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5、初めて剣を使う

「真夜中の市?」


 サリアが聞いてきた。


「昨日見たんだ、間違いない。ここは真夜中の市に並んでる店のテントのうちの一つだ」


 そう答えながら、俺は胃と胸の辺りが痛くなるのを感じた。


 昨夜見たあの白い指先は、攫われた若い女性の物だったのかも知れない。


 そうだとしたら、こんなに近くに居たのに気付かず通り過ぎてしまった。気付いていれば、余裕で助けられたのに。犯人も捕まえられただろうし、昼間になって新たにもう1人攫われる事も無かったし、あの母親が悲しみに暮れる事も無かったのだ。


 悲痛な声が脳裏に木霊する。泣き叫ぶ姿が消えない。


「指を、見たのに・・・。ここから、助けを求めていたのかも知れない。俺は、何も思わず、見逃してしまった・・・」


 呟きながら頭を抱えた。


「過ぎてしまった事は仕方ないわ。悪いのは犯人よ、あなたじゃ無い」


 サリアが慰めてくれる。それは正論、間違いなく正しい真実。けれども、気付いてさえいれば防げた事もまた事実だ。


「思い悩むよりも、今はやるべき事をしましょう。犯人を捕えるのよ」


 サリアがそう言った時、隙間のあるカーテンとは反対側にあるカーテンの外側に誰かが立った気配がした。小声で何かを話す声も聞こえる。


「縛られているフリをしましょう。犯人が鍵を開けたら取り押さえるわよ。いい?」


「分かった」


 俺は答えて、そしてサリアと背中合わせで横になって両腕を背中側に回した。


 そして、カーテンが開く。そこから入ってくる2つの影。月明かりが届かず顔は見えないが、1人は若い、もう1人はそこそこ年の行った男に見える。


 2人はゲージの前にしゃがむと、二言三言話して、そして南京錠に手を掛けた。


 俺は縛られたフリをしながら、スカートの上から中に潜ませた剣を確認する。ちゃんとある。大丈夫だ。


 2人の様子を注意深く伺う。南京錠に手を掛ける方の声に聞き覚えがあった。あの時、俺とトールの間に急に現れた男の声だ。


 もう1人の方は分からない。が、俺を殴って気絶させた奴では無い気がする。何というか動きが鈍いのだ。誰かを攫ったり気絶させたりという作業が出来そうに無い。普通の公務員のオッサンとか、ボランティアに参加する定年間際か定年後のじいさんみたいな感じだ。


 じいさんの方が、カーテンに向かって何かを言う。すると、カーテンが開いて誰かが中を覗き込んだ。体の大きな男だ。1人じゃ無い。何人かいる。


 南京錠から若い男が手を離して、ゲージ奥のカーテンを少し開く。月明かりが差し込んだ。内部に光の帯が伸びて、俺とサリアの顔を照らす。眩しさに目を顰めた。


 俺達の顔を見て、じいさんが喋りながら若い男に手を差し出す。そして2人で握手をして、若い男が懐から出した何かをじいさんに渡した。鍵だ。


 鍵を受け取ったじいさんが、カーテンの外側に再び声を掛ける。すると、外からゾロゾロと3人、体の大きな男達が入って来た。入れ替わるように出て行く若い男。


 まずい、逃げられる。早く鍵を開けてくれ。


 そう、祈るようにじいさんが持つ鍵を見詰めた。


 じいさんが鍵を体の大きな男の1人に渡した。そして、その男が南京錠を手に取る。鍵を差し込み、ギアを回す。太い指が小さなギアを回す様子に苛立ちを感じる。体に力が入ってしまう。緊張も高まる。3人の大男の位置を確認し、そしてカーテンまでの距離と歩数をシュミレーションした。


