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どうせ異世界に来るのならもっと特別な能力が欲しかったよ  作者: まゐ


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33/40

33、ジョセ

「弓の腕利きが3人いる」


 狭い通路で前方の敵との睨み合いが続いていた。最前線には大楯の騎士が並び、その背後から弓騎士達が狙いを定めている。


「隙を突いて攻撃を仕掛けようにも、盾の狭い隙間を正確に弓矢で撃ち抜いて来るから手が出せない。膠着状態だ」


 説明するセギュ総長が振り返った。私の後方、怪我人達の一時避難場所を見る。


「仕掛ける度に怪我人が増えるばかりだ。それでも最初のうちは良かった。向こうの数も同じくらい減らせてた。だが・・・」


 再びセギュ総長が敵を見る。敵の最前列に、他の魔物よりも一回り体の大きな魔物がいた。


「アレが出て来てからはダメだ。こちらの被害が増える一方で全く手が出ない。硬く、素早く、頭がキレる。こちらの意図を全て読み、先手を打ってやる事なす事みんな封じて来る」


「他のルートを開拓し、反対側から仕掛けては?」


 うちの小隊長が言った。


「第5(小隊)を3つに分けて現在ルート開拓中だ。新ルートが見付かるのを待ちつつ、ここは現状維持と言った所か」


 セギュ総長の答えに頷く小隊長。後方に向かって右手でサインを出すと、大楯の騎士が前進して最前列に合流する。交代で休憩を取らせるのだろう。先にいた大楯の騎士達が下がる。


「先陣の騎士は一度引くぞ。後方で組み直す。・・・しばらく頼む」


 そう言って下がるセギュ総長に向かって小隊長が小さく敬礼をする。それに習って従う私達も敬礼をした。


「良いか、現状を維持する。他ルートが見つかるまでここで奴らを足止めだ。出過ぎず、且つ飽きさせず、だ。弓、前へ」


 弓の騎士達が大楯の背後に付く。それを見ながら、小隊長が我々、大楯・弓以外の者達の元へと近付いて、そして言った。


「お前らは良く見ておけ。分担して注意深くだ。気付いた事は報告しろ」


「はっ!」


 返事を聞くと小隊長は元の位置へと戻り、指示を出す。3人並んでギリギリの幅だった。そこに3人ずつ2列で6人の弓が立ち、前の3人が座りその上から後ろの3人が矢を構える。


「進め」


 号令と共に大楯の隙間が開き、そこから6人が敵を狙う。


 刹那、前から強い光が襲い掛かる。と、同時に4人の弓騎士が呻きを上げて倒れた。4人がそれぞれに利き目である右眼に矢を受けて仰向けに倒れ、うち2人が頭部を貫通して絶命していた。


 後方から軽傷の騎士達が負傷者を連れて下がる。入れ替わりに新しい弓騎士が補充される。


 6人のうち無事だった2人の、そのうちの1人は左利きだった。よく見ると右のこめかみに矢が掠って傷が出来ている。残りの1人だけが無傷で、背後に外れた矢が飛んで行った形跡は無い。つまり強い光の中前から飛んで来た矢の本数は5本だったという事だ。


 こちらから射る事が出来た本数は2本で、そのどちらも体の大きな魔物に遮られたのだろう、折られた後にカランと音を立てて床に落ちるのが見えた。床には同じ様に折られて落ちた矢が、折り重なって積もっている。


 その強い光の中で、私は目を凝らして見ていた。こちらを広範囲に見据える体の大きな魔物と、その背後から矢を構える3人の魔物の姿を。


 うち1人は1本の矢を、他2人はそれぞれ1張りの弓に2本ずつの矢を構えていた。強い光を発したのは2本の矢を構えた2人で、腕利きの3人とは言っても差がある事が見て取れる。


