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【第16話】薬師への転職


 リーヴェンに戻った翌日、俺は薬師ギルドを訪れた。昨日採取したスカーレットルートをアイテムボックスから取り出すと、血のように赤い根が美しく輝いている。これで三つの試練すべてがクリアできるはずだ。


「アウローラ様、最後の試練の成果をお持ちしました」


 俺がスカーレットルートを差し出すと、アウローラは驚いたような表情を見せた。


「まあ、これは……見事なスカーレットルートね。色艶といい、保存状態といい、完璧だわ」


 彼女は慎重にスカーレットルートを手に取り、光にかざして品質を確認している。


「採取の際、植物共鳴を使って根を傷つけないよう細心の注意を払いました。毒ガス地帯での作業でしたが、仲間の協力もあって無事に成功しました」


「仲間との協力……それも薬師にとって大切な能力の一つね。一人では解決できない課題も、適切な協力者を得ることで乗り越えられる」


 アウローラは満足そうに頷いた。


「これで三つの試練すべてクリアですね。薬効3倍の抽出技術、苦味を消す調味技術、そして希少素材の採取」


「そうですね。それでは、最終審査を行いましょう」


 アウローラは奥の部屋から古い羊皮紙を持ってきた。それは上級薬師認定証の雛形のようだった。


「まず、あなたが開発した薬効3倍の抽出技術を実演してもらえるかしら?」


 俺は特別研究室に向かい、水蒸気蒸留法で青い苔草から高濃度エキスを抽出した。植物共鳴スキルを使って最適な温度と時間を感じ取り、完璧な抽出液を完成させる。


「素晴らしい。この抽出液なら、確実に3倍以上の薬効が期待できるわ」


 次に、スイートモスを使った苦味中和技術も実演した。苦い抽出液が、甘くて飲みやすいポーションに変化する様子を、アウローラは感嘆しながら見つめている。


「この技術は……まさに革命的ね。薬師の概念を根本から変える可能性がある」


 最後に、スカーレットルートを使った高級ポーションの製作も行った。希少素材の特性を理解し、その力を最大限に引き出すポーション製作。俺のこれまでの技術の集大成だった。


