体に深刻な影響が出るかもしれません」


 責任の重さを感じながらも、俺は迷わずクエストを受諾した。


《緊急クエスト『薬草市場安定化プロジェクト』を受諾しました》


「ありがとう、ケンイチさん。この緊急クエストが最優先になります。月例講習会は、代替素材が見つかってから改めて開催しましょう」


「分かりました。早速、調査を開始します」


 研究室に戻った俺は、マルクスと共に作戦を立てた。


「まず、シトラスハーブの詳細分析から始めよう」


 俺は保管していたシトラスハーブのサンプルを取り出し、調合器具で詳細な成分分析を行った。


《シトラスハーブ 詳細データ》

・科名:シトラス科

・生育環境:温暖な気候、適度な湿度、水はけの良い土壌

・主要成分:リモネン(40%)、シトラール(25%)、リナロール(15%)

・薬効:爽快感、リラックス効果、消化促進

・香り特性:柑橘系、清涼感、持続性中程度

・他素材との相性:スイートモス(良好)、ミント系(相乗効果)


「なるほど、現実の薬草学では、同じ科に属する植物は似た成分を持つことが多い。この分析データを基に、類似の効果を持つ植物を探してみよう」


「シトラス科の植物を探せば良いということですか?」


「その通りだ。特に主要成分のリモネンとシトラールを含む植物を重点的に調べる必要がある」


 マルクスは感心したように頷いた。


「では僕は文献調査を担当します。シトラス科の植物で、リーヴェン近郊に自生するものがないか調べてみますね」


 俺たちは早速、シトラスハーブの特徴を理解し、類似植物の探索計画を立てた。


 午後から、俺はシトラスハーブの分析データを手に、森への探索に向かった。ただし、今回は一人ではない。


「おじさん、準備できました!」


 研究室に現れたのはレオンだった。森の奥地にはモンスターが出現する可能性があるため、護衛を頼んでいたのだ。


「ありがとう、レオン。今回はシトラス科の特徴を持つ植物を重点的に探すんだ。お前には安全確保を頼む」


「分かりました!森の奥地なら、フォレストウルフやポイズンマッシュルームが出るかもしれませんね」


 俺たちはリーヴェン近郊の森へと向かった。採取スキルと植物共鳴を使って、様々な植物を調べていく予定だ。


 森の入り口付近では、いくつかの植物を調べたが条件に合うものは見つからなかった。


「この植物は……ミント科だな。香りは良いが、成分が違いすぎる」


 より深い場所へ進む必要がありそうだ。レオンが先頭に立ち、周囲を警戒しながら奥へと進む。


「おじさん、モンスターの気配がします」


 茂みの向こうから、ガサガサと音が聞こえてきた。


「フォレストウルフですね。レベル8くらいでしょうか」


 レオンが剣を抜いて構えた。俺は安全な距離を保ちながら、戦闘の行方を見守る。


 数分の戦闘の後、レオンがフォレストウルフを撃破した。


「さすがだな、レオン。これで安心して植物の調査ができる」


「お任せください!おじさんは探索に集中してください」


 戦闘後、森の奥で、ようやく有望な候補を発見した。


「これは……細長い葉、そして香りの特徴が……」


 植物共鳴スキルを使って詳しく調べると、シトラスハーブと類似の成分構造を持っていることが分かった。


《シトラグラスを発見しました》

《シトラグラス:爽やかな香りを持つ草本植物。シトラス系の香り成分リモネン(25%)、シトラール(15%)を含み、リラックス効果がある。》


 分析してみると、シトラスハーブの主要成分であるリモネンとシトラールを含んでいる。濃度はシトラスハーブの約7割程度だが、価格は5分の1以下で入手できそうだ。これなら実用的な代替品になるかもしれない。