 それに・・・。


 思う所があり、私は後ろに控える弓騎士から「少しだけ」と言って弓を借りた。次の攻撃の準備をする6人を尻目に矢を構えずに弓を引く。


 弦の軋む音が響くと、魔物側から強い光が来た。と、ほぼ同時に矢が飛んで来る。本数は5本。その全てが大楯に遮られて床に落ちたのだった。


 そこにいる全員がハッと息を呑んだ。


「耳か」


 小隊長が呟いた。


「良く気付いたジョセ。行けるか?」


「はい」


 聞かれて答える。それを聞いた小隊長が指示を出した。


「ジョセを先陣で3、3、2。あくまでも現状維持が目的だが、ルート開拓が円滑に進む様こちらで気を引くぞ」


「はっ!」


 返事をして隊列を作る。私を真ん中にして左右に1人ずつ付いた。後ろに槍騎士が3人、その後ろは弓騎士2人だ。


「攻撃!」


 号令と同時に私は、自分と共に攻撃に出る7人に『無音』の『加護』を使う。


 私が使える『加護』は、『無音』『無臭』『透』。軍神ネメスの『加護』で、それぞれ自分や仲間の音、匂い、姿を消し去る事が出来た。


 大楯のラインを超えても矢が飛んで来ない。私達はそのまま進んで体の大きな魔物の腕や脚の下を通り抜け、腕利きの3人の前に出る。


 私は腕の良い2人の方の、そのうちの1人の腕に斬り掛かった。吹き出す血は赤く、人間の物と変わらない。悲鳴を上げて弓を取り落とす魔物の右横で、もう1人の腕利きの腕を横の騎士が斬り落とした。そちらも大きな悲鳴を上げて腕ごと弓を落とし、そして吹き出す血が勢いよく私の顔を染める。


 異変を感じて体の大きな魔物が振り返ろうとした。が、その左右の目を最後尾の2人の弓騎士の矢がそれぞれに撃ち抜く。狙いは的確で、右眼に刺さった矢は貫通して反対側に突き抜けた。


 上がる悲鳴。


 すかさず2列目の3人の槍がそれぞれに急所を突き刺した。左右の脇の下から対角線上へと、そして肋の中心の境目から背中へ。全て貫通して、魔物の体が宙に浮いた。


 その時、私の左側で悲鳴が上がった。途端に解ける『無音』。


 この加護は、掛けられた者が声を上げると解けるのだ。


 見ると、弓を構えていた筈の魔物が弓を捨て、長い爪で横の騎士の腹部を刺していた。鎧の継ぎ目を器用に狙って。明らかに目視。


 こいつは、「耳」では無く「目」で見ていたのか。


「引け!」


 小隊長の叫びが響いた。


 私は、刺された騎士を羽交締めにする様にして背後に引き助けようとした。


 反対側にいた騎士がそれを援護する。体重を乗せて爪を刺す魔物の横腹に剣を突き刺した。そのまま刺さる剣。勢いがあったせいで横腹を見事切り裂き、その騎士は派手に返り血を浴びた。


 刺さった魔物の爪が緩み、スッと抜ける。


 私はそのまま後ろに倒れそうになりながら何とか耐えて、大楯の騎士の所まで下がる事に成功した。背後から伸びて来た沢山の手によって、盾の向こう側に引き摺り込まれる。


「良くやった。上出来だ」


 小隊長がそう言って私の肩を軽く叩く。


 大楯の向こう側から、援護してくれた騎士は帰って来ない。


 背後から、腹を刺された騎士を引く手が出て来た。後方へ運んでくれるのだろう。


 私はその手に負傷者を任せて立ち上がり、前方を見た。床に広がる血溜まり。それは魔物の物なのか、それとも援護してくれた騎士の物なのか。


 手練れの弓使いを失った魔物達が攻勢を掛けて来た。


 集団でただ向かって来て、大楯を勢いのまま押す。


 防ぎ切れずにジリジリと押されて行く。


「弓3、3、3!連射!」


 急いで弓が前に出て、矢が尽きるまで撃ち続ける。


 押す勢いが少し収まると、小隊長は「槍前へ!」と叫んだ。


 従って槍騎士達が前に出て攻撃した。犠牲を多く出しながらも、押しつ押されつ、もはや「現状維持」では無く「消耗戦」である。


 こちらの騎士が爪に腹を刺されて絶命する。すると刺した魔物の腹に槍が一直線に刺さる。大概刺された魔物は、仲間の魔物に引っ張られて後ろに下げられていたが、一体ポトリとこちら側に飛んで来た。


