32、見えて来る真相
「アキラ!」
「アキラ、戻った!」
トールとノワが俺の名を呼びながら俺に迫る。
「何だ?」
驚いて起き上がった。起き上がって気付く。自分が横になっていた事に。
「えっ?ここどこ?何で寝てんの?」
慌てて周囲を見回す。薄暗くはあるが真っ暗闇では無く、辺りが見渡せた。アラベルの姿は無い。
「良かったアキラ。ずっと気絶してたんですよ」
「違うよ。魂抜けてたんだってば。ほぼ死んでたの!」
「ですが、呼吸と脈絡はありましたよ」
「んもぅ、何度言ったらわかるの?魂抜けても暫く体は生きてるんだってば!」
「・・・気絶ですよ」
「だからー!もう!僕を誰だと思ってるの!?信じてよ!バカ!」
俺が気絶してたか死んでたかで言い合う2人。どっちにしろ今生きて起き上がってるんだから問題ないだろ。
軽く無視して周りを見た。アラベルどころかセーライも居ない。血塗れの神官も爺さんも、怯えた女性達の姿も見えない。ブーツの底や服のあちこちに血が付いていなければ、全てが夢だったと錯覚してしまいそうだった。
「俺が寝てる間に何があったの?」
そう聞くと、ノワが「お前もか?」という顔をした。再び『死んでた』『気絶してた』に『寝てた』が加わっての言い合いが始まりそうな気配を感じたので、仕方無くノワの口を塞いでトールに説明させた。
「モガ・・・」
「はい。セーライ神が「にげろ」と言った後すぐにアキラが倒れたんです。完全に気絶していたので、そのまま抱え上げた所で、セーライ神が白目を剥いて倒れたんです」
俺とほぼ同時にセーライも寝てたらしい。
ノワを羽交締めにして抑え込む俺の横で、トールは、血塗れで奥から出て来た神官、あの人がセーライ神殿の神官長をしているニコラだと教えてくれた。
「あんな見た目だったので話を聞くのはどうかと思いましたが、特に気が触れているという訳でもなく、普通に話す事が出来ました。彼の話によると、ここで異界からの召喚の儀を行っていたそうです」
さっき見て来た事だった。俺はそうだろうなと思う。思って、そして聞いた。
「トールは知ってたの?」
「いえ、私は召喚されたアキラの保護と警護を命じられただけですので。どの様な経緯で召喚されたどの様な人物なのかは知りませんでした。勿論召喚の儀自体が何処で行われたどのようなものなのかも説明されておりません」
俺はそれを聞いて頷いた。トールもハザンも、細かい説明を受ける事無く俺の元へ遣されたのだろう。
そして、俺に追い返されたハザンは、召喚の儀に関する別の任務に着かされた。
そこにはきっと、王都の近衛騎士団が関係している・・・。そして、多分、耀も・・・。
「召喚の儀を行うのは、セーライ神の中に居るもう1人の別人格なのだそうです」
別人格、そう捉えられているのだなと思った。さっき見た過去(?)の中で、セーライは時々身体を乗っ取られると言っていたのだ。外部から見たらそういう風に見えてもおかしくは無いだろう。
「その別人格は若い女性を見ると出て来るそうで、前回の召喚の儀の際に、まず1人の若い女性を目の前に立たせてセーライ神を別人格に変えてから・・・」
トールの話を聞いていると、頭の中に映像が浮かんで来た。
さっきの赤黒い部屋の中で、血塗れの神官長ニコラが爺さんと並んで、ぶっ倒れたセーライの顔や腕に触れながら巨神の様子を心配そうに見ている。様子を見ながらトールに聞かれた事に答えているようだった。
トールの声と映像がリンクする。俺の理解を深める為に『トールの話』と『トールが見た過去』がリンクしているみたいだ。
映像の中のニコラが喋る。
「もう1人の、その本人は『アラベル』と名乗っているのですが、『アラベル』は若い女性の血を啜るのです。若い女性の血から力を得て、その力を使って異界への道を開くのだと思います。ですので、多くの若い女性を『巫女募集』と称して集めて、そして命を奪い『アラベル』に捧げました」
そう言って深く項垂れるニコラ。決して本意では無いのだろう事が伺える。辛そうだ。
「前は開いた道からそこの少年と、もう1人同じ少年が飛び出して来ました。同じ服に同じ顔。2人出て来たと思ったらバチンッ!弾けるみたいにそれぞれ反対の方向へ飛んでって見えなくなってしまったのです」
横から爺さんがトールの腕の中の俺を指差し、神官長の言葉に被せるようにそう言った。
