表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/25

3、自分に出来る事

「我々の事は必要無い、と言っています」


 残る2人の若い女性のうちの1人が住む家の前で、俺とトールと、付き添ってくれている国境警備兵2人、合計4人で門前払いを食らっていた。


 周囲の家々に比べて桁違いに大きな、家というよりは屋敷と言った感じの大きな家だった。


 使用人と思われる男が2人門の前に立ち、俺達を威嚇するように要件を聞き、そして件の女性との面会を拒否し、護衛も注意喚起も何も要らない、必要無いと突っぱねる。


「どうやら自分達で護衛を雇っているようです。自分達は自分達のやり方でやるので構うな、と」


 何も悪く無いのに、申し訳なさそうにトールが訳す。


 犯人達の行方は国境警備の兵達に任せて、俺達はこれから攫われてしまうかも知れない女性達の元を訪れて、そうならないように対策を立てようと考えていた。


 そのうちの1人目の家で、この反応である。


 正直、色々と考えてしまう。異世界人への差別的反応なのか、とか、何も出来そうに無い高校生の外見の所為なのか、とか。


 まぁ、こんな言葉も通じない上に、何も出来なそうな奴が突然やって来ても、困るって人は困るだろう。おまけにこの家は金持ちみたいだから、自分達で腕の良い用心棒を雇う事が出来る。下手に手を出さない方がその人達なりのやり方で護衛出来て良いのだろう。


「うん。もう1人の方に行こうか。トール、無事を祈りますって伝えて」


 そう言って俺が歩き出すと、釈然としないという表情で、トールが門番達にそう伝えてくれた。


 やり場のない不安に駆られて、藁にもすがる思いを抱えている人でも無い限りは、俺の事を必要とはしないのかも知れない。


 そうは思っても、さっき見た泣き叫ぶ母親の顔が忘れられない。自分に何かできる事があるのならばと気持ちが逸る。


 そしてそのまま国境警備兵に案内をしてもらい、10分程度歩いてもう1人の女性の家へと辿り着いた。今度は大きくない普通の家で、俺はその普通の家のドアを叩く。


 ノックの音を聞いて、中から男女の声が聞こえて来た。何かを言い合いをしているみたいに聞こえる。その声が少しずつ大きく近くなり、それプラス物を落としたりぶつけたりする様な物音が聞こえて来て、やがてガチャっと勢いよくドアが開けられる。身を乗り出すように姿を現したのは、俺と同年代の男性で、その手には女性物の服と帽子を抱えていた。


 そしてそのすぐ後ろから、男性を押し退けるように顔を見せる女性。こちらも俺と同年代。つまり、対象の女性だ。


 女性の姿を確認して、俺は焦った。


「あの、訪ねといてこんな事言うのもなんだけど、いきなり顔出したら危ないよ?」


 焦って両手を前に出して彼女の腕を掴んで保護しようとして、いや初対面の見知らぬ男にいきなり掴まれるとか無いだろうと思い直して留まり、そのまま行き場を失って宙に浮いた手をふわふわと動かしながら俺はそう言った。


 俺の横では、同じような状態だと思われるトールが、やはり両手を宙に浮かせて俺の言葉を訳す。


 それを聞いてかどうか分からないタイミングで、2人は顔を見合わせる。そして、同時に頷いて、何故か2人して俺のそのふわふわ浮いた両手をそれぞれにギュッと握って来た。と、そのまま何も告げずに、勢い良く俺を家の中に引き摺り込む。


「え?なんだ?」


 2人は俺だけを家の中に入れると、そのままドアを閉めてしまった。焦ったトールがドアを叩いて俺を呼ぶ。


「アキラ、無事ですか?ここを開けて下さい」


 あっけに取られて何も言えないでいる俺を部屋の中に立たせると、男性の方が持っていた服をバサっと俺に着せた。それはゆったりとしたワンピースみたいな服で、頭から被せられると腹の辺りで紐で縛ってウエストを作られる。女性の方はどこかから取り出したカツラを俺の頭に乗せてくる。そして、男性がその上に帽子を乗せた。


「ちょ、何だよこれ」


 2人は、そう言う俺から一歩離れて俺を見る。そして深く頷く。


「アキラ!」


 その時、ドアがバタンと音を立てて開いた。トールが無理矢理開けたらしい。そしてそのまま国境警備兵と共にやって来て、そして3人で俺の姿を見て固まる。


「アキラ、ですよ、ね・・・。何を、して・・・」


「知らん」


 引き気味のトールの声に、短くそう答えた。


 自分でやったんじゃなくて、やられたんだ。何でこんな事したんだか聞きたくても自分じゃ聞けない。


「似合わなくも無いですが、その、今は大変な時期ですし、そんな事をしている場合では・・・」


 しどろもどろに言うトール。家に無理矢理引き摺り込まれたのを見ていた筈なのに、何でだか俺が自分から進んでこんな格好してると思われてるっぽい。


「俺がやりたくてやってるんじゃ無いから。無理矢理着せられたの。何でこんな事したのか聞いてくれる?この2人に」


 俺の説明を聞いてようやく分かってくれたのか、トールは2人に聞いてくれた。


「こちらの男性が女装をして囮になり、犯人を捕まえようとしていたんだそうです。ですが背が高い上に肩幅が広過ぎて、明らかに男性というのがバレバレだったと」


 聞きながら俺は男性の方を見た。身長は180㎝位だろうか。鍛えられていて肩幅も広く、これで女装はかなり厳しい。ネタとしてなら十分面白いけど、そうじゃない訳で、まぁ、100%攫われないだろう。