 胸に矢が何本も刺さったままの魔物は、その場で少し痙攣するとスッと動かなくなって絶命した。そして、そのまま体が縮み始める。


 手足は細く、シワシワの肌に。顔は苦痛の形相。シミだらけで質素で、何の変哲も無い、普通の老人へと変わった。


 それを見て、私は息を呑んだ。顔が引き攣るのを感じる。


 自分達が戦っているのが人間なのだという事を、その時になって初めて自覚出来たのだ。


 手が震え出した。行き場の無い罪悪感が自分の中に湧き上がってくるのを感じた。


 人を、殺している・・・。何故、こんな事になったのだ・・・。


「人を殺すのは初めてか?」


 気付くと、横に小隊長が居た。小隊長は私の肩に手を置いて戦況を見ている。


「・・・はい」


 初めてだった。


 魔物や、害獣とは何度も戦った事はあった。


 騎士というものが、附属する国に敵対するものと戦うものだという事は勿論理解している。守るものの為に、例え何であろうと敵対するものとは戦う。その為の訓練、その為の稽古だ。


 そうは思っても、手の震えが止まらない。


「誰にでも初めてはある。大丈夫だ、ジョセ。全て過去になる」


 過去・・・。


 聞いた言葉を脳内で反芻させながら小隊長の顔を見た。


 私の肩に手を乗せて、静かに語り掛ける小隊長。その表情は「無」で、ただ真っ直ぐに前線を見ている。


 貴人の様に高い地位と、重鎮の様な待遇を受ける。その代償として結婚もせず、恋人も作らない。ただただ国の為に戦う()()のような存在。それが騎士だと教わった。


 だが・・・。


 害獣を倒して街人に感謝をされた。


 「ありがとう!」


 「騎士様のおかげで助かりました!」


 そう言われる度に、私は何か大きな勘違いをして来てしまったのかも知れない。


 人を、助けたい。人の為に有りたい。


 そう思ってしまっていたのだ。


 だから、手が震える。助けるべき()に剣を向ける。その事実に上手く向き合えない。


 それが、怖い・・・のか・・・。


「反逆者は、撃つべき敵だ。迷わず切れ」


「・・・はい」


 答える声が、震えた。


 でも、行かなくては。


「行けるか?」


 小隊長が私を見た。目が合う。


「戦ってこい」


 背中を叩かれる。私は立ち上がった。


 行こう。騎士として、己との戦いだ。


「3、3、2。行け」


 小隊長が無機質に指示を出す。


「はっ!」


 返事をして駆け出した。


「ジョセ・・・」


 名を呼ばれて振り返った。


 3列目にアリがいた。弓騎士は消耗が激しかったので補充されて来たらしい。見ると、微かに頬が赤い。


 アリは初陣の筈だった。魔物や害獣とすらも戦った事が無いというのに震えなど微塵も無い。それどころか、戦闘を前に興奮しているようにも見える。なんと頼もしい。


「アリ、行くぞ」


 頷いて私は駆け出す。


 魔物の爪が襲いかかって来る。それを避けて下から喉元を狙った。硬い皮膚に剣が弾かれる。舌打ちした所を、反対の手の爪が襲って来る。そこに後方から飛んで来た矢が掠めて、爪の軌道が変わる。壁に突き刺さって身動きを封じられる魔物。その首を、後ろから叩き斬った。


