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【第14話】苦い薬を甘くする魔法(後編)

 

 翌朝、俺は早めに薬師ギルドを出て、リーヴェンの東門へと向かった。昨日の失敗続きの実験で、既存の調味料では限界があることは明らかになった。ならば、全く新しいアプローチが必要だ。


 街の東門を抜け、舗装された道から外れて草原を横切る。小一時間歩くと、潮の匂いが鼻腔をくすぐり始めた。波の音も次第に大きくなってくる。やがて視界が開け、青い海が広がった。


「ここが……アルネシア近海か」


 これまで薬草採取といえば森や山ばかりだったが、海辺には全く異なる生態系が存在するはずだ。塩分、潮風、砂地。陸地とは全く違う環境で育つ植物たちは、きっと陸地の植物とは異なる特性を持っているだろう。


 俺は採取スキルを発動させながら、海辺特有の植物を調べ始めた。


 翌朝、俺は早めに薬師ギルドを出て、リーヴェンの東門へと向かった。昨日の失敗続きの実験で、既存の調味料では限界があることは明らかになった。ならば、全く新しいアプローチが必要だ。


 最初に見つけたのは、砂地に根を張る多肉植物だった。


 《シーソルト・サボテンを発見しました》

 《シーソルト・サボテン:海辺の砂地に自生する多肉植物。体内に塩分を蓄積する性質があり、ミネラル補給に効果的。》


 塩分を蓄積する植物、か。興味深いが、甘味とは程遠そうだ。


 次に、潮の満ち引きで濡れる岩場に生えている海藻のような植物を調べてみる。


 《タイドプールグラスを発見しました》

 《タイドプールグラス:潮の満ち引きに適応した海藻。強力な保湿効果があり、皮膚の治療に用いられる。》


 これも薬効はありそうだが、求めているものではない。


 俺は海岸線をさらに進んだ。岩場が複雑に入り組んだ場所で、ふと足を止めた。遠くで何かがキラリと光を反射している。


「波のゆらめきか?」


 最初はそう思ったが、光り方が一定すぎる。気になって近づいてみると、岩の隙間にできた潮だまりに、見慣れたものが打ち上げられていた。


「これは……プレミアムルアー?」


 それは釣り用のルアーだった。しかし、長い間海に漂っていたのだろう、表面はボロボロに傷つき、本来の輝きを失っている。誰かが落としたものが、潮の流れでここまで運ばれてきたのだろう。


「もったいないな……まだ使えるかもしれない」


 俺は腰を落とし、潮だまりに手を伸ばしてルアーを拾い上げようとした。その時、手が水面に触れた瞬間、潮だまりの底に薄く緑色の膜のようなものが張り付いているのに気づいた。


「これは……?」


 そこには、陸地では見たことのない、美しい光景が広がっていた。波が引いた岩の隙間に形成された小さな潮だまりの周辺の岩肌に、薄く緑色の膜のような植物が張り付いている。