 カチャリと音を立てて鍵が開いた。南京錠を外して、扉が開かれる。


 今だ。


 俺はゲージから飛び出した。続けてサリアも出て来る。


 縛られていると思っていたのだろう。大男達とじいさんは、口を開けてそのまま固まった。


 俺は固まってるそいつらを押し退けて、若い男を追う。


 カーテンを開けて辺りを見回す。そこは真夜中の市の裏側で、月明かりだけの心許ない夜の荒野。人の姿はほぼ無く、目的の若い男はすぐに見付かった。


 俺は全速力で追い掛けた。追い掛けて追い付いて、足音に気付いて振り返った男の首元に、背後から両腕でしがみ付いた。両脚も開いて男の体にガッと絡み付けて、それで思いっ切り上半身を捻る。男は「グワッ」と奇妙な呻き声を上げてバランスを崩してその場に倒れ込む。倒れ込んだ男の首を、そのまま締め上げる。


 落ちろ。


 願うように締め上げ続けた。じいさんと3人の大男達は追い掛けて来ない。サリアが何とかしてくれているのだろうか。だったら尚更、俺はこの男を逃す訳にはいかない。


 男が首を締め上げる俺の腕に爪を立てる。痛みが走る。でも耐えた。続けて男の手が俺の頭に伸びて来た。髪を引っ張られてカツラが取れる。カツラだとは思ってなかったのだろう、ズルッと動いた瞬間男の肩がビクッとなった。が、すぐに俺が変装をしている身代わりだと気付いたのか、カツラを投げ捨てて俺の髪の毛を引っ張る。地肌ごと剥ぎ取られそうだ。


 男が落ちるのが先か、俺の地肌が剥がされるのが先か。


 俺は首を締める腕にさらに力を込めた。


 と、背後から声が聞こえて来た。大男が3人、こちらに向かって走って来る。


 まずい。


 俺は両腕を離して、俺の髪を引っ張る若い男の手をグッと掴み上げた。手が緩む。咄嗟に頭を引いて男の手から逃れて、そしてスカートの中から剣を取り出す。


 俺から距離を取り、咳込む男。呼吸を整えながらその手を俺の方に伸ばして手の平を俺に向けた。


 瞬間、周囲から全ての音が消えた。木の葉の風に擦れる音、真夜中の市の喧騒、虫の声、それらが一気に静まる。そして、足元に上がる砂煙や風に舞う何かの張り紙が、宙に浮いたままで静止する。


 時が、止まった。


 けれども、俺は動ける。


 周囲が静かになった事で、自分の呼吸の音が大きくなる。


 剣を構えた。そして踏み込む。一気に狭まる間合。


 トールとの打ち合いを思い出して、俺は構えた剣で男を打った。本物の剣で人に対峙するのは初めての事。でも、大丈夫だった。男はトールよりも遅い。しかも丸腰で、多分剣を持った事が無い。構えが隙だらけで動きが後手後手。


 まず右腕を打った。痛みに顔を歪める男を見ながら続けて右脚を打った。ガクッと地面に膝を付く男。駆け寄って俺は、男の首裏に手刀を入れる。


 それだけで、男は気を失った。


 凄いな、俺戦えてる。


 そう思って少し感動を覚えた。が、途端に動き出す、止まっていた時間。


 背後から迫る足音。


 振り返ると3人の大男。


 その後ろに、カーテンを捲ってこちらを見るサリアと、サリアに首根っこを掴まれたじいさんが見えた。


 この3人を何とか出来れば。


 向かって来る3人の大男達に俺は剣を構える。


 多数の敵に対峙するのも初めてだ。行けるか・・・?


 不安になるものの、体が自然と動いた。俺を捕えようとする1人目の腕を躱してそいつの背中を打つ。上から覆い被さって来る2人目の前で屈んで左に避ける。避けた先にいた3人目のストレートパンチを反って避けて、そのままバク転して一旦後ろに逃げる。着いた足で地面を蹴って2人目の前へ詰めて、低い姿勢のまま剣の柄頭で腹を打つ。二つ折りに屈んだそいつの首裏を剣で打って気絶させた。


 後2人。

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