間違い無く、その2人と言うのは俺と耀の事だろう。
神官長が言葉を続ける。
「弾けた2人はそれぞれ別々に、北東の方角と王都の側の村の外れへと飛び去りました。ですが、これはセーライ様は全くご存知ない事。『アラベル』と王と第3夫人と、私達神官達で行った事でございます。セーライ様は、誰1人殺めてはおりません。若い女性達の命を奪ったのは、全て私1人。私がやりました」
「ニコラ様違います。皆で娘達を集めたではありませんか。皆、共犯でございます!」
「良いのだよ。もう、何人切っても何も感じなくなってしまった・・・」
そう言うニコラの手を握る爺さん。
「共犯でございます・・・、ジェンを除いて・・・」
爺さんは、最後にそう呟いて涙を流した。
ふと、脳裏に少年の顔が浮かんだ。見たことのない顔。ここの神殿の神官服を着ている。年寄りばかりの他の神官達と比べて、ずば抜けて若い神官だった。
その少年がジェンと言うのだろう。ジェンの事を、とても大切に思っているという事が分かった。分かったというか、感じた。
多分それは、この爺さんか、もしくはニコラの記憶なのだと思う。トールの過去の記憶を覗きながら、その記憶の中の神官達の記憶が見えるという、何とも奇妙な体験をしている。
『過去を見る』という力が、進化しているのかも知れない。
「何も知らずに1度目の召喚の儀が終了した後に、全てを知ったセーライ様の嘆き様は、それはそれは酷いものでした。この世界が終わりを迎えたとでもいうかの様に」
確かに。大きな体のセーライが大声で泣く姿は悲痛で、世界そのものが泣いているかのようだった。
「で、今はどういう状態なのでしょうか」
涙を流す爺さんとニコラに向かってトールが聞いた。
「セーライは『逃げろ』って言ったよね。で、倒れちゃった」
ノワが頭の上で手を組んで言った。
「恐らく・・・」
ニコラは呟いてトールの腕の中を見た。そこには俺が居る。
「そのもう1人の異界の少年が、セーライ様の中の『アラベル』と渡り合っているのでは無いかと・・・」
それを聞いて、俺は「そうだったのだろうか」と思った。
確かに、さっきのアレは普通に過去を見るのとは少し違っていた。真っ暗な空間の中で何の取っ掛かりも無く不安定に浮かんでいた感覚だった。セーライの過去を見て、そして『アラベル』に会った・・・。
「第3夫人は、『勇者の召喚は失敗した。もう一度やり直すので準備をしろ』と言って来たのです!それは、再び沢山の娘達の命を奪えという事!罪深い事です!」
ニコラの言葉に爺さんがそう被せる。それは泣きながらで、爺さんの興奮した声が響く。
「そのような酷い事を再びやれ、と・・・」
そう付け加えて膝から崩れる爺さん。
ノワが爺さんの肩に手を置いた。
「2度目の打診は、セーライ様のお耳にも入れました。セーライ様は、同じ様な事が何度も続く可能性を示唆されたのです」
「そうだそうね。『餌』さえあれば、何度でも同じ事が出来るんなら、繰り返しやらないっていう保証はどこにもない」
ニコラの言った事にノワが頷きながら言った。
「ですので、セーライ様と共に、計画を立てたのです」
「計画?」
トールが聞いた。
「異界への道を開いたらば、こちらへ勇者を招くのでは無く、あちらの世界へ『アラベル』を送ろうと」
それを聞いて、驚くトールとノワ。
「そんな事出来るの?」
目を見開いてノワが聞いた。
「はい。セーライ様の仰るには可能だと。但し、それにはセーライ様が体を支配している状態で無くてはならず、且つセーライ様も一緒にあちらへと旅立つ必要があると。2度とこの世界に戻る事は出来なくなるけれども、何度も罪を重ねるよりは余程良い、とも仰っておられました」
この世界にとっては、その方がいいのかも知れない。でも、あっちに行けたとして、こんな巨人が急に現れたらどうなってしまうのだろうか・・・。
俺は、上手く想像出来ずに考えてしまったが、次のニコラのセリフを聞いて固まった。
「そして、人を殺めた罪は、こちらに残った我々神官一同が、その命を懸けて償おうと・・・」
頭の中に、『棘』を刺して『魔物』へと姿を変えた神官達の姿が浮かんだ。
「・・・それが、あの他の神官達の姿?」
「あまり、褒められた方法だとは思えませんね」
眉を顰めてそう言うノワとトール。
確かに自己満足の勝手な幕引きに見える。見えるし、そもそもあの『棘』はどうしたのだ?
