9、『NPC』と『勇者』とその在り方
「たまにいるんだ。ミコトが言うには『魂の欠陥品』って事らしい。あ、ミコトって言うのは僕の父さんの母親、つまり僕のおばあちゃん」
「へぇ」
セーライ神殿へ向かう道中、ノワは『NPC』について教えてくれた。馬の背で揺られながら俺とトールとでそれを聞く。
「ミコトはこの世界の魂の管理?みたいな事をしてる存在なんだ。まぁ、所謂『神様』って感じだよねー。人間を含む動植物と、それから魔物。全ての魂の循環が滞り無く流れる様に努めているんだってさ」
ノワの喋り方は流れる様に滑らかで、かと言ってダラダラしている訳でも無く、簡潔で分かりやすく、それでいて陽気で楽し気だった。
「でね、『魂の創造』つまり魂を創り出したりもしてるんだけど、ある時聖母に言われたんだって。「この世界の魂が単調過ぎて変化に乏しい」って。で、文句があるならお前が創れって喧嘩になって、聖母が自らの手で魂を創ったんだ。この世界に刺激を与える為の、力強く輝く、魅力的で、他より秀でた、特別な魂。けれども、それが上手くいかなかったんだ」
神様にも色々あるらしい。以前少しだけ覗いたテラの過去の中に出て来た聖母の姿を思い出す。
押しの強そうな、キツそうな女性だったなぁ。
良く言えば自信に満ちた、悪く言えば周囲を見下した表情をしていた。そんな人(神?)と、この何事もスルッと逃れる様な喋り方をするノワのおばあちゃんとの言い争いはどんなものだったのだろうか。
結構激しそうだ。
「上手くいかないって?」
聖母対ノワ祖母のバトルを想像しながら俺はそう聞いた。
「んー、なんて言うか自我が無い?みたいな」
顎に指を当てて上を見ながらそう言うノワ。
「普通に生きて行く事もできるし、会話も出来るし、ぱっと見普通なんだけどね。素直?馬鹿正直?とにかく『疑う』って事が出来ない。人に言われた事を全部鵜呑みにして、『良い』と言われた事は奨励し、『悪い』と言われた事は禁止する。それが正しいか間違っているかは分からないからただ言われた通りにする。だから問題が起きるし、矛盾を感じるとショートするみたいに壊れる」
「壊れる?」
「そう、機械みたいにね。軽いショートの時は単純に気絶して起きたら元通り。ぶち当たった矛盾は忘れてる。けど酷いショートの時は、なんで言うのかな、精神崩壊的な感じになるらしい。そこまでのを僕は見た事がないから、そうなるらしいって聞いただけだけどね」
確かに『欠陥品』と言われても仕方がないのかも知れない。
「本人にそんなつもりがあるのか無いのかは分からないけど、その通り一遍な受け応えが機械的で、向こうの世界のゲームに出て来る『NPC』みたいだから一部の人の間でそう呼ばれてるんだよ」
ノワの話を聞きながら、俺はさっき見た女性の事を思い浮かべた。
真っ直ぐな目で石を投げる人々に向かい、正論を吐き追い詰める様。
『人に向かって石を投げる』
子供の頃にそれが「悪い事」だと教えられて、大人になっても状況を見ずにそれのみを指摘するかのような発言と行動。「大の大人がそんな事をするのには、それなりの理由があるのだろう」という事を考え付かない。
言い返せない空気を作り出してしまうのは、彼女のルックスによるところもあったような気がする。ハリウッド映画に主演で出て来ても遜色ない、華のある外見。
「しかも大体みんなえらい美人なんだ。良くも悪くも影響力があるの。綺麗な人が自信満々で正論吐いたら誰だって聞くよね?」
確かにそうかも知れない。
「そこに『NPC』を悪用しようとする人間が現れた。自分達に都合の良い『正義』を『NPC』に代弁させるんだ。効果は絶大。お陰で過去に何度も戦争の火種になる様な事例があって、流石にミコトも聖母も焦った。焦って相談して、対策を立てた。それが『時の加護』持ちに『NPC』の教育係になって貰うって事だったんだ。魂の管理者であるミコトには『NPC』の産まれ落ちる時と場所が分かるから、そこに『時の加護』持ちを向かわせる」
『時の加護』持ちというワードが出て来た所で、俺はサリアを思い出した。小学生くらいの外見の、弁の立つ活発そうな少女。感覚として、以前会った『転生者』のギャルっぽい女の子に近いものを感じた。
見た目の幼なさとはアンバランスな、しっかりとした内面。人生何周目?って聞きたくなってしまう感じだ。