《伝説級回復ポーション(UR)を製作しました。品質:神品》


「UR……しかも品質が神品」


 アウローラの声が震えている。これまで見たことのないランクのポーションが完成していた。


「ケンイチさん、あなたは確実に上級薬師の資格を有している。それどころか、既存の薬師の枠を超えた存在かもしれないわ」


 彼女は厳粛な表情で、転職の儀式を始めた。


「古き薬草の精霊たちに誓って、ここに新たなる薬師の誕生を宣言します。ケンイチよ、あなたは今この時より『上級薬師』の称号を得る資格があります。しかし……」


 アウローラは一度言葉を止めた。


「あなたの技術と知識は、もはや既存のカテゴリーに収まらない。薬効強化、味覚改良、希少素材への理解、そして何より、薬草との真の対話能力。これらを総合すると……」


 彼女は深呼吸をして、続けた。


「『薬師』ではなく、『薬草賢者』と呼ぶべき存在ね」


 システムメッセージが表示された。


《料理人 → 薬師への転職が完了しました》

《特別称号『薬草賢者』を獲得しました》

《上級調合 Lv.1を習得しました》

《薬効強化 Lv.1を習得しました》

《味覚調整 Lv.1を習得しました》

《薬膳料理 Lv.1を習得しました》


 新しいスキルが次々と追加されていく。特に《薬膳料理》は、俺の料理人スキルと薬師スキルが融合した特別なスキルのようだ。


「薬膳料理……これは興味深いな」


「そのスキルは、薬効のある料理を作ることができるの。ポーションとは違う形で、薬草の力を人々に届けることができるようになるわ」


 俺は《薬膳料理》で作った回復効果のあるクッキーを試作してみた。確かに、普通のクッキーなのに食べるとHPが少しずつ回復していく。


「これは……素晴らしい技術ですね」


 その時、アウローラの表情が少し真剣になった。


「ケンイチさん、実はあなたにお願いしたいことがあるの」


「どのような内容でしょうか?」


 彼女は新しい羊皮紙を取り出した。それには「クエスト依頼書」という文字が記されている。


「薬師ギルドからの正式なクエスト依頼よ。あなたの革新的な技術を、より多くの薬師に普及させてもらいたいの」


《新規クエスト『美味しいポーション普及プロジェクト』を受諾しますか?》


 システムメッセージが表示された。


「クエスト……ですか?」


「ええ。薬師ギルド本部からの正式な依頼よ。あなたの技術は、業界全体にとって革命的な価値がある。しかし、一人の力では限界があるわ」


 アウローラはクエストの詳細を説明してくれた。


「第一段階として、月例技術講習会の開催。参加者に基本的な美味しいポーション製作技術を指導してもらいたいの」


《クエスト目標:月例講習会を開催し、10名以上の薬師に技術指導を行う》

《報酬:薬師ギルド特別研究室永続利用権、技術開発支援金1000G》


「技術指導、か……確かに、技術を独占するより、みんなで共有した方が良い結果が生まれそうですね」


 俺は迷わずクエストを受諾した。


《クエスト『美味しいポーション普及プロジェクト』を受諾しました》


「ありがとう、ケンイチさん。このクエストは段階的に進行するプロジェクトになっているの。第一段階をクリアしたら、また次の課題について相談させてもらうわ」


「分かりました。まずは月例講習会の成功に集中します」


 俺は身の引き締まる思いだった。個人的な探求から、業界全体への貢献へ。責任は重いが、やりがいも大きい。


 その時、研究室の扉がノックされた。


「失礼いたします」


 現れたのは、見知らぬ薬師だった。白いローブを着ているが、アウローラよりも若く見える。


「あ、マルクス。ちょうど良いタイミングね」


 アウローラが紹介してくれた。


「こちらはマルクス。リーヴェン薬師ギルドの若手ホープよ。マルクス、こちらが例の『美味しいポーション』を開発されたケンイチさん」


「お初にお目にかかります!」


 マルクスは興奮気味に頭を下げた。


「実は、噂を聞いて是非ともお会いしたかったのです。薬効を損なわずに味を改善するなんて、信じられません」


「まあ、試行錯誤の結果ですよ」


 俺は謙遜しながら、先ほど作った《美味しい回復ポーション》をマルクスに試飲してもらった。


「これは……!」


 マルクスの目が大きく見開かれた。


「苦味が全くありませんね。それどころか、積極的に飲みたくなるような味です。しかも薬効は……これは通常のポーションより明らかに高い」


「マルクス、あなたもこのプロジェクトに参加してもらえるかしら?ケンイチさんの講習会のサポートをお願いしたいの」


「ぜひ参加させていただきます!僕も、患者さんに喜んでもらえる薬を作りたいんです」


 マルクスの熱意を見て、俺は改めて自分の技術の価値を実感した。これは単なる個人の趣味や探求ではなく、多くの人を助けることができる技術なのだ。


 夕方、レオンが研究室を訪ねてきた。


「おじさん、転職おめでとうございます!」


「ありがとう。お前の協力があったからこそだよ」


「それで、何か新しいことできるようになったんですか?」


 俺は《薬膳料理》で作った回復効果のあるクッキーをレオンに渡した。彼が一口食べると、HPが少しずつ回復していく。


「すごい!普通のクッキーなのに、回復効果があるんですね」


「薬膳料理というスキルを習得したんだ。これからは、ポーションだけでなく、料理でも皆を支援できるようになる」


「おじさんの技術、どんどん進化してますね。僕たち冒険者にとって、本当に心強いです」


「それと、薬師ギルドから正式なクエストを受諾したんだ。美味しいポーション技術を、より多くの薬師に教える講習会を開催することになった」


「クエストですか!それはすごいじゃないですか」


 レオンの目が輝いた。


「薬師ギルドから正式に依頼されるなんて、おじさんの技術が本当に認められたってことですよね」


「まあ、責任も重いがな。でも、多くの人を助けられる技術を広められるのは嬉しいことだ」


 レオンが帰った後、俺は一人で今後の計画を立てていた。月例講習会の準備、教材の作成、参加者の募集。やることは山積みだ。


 しかし、現実世界で培った薬草知識が、この仮想世界で多くの人を支援する技術として認められた。それは何物にも代え難い達成感だった。


 窓の外では、リーヴェンの街に夕日が差し込んでいる。多くの冒険者たちがそれぞれの目標に向かって歩んでいる。俺の「美味しい薬」「薬膳料理」の技術が、そんな冒険者たちの助けになれるのなら、これほど嬉しいことはない。


 薬草賢者として、そして薬師ギルドのクエスト受諾者として。俺の新たな挑戦が始まった。

【アルネペディア】

・薬草賢者: 薬師を超えた特別な称号。薬草との対話能力、革新的な調合技術、味覚改良技術などを総合的に習得した者に与えられる。


・美味しいポーション普及プロジェクト: 薬師ギルド本部からの正式クエスト。革新的な味覚改良技術を業界全体に普及させることを目的とする。


・連続クエスト: 複数の段階に分かれた長期プロジェクト型のクエスト。各段階をクリアすることで次の段階が解放される。


・月例技術講習会: クエストの第一段階として開催される技術指導イベント。10名以上の薬師への指導が目標。


・マルクス: リーヴェン薬師ギルドの若手薬師。美味しいポーション技術に強い関心を示し、プロジェクトのサポート役を担う。

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