「大丈夫だ、いや無理だ、と言い合いになっていた所に我々がやって来て、それでアキラを見てこの人なら!と思ったそうで」


 ・・・。


 なんて勝手なんだ。


 俺はそう思った。そもそも初対面の相手に、囮役を押し付けるというその神経を疑う。『異界の勇者』の噂がこの街にも広がっていて、その上で俺が日本語を喋っているのを聞いて、この人だ!とでも思ったのだろうか。


 呆れるものの、でも、いや待てよ、と思う。


 俺は168㎝と、残念ながらそこまで背が高い訳ではないし、何の自慢にもならないがそんなに鍛えていないので、目の前の男性やトールや兵達よりか全然いけそうだ。


 それに、女装の経験が無い訳ではなかった。


 中3の文化祭の時、隣のクラスの喫茶店で、ヨウがメイド服を着てウェイトレスをやっていたのだ。


 ヨウは、俺と身長は一緒だが俺よりも細くて色白で、オマケに床屋に行くのをめんどくさがり滅多に行かず、伸ばしっぱなしで髪が長かった。


 普通に可愛かったのだ。化粧なんかせずに素のままで。


 で、周りの連中が「アキラも並んだら面白いんじゃね?」と言い出して、やらされたのだ。


「脇を締めるんだよ」


 ヨウはそう言ってキュッと、脇を締めて縮こまるように小さくなって、そして首を傾げて前屈みになって俺を見上げて瞬きをする。


「こんな感じ。そうすると可愛いんだって。やってみ?」


 同じ顔をした弟にレクチャーされて、横に並んで同じ風にする。響めく周囲。


 その騒つく周囲に向かって、どっちが可愛いかのアンケートを取った。結果は4対1でヨウの圧勝。


「俺の勝ちだな」


 そう言って、嬉しそうに素の表情で笑うヨウの顔を思い出した。


 あれから少し背も伸びたし、体格も良くなった。が、ここの服はメイド服よりも肩幅をカバーしやすい。下に着ている制服を脱いでちゃんと着れば、今よりもっとそれっぽくなる筈だ。


「やろう」


 俺は頷いてそう言った。


 犯人を誘き出してやる。


「な、何を!ダメですそんな事、危険です」


 慌てるトール。


「どうやって攫うかその方法が分からないんだから、有効な方法なんじゃない?実際本物(?)のそこの女性に危険は無いんだしさ、やってみようよ。俺の事はトールが守ってくれるだろ?」


 その後トールは少しゴネたが、結局折れてくれた。




 制服を脱ぎ、素肌に直接着たこちらの世界の女性物の服は、サラサラしていて肌触りが良かった。淡い色合いのシャツと下履きの上に頭の部分に穴を開けたフワッとした長い布を被り、ウエストの部分をギュッと縛る。ブーツはそのまま昨夜買った物を履き、スカート部分の下に剣を隠すように持って完成だ。


 キチンと被って結い上げたカツラと、粗を隠すための帽子、女性のアクセサリーも借りて付け軽く化粧を施し、鏡の前に立つと、どことなく横に立つ女性に似て見える。良い出来だ。


 そのまま、本物の女性には家で待機していてもらい、俺はトールと一緒に出掛ける。行き先は女性が元々行く予定のあった診療所。


「犯人は来るでしょうか」


 斜め後ろでトールが言う。周囲に気を配り俺を警護するトールは、いつもより3割増で尖った雰囲気を醸し出している。少し怖いくらいだ。


「どうだろう。10人も攫って、警戒されているのも分かってる筈だから。もしかしたら引き時を弁えてもうこの街では攫わないかも知れない」


「そうですね」


「でも、来るかも知れない。どちらにしても、危険かどうか分からない宙ぶらりんなままほっとく訳には行かないよな」


「はい」


 時々会話をしながらゆっくりと歩き、女性の家からかなり離れた。みんな警戒している所為か街人の気配は感じられず、今にも道の角から誰かが走り寄ってきて俺を攫っていくような気がしてしまう。


 終始緊張。


「攫われた女の子達、みんな無事だと良いな」


「・・・」


 話し掛けた言葉に、毎回何かしら答えてくれていたトールの返事が聞こえなかった。


 どうしたのかと思い振り返った時、俺とトールとの間に誰かが居た。


「・・・え」


 驚いて固まり、そいつを見た。


 普通の男だった。


 20代、トールと同じ位の身長で普通の体型。顔も、そこらに居そうな特徴の無い感じ。


 そいつが俺の片方の手首を掴んで高く上げる。


「何すんの?」


 咄嗟に日本語でそう言う俺。普通ならば黙って見ている筈の無いトールは無反応。見ると、歩いている姿そのままで固まっていた。


 トールだけでは無い。風に揺れていた木々の枝や家々の軒下等に干された洗濯物、店の看板等、全てが固まっている。


 時間が、止まってる・・・?


 突然現れたその男が、何かを俺に向かって喋る。勿論意味不明。


 よく分からないが、俺は掴まれた腕を振り払った。振り払ってそのまま距離を取り、そしてスカートの中から剣を取り出そうと屈む。


 瞬間・・・。


 後頭部に鈍い痛みを感じた。目から星が飛ぶようにスパークが見えて、そしてそのまま、意識を失った。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