「これは……苔の一種か?」


 近づいてよく見ると、それは確かに苔だった。しかし、陸地で見る苔とは明らかに違う。より薄く、より繊細で、そして何より、触れてみると微かに甘い香りがする。


 俺は慎重に採取スキルを発動させた。


 《スイートモスを発見しました》


 スイートモス!まさに俺が探していたものの名前ではないか。


 《スイートモス:海辺の岩場に自生する特殊な苔。天然の甘味成分を含み、他の成分と反応しにくい性質を持つ。海水の塩分と淡水のバランスが保たれた場所でのみ育つ。》


「これだ……!」


 俺の心臓が高鳴った。「他の成分と反応しにくい」という記述が重要だ。これなら、薬効を損なわずに甘味を加えることができるかもしれない。


 しかし、スイートモスの採取は思った以上に困難だった。岩場の狭い隙間に生えており、しかも潮の満ち引きのタイミングを見計らわないといけない。


 俺は植物共鳴スキルを使って、スイートモスの「声」に耳を澄ませてみた。すると、不思議な感覚が伝わってきた。


「満潮と干潮の間……ちょうど今頃がベストタイムか」


 潮が引いて岩肌が露出している今なら、スイートモスも採取しやすい状態にある。しかも、海水に浸かったばかりで、甘味成分が最も濃縮されているタイミングのようだ。


 俺は慎重に、薄い膜のようなスイートモスを岩肌から剥がしていく。触れると、ほんのりと甘い香りがして、同時に潮の香りも混じっている。この自然の甘さこそ、薬草が求めていた「自然な甘さ」なのかもしれない。


 採取したスイートモスをアイテムボックスに収納し、俺は急いで薬師ギルドへと戻った。


 研究室に戻ると、まずはスイートモスの特性を詳しく調べてみた。小さなサンプルを水に溶かすと、確かに甘い味がする。しかし、砂糖やハチミツとは全く異なる、まろやかで上品な甘さだ。


「この甘さなら……」


 俺は昨日作った苦い《上質な回復ポーション(SR)品質:極上》を取り出し、スイートモス抽出液を一滴加えてみた。液体の色に変化はない。そして、恐る恐る口に含んでみると……。


「信じられない……」


 苦味がほぼ完全に中和されていた。それどころか、爽やかで飲みやすい、むしろ美味しいとさえ感じられる味になっている。そして何より重要なのは、システムメッセージに変化がないことだ。