そう思うと、ニコラが続けた。
「内密に進めようとしたのです。そうしたらば、手を貸すと・・・協力を申し出る者が出て来まして」
誰が?
疑問が浮かんだ。
「誰ですか?」
トールが、俺が思った事をそのまま聞いた。
その時の俺の心の中には、耀が浮かんだ。
耀が、ここに居た過去がある。過去どころか、ついさっきまで居たはずだ。あの『棘』を渡し、神官達を『魔物』に変えたのは、あいつなのかも知れない。
『アラベル』を止める為に・・・?
しかし、その時のトールの心の中には、違う人物が浮かんでいた。またしても、過去の中の人の脳内を覗く感覚だ。
トールが思い浮かべた人物は、2人。
1人は、俺が会った事の無い人だった。トールと同じ近衛の鎧を纏っているから、近衛騎士団の一員なのだろうと思われる。
そして、もう1人はハザンだった。
「きっと邪魔が入るだろう。だから、それに阻まれないように力を貸してくれる、と」
ニコラは言って、懐から何かを取り出す。そして指で摘んで見えるように掲げる。
黒く光る『棘』だった。
「それ・・・」
ノワが顔を顰めながら呟いた。トールには見えないのか、一度深く目を凝らしてから見る事を諦めた。
「人を『強く』する道具だそうです。いざという時これを自らに差し込めば、神々にも匹敵する強い力が手に入る、と」
聞いていて脈が早くなる。呼吸も荒くなってしまう。
耀だ。絶対に・・・。
「差し込んだ後に他者に抜き取られないように、喉仏の下の窪みに差し込むのだ、と、やり方を教わりました」
テラの時は肩だった。硬い筋肉に刺さってそこに溜まり、それ以上奥には入っていかなかった。だから抜き取る事が出来たのだ。
耀が俺に抜かれないように神官達にそうレクチャーしたのだ。
「大丈夫です。アキラが何とかします」
トールが言った。
「そうだね、だからそんな物使わないで。アキラが何とかするよ。確かに今『魂』抜けてるから、きっとセーライの中で何かやってる」
ノワが言った。
過大評価だ、期待し過ぎ。過去を見た以外何も出来なかったし。
でも・・・、
どうにかしたい・・・。
グッと手を握り締めた所で、過去が終わった。
「あの2人は、まだ無事な女性達を安全な場所へと移動させています」
トールが言い、そして俺の手をすり抜けたノワが口を尖らせて言う。
「体は無事でも、心が大分やられてるよ。元通りにはならないだろうね」
ドシンッと地響きが起こる。セーライが起きたのだ。
「さて、どうする?アキラ」
ノワが聞いた。
「行こう」
俺がそう言った時だった。
地響きとは違う方向から爆発音が聞こえた。
「進路を確保!第一陣、注意しつつ進め!」
騎士達が辿り着いた様だ。
俺は、トールとノワを従えて走り出した。