『時の加護』を持つサリアも、転生者の様に長い時間を生きてきたり、繰り返し同じ時を過ごす様な事を経験してきたのかも知れない。
外見に釣り合わない内面は、彼女の生きてきた人生経験の長さを物語っているんだろうか。
「『時の加護』って言うのは、他の神殿の『加護』とちょっと違っていて。って、その話は長くなるからまた今度。まあとにかく、その『時の加護』持ちが付いて正しく育った正論吐きまくりの『NPC』が弁護してくれてるだろうから、アキラは安心して良いよ」
そう言って隣に並んできたノワが俺の肩を軽く叩いた。
「安心?」
俺はノワの顔を見て聞き返す。
「そう、安心。あのね、アキラは簡単に非を認めちゃ駄目だよ」
右手の人差し指を立てて、ココが大事と念を押す様に目に力を込める。
それを聞いてトールが同意する様に深く頷く。
「どう言う事?」
俺はこの大量誘拐事件の完全解決は出来なかったんだ。
攫った犯人を捕らえた。
ただそれだけだ。攫われるのを防げたのはたったの2人だし、攫われた女性達は未だに安否不明で戻っていないし、第一1人はほぼ目の前で攫われてしまっている。
俺に対する期待に、全く持って応えられていない。
だから石を投げられたのだ。
「アキラ、事件はまだ終わっていません。その状態で頭を下げては、諦めて投げ出した様にも見えてしまいます。その噂が広まって、挙句『異界の勇者』は役立たずだ、という風評が広まり兼ねません」
トールのその言葉に、俺は息を呑んだ。
「そんなつもりじゃ・・・、諦めてなんかいない。だから今セーライ神殿に向かってるんじゃないか・・・」
言いながら途中で口籠ってしまう。
そんな風に見られていたのだろうか。
ただ俺は、1番辛い筈の被害者同士で責任のなすりつけ合いをして欲しく無かっただけなのに。
「我々は分かっています。ですがその様に解釈してアキラの悪評を広める者も居ると言う事を知っていて下さい」
淡々とした声でトールはそう言った。
「なんて言うか『出る杭は打たれる』?違うかな?とにかく突然ポッと出て来た『異界の勇者』様なんて言う『偉い』のか『偉くない』のか分からない存在をさ、危険視してる人達も居るって事。そういう奴等がさ、いざアキラが敵対する立場に立った時にそこを突いて来るんだよ。そういうの面倒くさいじゃん?」
思ってもみなかったノワのその言葉に、俺は何も言い返せずに静かに頷いた。
「だから今回みたいな場合は、これから解決して来る!ってのを強調しておけばそれで良かったんだと思うよ。頭を下げて失敗した感を出して来ちゃったけど、あの『NPC』が良い方向にアキラを立ててくれるから大丈夫だよ。って意味の『安心』。分かった?」
そう言って首を傾げて見上げてくるノワ。有無を言わせないその眼差しに俺はまたもや頷いてしまう。
けれども、頷いてしまってから俺は『でも』と思う。
やっぱり頭を下げて良かったのだと思うのだ。
俺が頭を下げた瞬間、石を投げて来た人々の方から一瞬息を呑む気配を感じた。その気配はほんの一瞬ですぐに消えてしまったのだが、それでも、その場にいた人達の自分達を責める苦しみが他の方向へ逸れたのを感じた。
俺は自分の気持ちには嘘を付きたく無いし、付いた嘘で後ろめたい気持ちになりたく無い。やるべき事をやろうか悩んでそのままにして後悔をしたく無い。
思った事をそのままする。それが「俺」らしいって事だと思うし、それが俺が呼ばれた意味なのでは無いかと、そんな風に思ってしまう。
それにノワの言う事は、体面を気にして取り繕う日本の政治家達の様子を思い出した。言ってはいけないワードを言わずに隠して曖昧に誤魔化す喋り方。それを俺はカッコ悪いと思う。だからやりたくない。
けれども、それは我儘なんだろうか?
もし俺が今後、思うままに非を認めて頭を下げまくったとしたら、トールやこれから一緒に行動してくれるノワの評判も一緒に巻き込んで下げる事になるのだろうか。
2人だけでは無い。俺をこの世界に呼び出したと言う国王の立場も下げる事になるのだろうか。
頭の中で考えがぐるぐる回る。正しい答えが見つからないまま熱を帯びて目も回り始める。
トールとノワが2人で話す姿が前に見える。いつの間にか2人が先に立ち、俺が後から追う形になっていた。
そんな2人の姿が霞んだ。
えっ・・・。
視界が揺らいで、気付いたら真っ暗になった。頭が暑く、息が上がっている。吐き気もする。
どうしたんだろう。
そう思ったのを最後に、俺は意識を失った。