 鈍い手応えがあり、首の太い骨にぶつかって剣が止まる。そのまま手前に引き抜くと、太い血管が切れたのか雨の様に多量の血が噴き出してザーッという音を立てた。


 失血で絶命したのだろう魔物は、刺さった爪で壁にぶら下がる様に脱力して、次第に人の形に戻る。爪も元に戻り、全体的に小さくなって床の血溜まりの上に落ちた。


 人に戻った魔物を見ても、アリは全く震えなかった。そんな様子に私は、アリの強さを感じた。


 前を向いて、他の騎士をサポートするアリ。矢の軌道は正確で、訓練通りに迷い無く魔物の急所、もしくは敵意のコントロールの為に目線を掠めたり手元を狙ったりしている。


 こんなに、頼れる存在だったのか。


 元々弓の腕は確かだった。けれどもこれ程とは・・・。


 私は、アリの姿に改めて感心した。


 狭い通路を、魔物を次々と倒しながら進んで行く。後ろを見ると、大楯のラインが前進しているのが見えた。前を見ると、魔物の群れの終わりが見える。


 私は時折『無音』を使った。稀に「目」で見る者もいたが、殆どの魔物が「耳」を頼りに動いていたからだ。『無音』が途切れると、アリともう1人の弓騎士のサポートが加速した。アリの影響でもう1人の弓騎士も立ち回りが格段に上手くなった。


 私を中心とした3、3、2の隊列は崩れる事無く、互いが互いを補助し合いながら進軍する。


 とうとう、先陣を切る私が魔物の群れの最後のラインを超えた。すると、小隊長の叫ぶ声が聞こえて来た。


「総攻撃!1人残らず排除せよ!」


 全騎士が残りの魔物の殲滅に掛かる。


「ジョセ!」


 小隊長の声が続く。


「奴らが守ろうとしたものを見つけろ!」


「はっ!」


 私は答えて、そして他の6人の顔を見る。互いに頷き合い、そのまま進行する。


「ジョセ」


 走る私の横にアリが付いた。


「俺、会ったんだ」


 何かと思い、アリの顔を見る。前を見るアリの目は輝いていた。


「会った?」


 何に会ったのだろうか。


 内心首を捻る私に、アリは続けた。


「天使に会った。あんなに誠実で芯の強い女性に会ったのは初めてだった」


 言いながら、アリの目は輝きを増したように見えた。きっとその目には、その女性の姿が浮かんでいるのだろう。


 私は成る程と思った。全てが腑に落ちたような気がした。


 アリは『出会った』のだ。騎士がその全てを掛けて守るべき存在に。


 守るべき存在が居ると、人は強くなれる。


()()()()か。羨ましいな」


 私にはまだ、そういった出会いは無かった。


「そうか、これが()()()()か・・・」


 呟いて、アリは喜びを噛み締めるように口をつぐんだ。きっと、彼女の為に成すべき事を成そうと心に誓いを立てているのだろう。


 その時、正面から誰かが走って来るのが見えた。徐々に近づいて来ると、それが何者なのかが分かってくる。


 新手の魔物か?と身構えたものの、それが自分達と同じ鎧を纏い、剣や槍を構えた騎士だと分かると肩の力が抜けた。


 別のルートを見付けた騎士達だった。目を凝らせば、先頭に立つのがセギュ総長だと分かる。


 敬礼をしようと手を上げかけた時、ドシンッと大きな振動が起こった。


 中途半端な高さに手を掲げたまま、正面から別行動の一団と合流した。


 巨大な両開きの扉の前で。


「奴らを突破して来たか」


 セギュ総長がそう聞いてきた。私は「はっ!」と答えて改めてしっかりと敬礼をする。


 頷いて扉を睨むセギュ総長。小さく「開けろ」と呟くと、同行して来た騎士達が返事をして扉を押した。が、全くもってびくともしない。


「火薬用意!」


 誰かが大きな声でそう言うと、その声がリレーして後ろへと伝えられて行き、暫くすると火薬を持った騎士が駆け足でやって来た。手際良く火薬を仕掛けて動線を伸ばす。先に火を用意してセギュ総長の声を待った。


「点火!」


 動線の先に火が付けられて、ジリジリと火が進んで行く。私達は少し距離を取って待つ。


「耳塞げ」


 そうセギュ総長が言い、全員が言われた通りに耳を塞ぎ身を屈めた時、爆発音が響き渡った。


「進路を確保!第一陣、注意しつつ進め!」


 掛け声と共にセギュ総長以下の第一陣が駆け出す。


「私達も続きます」


 私は言って、6人と共に進んだ。

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