 薬効は全く減少していない。


「成功だ……!」


 俺は興奮を抑えきれずに、何度も味を確かめた。これなら、長時間のダンジョン攻略で何十本飲んでも苦痛ではない。むしろ積極的に飲みたくなるような味だ。


 スイートモスの効果をより詳しく調べるため、異なる濃度で実験を続けた。


 抽出液を2滴加えると、甘みがより強くなったが、薬効には依然として影響がない。3滴では少し甘すぎるが、それでも薬効の減少はなし。


 さらに驚くべき発見があった。スイートモスには苦味中和だけでなく、薬効成分の安定化作用もあるようだ。ポーションが劣化しにくくなり、長時間品質を保つことができる。


 《苦味中和 Lv.1を習得しました》

 《薬効保持調味 Lv.1を習得しました》


 新しいスキルを二つも習得できた。これで二つ目の試練は完全にクリアだ。


 俺は完成した改良ポーションを持って、アウローラのもとへ向かった。


「アウローラ様、二つ目の試練の成果をお見せします」


 俺が差し出したポーションを、アウローラは興味深そうに受け取った。まず色を確認し、香りを嗅ぎ、そして慎重に一口飲んでみる。


 その瞬間、彼女の目が大きく見開かれた。


「まあ……!これは驚きですね。苦味が全くなくて、むしろ美味しいくらいだわ。でも薬効は……」


 アウローラは自分のステータスを確認し、ポーションの効果を実感している。


「信じられない。薬効は全く変わっていない。それどころか、効果の持続時間が延びているようにも感じられるわ」


「スイートモスという海辺の苔を使いました。天然の甘味成分が、薬効に影響を与えずに苦味を中和してくれるんです」


 俺はスイートモスのサンプルも見せながら説明した。


「海辺の素材……なるほど、陸地では見つからない発想ね。しかも、効果の安定化まで図れるとは。これは革命的な技術だわ」


 アウローラは何度もポーションを味見しながら、感嘆の声を上げ続けた。


「これで二つ目の試練『苦味を消す調味技術』もクリアと言えるでしょう。それも、期待を大幅に上回る成果よ」


 その時、研究室の扉がノックされた。


「失礼します」


 扉から現れたのは、見覚えのある黒い髪のノクターン戦士だった。レオンだ。


「レオン、どうしたんだ?」


「おじさん、実は相談があって……この前もらった解毒ポーション、ギルドの仲間にも評判が良くて、もしよろしければもう少し分けてもらえないでしょうか?」


 レオンは少し恥ずかしそうに頭を掻いた。


「それと、みんな『美味しい薬』って驚いてました。普通のポーションって、あんなに苦くて飲みにくいものなのに」


 俺は笑顔で頷いた。


「もちろんだ。実は今、さらに美味しいポーションを開発したところなんだ」


 俺は改良版の回復ポーションをレオンに手渡した。彼が一口飲むと、目を丸くして驚く。


「これは……本当に薬ですか?すごく飲みやすいし、美味しいです!これなら戦闘中に何本飲んでも全然苦痛じゃありません」


「スイートモスという海辺の苔を使って、苦味を完全に中和したんだ。薬効は全く変わらないどころか、効果が長持ちするようになった」


 レオンは感激して、何度も頭を下げた。


「おじさんの技術、本当にすごいですね。これがあれば、長時間のダンジョン攻略がもっと楽になります」


 俺は三つ目の試練について考えていた。「希少素材スカーレットルートの採取」。これは間違いなく、戦闘を伴う危険な任務になるだろう。


「そういえばレオン、今度危険な薬草採取に挑戦するんだが、もしよろしければ護衛をお願いできないだろうか?」


 帰り際のレオンに声をかけると、彼は即座に答えた。


「もちろんです!おじさんにはいつもお世話になってますから。どんな場所ですか?」


「スカーレットルートという希少薬草の採取だ。詳しい場所はまだ調べていないが、おそらく危険地帯にあるだろう」


 レオンの目が輝いた。


「面白そうですね!僕も最近レベルが上がってきたので、ちょうど手応えのある冒険を求めていたところです」


 夕方、俺は研究室で一人、今日の成果を振り返っていた。スイートモスという新素材の発見により、「美味しい薬」という革命的なコンセプトが実現できた。


 窓の外では夕日が海を照らし、美しいオレンジ色の光が研究室に差し込んでいる。海辺での発見が、こんなにも大きな成果をもたらすとは思わなかった。


 薬効3倍の抽出技術、苦味を消す調味技術。あとは希少素材の採取をクリアすれば、上級薬師への道が開ける。そして、この「美味しい薬」の技術は、きっとこの世界の冒険者たちにとって大きな福音となるだろう。


 長時間のダンジョン攻略で何十本も苦い薬を飲む苦痛から、冒険者たちを解放できる。「薬は苦いもの」という常識を覆し、「積極的に飲みたくなる薬」を実現した。


 俺は改良されたポーションを光にかざしながら、明日からの最後の試練に思いを馳せていた。スカーレットルート採取。レオンという信頼できる仲間も得た。


 現実世界で培った薬草知識と、この仮想世界での新たな発見。その融合から生まれた技術が、いよいよ完成に近づいている。

【アルネペディア】

・スイートモス: 海辺の岩場に自生する特殊な苔。天然の甘味成分を含み、他の薬効成分と反応しにくい性質を持つ。満潮と干潮の間の採取が最適。


・苦味中和: 薬の不快な苦味を消去または軽減するスキル。スイートモスなどの特殊素材を用いて実現される。


・薬効保持調味: 調味を行いながらも、元の薬効成分を維持または安定化させるスキル。ポーションの劣化も防ぐ効果がある。


・潮だまり: 潮の満ち引きによって岩場に形成される小さな水たまり。特殊な海洋植物の生育地となることが多い。


・美味しい薬: ケンイチが開発した革命的なポーション。薬効を保ちながら味を大幅に改善し、「積極的に飲みたくなる薬」を実現した画期的な発明。

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今のところリアルの知識関係なく答えとそこに至るヒントが用意されていて NPCは何でその工夫をしてないんだってものばかりの印象 主人公が大発見をしたように持ち上げてくるけど じゃあNPCはどうやって上…
リーヴェンの東門を『2度』同じ日の朝に『出る』シーンが重複していて気になります。
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