「ようやく一つ目、か……」


 俺は満足して研究室に戻った。早速、シトラグラスを使った美味しいポーション製作を試してみる。


 シトラグラス抽出液を使ったポーションは、シトラスハーブより少しマイルドだが、十分に美味しく仕上がった。


《代替素材研究 Lv.1を習得しました》


 新しいスキルを習得できた。これで今後、様々な薬草の代替品を見つけることができるようになるだろう。


 しかし、クエスト目標は3種類。まだ2種類も見つけなければならない。


 夕方、マルクスが研究室に戻ってきた。


「ケンイチさん、文献調査の結果です。過去にも似たような薬草不足が数回発生していて、その度に代替素材の研究が進んだという記録がありました」


「そうか、過去の事例は参考になるな」


 マルクスが持参した資料を見ると、確かに薬草市場の変動は周期的に発生していることが分かる。


「代替素材の研究、一種類目は成功しました。シトラグラスという候補を見つけました」


 俺は試作したポーションをマルクスに試飲してもらった。


「これは……シトラスハーブのものより少しマイルドですが、十分に美味しいですね」


「成分分析では、リモネンとシトラールがシトラスハーブの7割程度含まれている。価格は5分の1だから、十分実用的だ。ただし、クエストの目標にはあと二種類必要だ……」


 俺はシトラグラスの詳細データをマルクスに見せた。


「なるほど、科学的なアプローチですね。残りの二種類も、同様の方法で見つけられそうですか?」


「問題は、シトラス科の植物がリーヴェン近郊にそれほど多くないことだ。明日は生育環境を変えて、海辺を探索してみよう。海洋性の植物なら、また違った成分構造を持っているかもしれない」


 その時、研究室の窓の外から、大きな音が響いてきた。空を見上げると、光の文字が浮かんでいる。


『【歴史的大発見】パーティリーダー「カイト」率いる調査隊が古代アルネシア文明の遺跡を発見!「古代海洋神殿」の解放により、古代エリアシリーズが始動します!』


「ワールドアナウンス……古代海洋神殿の発見だって」


 マルクスが驚いている。確かに、ワールドアナウンスは滅多に見ることのできない、歴史的な発見や出来事の時にだけ発生するものだ。


「古代文明の遺跡か……もしかしたら、古代の薬草技術なんかも発見されるかもしれないな」


 俺は興味深そうにアナウンスを眺めた。失われた調合技術について、以前図書館で読んだことがある。古代の薬師たちは、現代では失われた高度な技術を持っていたとされている。


「そういえば、最近海洋関係の話題が多いですね。料理人の方で、海洋料理の分野で注目を集めているという話も聞きました」


「海洋関係、か……」


 海といえば、俺がスイートモスを発見したのも海辺だった。もしかしたら、海洋系の植物にも、まだ発見されていない薬草があるかもしれない。


「明日は海辺を探索してみよう。三種類目の代替素材が見つかるかもしれない」


「良いアイデアですね。僕も同行させていただけますか?」


「もちろんだ。二人で探索すれば、効率も上がるだろう」


 翌日の探索計画を立てながら、俺は緊急クエストの重要性を改めて実感していた。これは単なる個人的な研究ではなく、薬師業界全体に関わる重要な任務だ。


 代替素材の発見により、価格高騰問題を解決し、多くの冒険者が安価で質の良いポーションを手に入れられるようにする。それが、薬草賢者としての俺の責任だろう。

【アルネペディア】

・薬草市場安定化プロジェクト: 薬草価格高騰に対応するため、薬師ギルド本部から発令された緊急クエスト。代替素材の発見が主な目標。


・血抜き熟成法: 魚の血抜きを完璧に行い、特定の薬草で処理することで旨味を大幅に向上させる技術。シトラスハーブを大量消費するため、薬草価格高騰の一因となっている。


・シトラグラス: シトラスハーブの代替候補となる薬草。爽やかな香りを持ち、リモネンとシトラールを含む。効果はシトラスハーブの7割程度だが価格は5分の1。


・ライムモス: 湿潤な環境を好む苔の一種。ライムに似た香りを持ち、シトラスハーブの代替品として使用可能。効果は6割程度。


・代替素材研究: 価格高騰や入手困難な薬草に対し、類似の効果を持つ別の素材を見つける技術。薬草の分類学的知識と成分分析が重要。


・古代海洋神殿: カイト率いる調査隊が発見した古代アルネシア文明の遺跡。ワールドアナウンスが発生するほどの歴史的発見。

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・シトラグラスを発見しました ・しかし、クエスト目標は3種類。まだ2種類も見つけなければならない ・明日は海辺を探索してみよう。三種類目の代替素材が見つかるかもしれない 上のやつの発見~明日の目…
【アルネぺディア】さん、『ライムモス』情報を先出しネタバレしてますよ~
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