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【第12話】薬草の声を聞く者

 

 薬師ギルドの特別研究室は、いつ見ても圧巻だった。壁一面に並ぶガラス製の蒸留器、精密な温度計、そして俺が現実世界でも憧れていた大型の分留装置。これらの設備を使えば、水蒸気蒸留法の再現も不可能ではないはずだ。


 俺は手始めに、これまで何度も使ってきた「青い苔草」を取り出した。薬師ギルドの正式メンバーになってから、素材の入手ルートも格段に増えている。今回は特に品質の良い《青い苔草(上質)》を十本ほど用意できた。


「まずは、基本的な水蒸気蒸留から試してみるか」


 俺は大型蒸留器の操作パネルを確認する。温度設定、圧力調整、冷却水の流量。現実の蒸留器とほぼ同じ仕様だが、この世界独特の「魔力調整」というダイヤルも存在する。おそらく、薬草の魔的な成分を効率よく抽出するための機能だろう。


 青い苔草を蒸留釜に入れ、純水を加える。現実の経験から、薬草と水の比率は1:3が最適だ。次に、温度を80度に設定。青い苔草の有効成分は比較的熱に強いが、あまり高温にすると色素が変質してしまう可能性がある。


 ゴウンという低い音と共に、蒸留器が動き始めた。釜の中の液体がゆっくりと温められ、やがて蒸気が立ち上る。その蒸気が冷却管を通って液体に戻り、ポタポタと受け皿に滴り落ちていく。


 30分後、最初の抽出液が完成した。透明な液体だが、わずかに青みがかっている。これを使ってポーションを作れば、通常よりも高い効果が期待できるはずだ。


 しかし、調合を始めてから10分後、思わぬ問題が発生した。


「くそっ……!」


 蒸留器から黒い煙が立ち上り、けたたましい警告音が鳴り響いた。温度設定を少し上げすぎたのだ。急いで電源を切り、蒸留釜を開けてみると、青い苔草が見るも無残な炭の塊に変わっていた。


「調子に乗りすぎた……」


 俺は頭を抱えた。高温での抽出を試そうとして、薬草を台無しにしてしまった。現実の薬草なら、このような失敗の経験も豊富にあるが、この世界の貴重な素材を無駄にしてしまったことに罪悪感を覚える。


 その時、背後からアウローラの声が聞こえた。


「あらあら、随分と派手な音がしていたけれど、何があったの?」


 振り返ると、彼女が心配そうな表情で立っていた。俺は恥ずかしそうに炭化した薬草を見せる。


「すみません、温度を上げすぎて……」


 アウローラは炭の塊を手に取り、しばらく眺めていた。そして、ふと微笑む。


「ケンイチさん、薬草と対話したことはある?」


「対話……ですか?」


「そう。薬草も生きているの。彼らには彼らなりの『最適な条件』がある。それを無視して、人間の都合だけで処理しようとすると、こうなってしまうのよ」


 アウローラは研究室の隅にある椅子に座り、俺に向き直った。


「薬草と対話する方法を教えてあげる。まず、目を閉じて」


 言われるがまま、俺は目を閉じた。


「薬草を手に取って、その重み、質感、香りを感じて。そして、その薬草がどこで育ったか、どんな環境を好むか、想像してみて」


 俺は新しい青い苔草を手に取った。ひんやりとした感触、土のような匂い、わずかな湿り気。この苔草は、日陰の湿った石に張り付いて育つ。直射日光を嫌い、適度な湿度を好む。


「感じられるかしら? その薬草が『どうしてほしがっているか』」


 不思議な事に、青い苔草を握りしめていると、ある種の「感覚」が伝わってきた。熱すぎる水は嫌だ。ゆっくりと、じっくりと温めてほしい。そんな「声」が聞こえるような気がした。


「今度は目を開けて、その感覚を大切にしながら調合してみて」


 俺は目を開け、再び蒸留器に向かった。今度は温度を60度に設定。これまでより低い温度だが、薬草の「声」に従ってみることにした。時間も、通常の倍の1時間に設定する。


 ゆっくりと、ゆっくりと蒸留が進む。今度は黒煙も警告音も出ない。薬草が「安心している」ような感覚が伝わってくる。


 1時間後、美しい青色の抽出液が完成した。先ほどのものよりもはるかに鮮やかで、香りも格段に良い。


 この抽出液を使ってポーション製作を行うと、驚くべき結果が出た。


 《上質な回復ポーション(SR)を製作しました。品質:極上》


 SR……スーパーレア。これまでの最高がRランクだったのに、一気に2段階も上がった。しかも品質が「極上」。


「素晴らしいわ、ケンイチさん! 薬草との対話ができるようになったのね」


 アウローラが拍手しながら近づいてきた。


「これは……本当に効果が3倍以上になっています」


 俺は完成したポーションを光にかざしてみた。透明感のある美しい青色で、まるで宝石のように輝いている。効果を確認してみると、通常の回復ポーションの3.2倍の回復量、そして持続時間も1.5倍に延長されていた。


「薬草との対話……これが新しいスキルということでしょうか?」


「その通りよ。あなたは今、《植物共鳴 Lv.1》というスキルを習得したはず」


 俺はスキル欄を確認してみる。確かに、新しいスキルが追加されていた。


 《植物共鳴 Lv.1:植物の最適な処理条件を感覚的に理解できる。抽出効率と品質が向上する。》


「これで一つ目の試練『薬効を3倍に高める抽出法』はクリアね。でも、ケンイチさん、調子に乗って高温処理をしようとした時のことを忘れないで。技術だけでなく、謙虚さも大切よ」


 アウローラの言葉に、俺は深く頷いた。現実の薬草採取でも、自然に対する敬意を忘れてはいけない。この仮想世界でも、それは変わらないのだろう。


「ありがとうございます。薬草との対話……これは現実世界でも応用できそうです」


「きっとそうね。あなたの薬草への愛情があってこそ、習得できたスキルよ」


 俺は《上質な回復ポーション(SR)品質:極上》をアイテムボックスに仕舞いながら、次の課題について考えた。二つ目の試練は「苦味を消す調味技術」。これは、俺の料理人スキルが試される分野だ。


 薬草との対話ができるようになった今、きっと薬草たちも「苦くて飲みにくいのは嫌だ」と思っているかもしれない。美味しくて、なおかつ薬効の高いポーション。それを作ることができれば、この世界の冒険者たちにとって大きな福音となるだろう。


 俺は研究室を出る前に、もう一度青い苔草を手に取った。「次は君たちを美味しくしてあげるからな」そう心の中でつぶやくと、なんとなく、薬草が喜んでいるような気がした。

【アルネペディア】

・植物共鳴: 薬草との「対話」により、最適な処理条件を感覚的に理解できるスキル。抽出効率と品質が大幅に向上する。


・水蒸気蒸留法: 薬草を水と共に加熱し、発生した蒸気を冷却して成分を抽出する技術。温度と時間の調整が重要。


・薬草との対話: 薬草の「声」を聞き、その植物が求める最適な処理条件を感覚的に理解する技術。謙虚さと敬意が前提となる。


・青い苔草(上質): 通常の青い苔草よりも品質が高く、より優れたポーション製作が可能な素材。


・品質:極上: ポーション製作における最高級の品質評価。「秀」を上回る最上位ランク。

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