28、封じられし者
「デカいなぁ・・・」
セーライを見上げる俺の横でノワが呟いた。
「見た事無かったの?」
そう聞いてから、「会った事」と言うべきだったかな?と思う。
「無いよー。僕、他の神様にはほとんど会った事無いんだ。父さんとミコトと、後はさっきの女くらい」
「女?」
「何だっけ、エリスって言ってたっけか」
それを聞いて、俺はやっぱりそうなのかと思った。思念会話をしていたから、もしかしたらそうなのかとは思っていたのだが。
「エリスさんも『外側』の方なのですか」
トールが聞いた。こちらは剣の柄に手を掛けたままで、セーライを見ている。
「うん。何者なのかはよく分かんないけど『外側』なのは間違い無い。やたら肝が座ってて得体の知れない感じだったよね。なるべく関わり合いたく無い感じ」
2人の会話を聞きながら、俺はふと思う。
「ねえ、『外側』から来た人はみんな『神様』なの?」
思っていた疑問がそのまま口から出た。相変わらずこの世界の基本的な事が今ひとつ掴み切れていない。そのまま流して後でモヤモヤするよりは、と思って俺は聞いた。
トールがノワを見る。
ノワは一瞬トールを見て、そしてセーライに視線を戻してから言った。
「そうじゃないのもいるよ。体の小さなヤツとか知能の低いヤツとかは、ここの人達に『魔物』って呼ばれてるのもいる。でも大体は『神様』って呼ばれてるかなぁ。そこら辺はハッキリと線引きされてないかも」
「そうなのか」
「大体みんな色んな『力』を持ってて、それを『加護』として授けてくれるんだよ。だから人は有り難がって崇めるんじゃない?」
成る程と思う。
この世界の人達にとっての『神様』とは、一方的に『力』を与えてくれる存在なのだ。
エリスも、阿部絵里子と同じ顔で、人に『加護』として授けられるような何らかの『力』を持っているのだろうか。
あの阿部みたいな彼女が・・・、想像出来ないな・・・。
そんな事を考えつつ、同時に違う事も考えた。
では人は、与えられるだけで何も返さないのだろうか?と。
逆に『神様』は、何の見返りも求めず与えるだけで不満は無いのだろうか?と。
「・・・逃げろ・・・」
考えていた頭の中に、突如そう聞こえて来た。
それは今までに聞いたことが無いくらいに低くてしゃがれた声で、ウーハーから出て来る重低音のように腹に響いた。
「え・・・?」
間抜けな声を出しながら、見上げたセーライを凝視する。
こいつが喋ったのか・・・?
逃げろって、誰に・・・?
戸惑っていると、再び同じ声が響く。
「押さえ切れない・・・。アラベル・・・」
セーライの黒い目が、俺を捉えて離さなかった。
黒目が俺の視界いっぱいに広がって、世界が真っ黒になる。
そして・・・、
「アキラ!」
トールが俺を呼ぶ声を耳に聞きながら、俺はその黒い世界の中に飛び込んだ・・・。
過去を見るんだと思った。
テラと対峙した時も、どうして良いのか行き詰まった時に過去を見たから。
あの時は鳥がいた。俺が鳥を引き寄せて、その鳥の『力』を借りたのだ。
けれども、その鳥の『力』は既に俺の中にある。だから、鳥はもう必要無いのだ。
俺は、ただただ黒い中を浮遊していた。何も見えず、自身の体すらも見えない。
両手足をバタつかせて何かを掴もうと足掻くが、何も触れず、どちらが上でどちらが右なのか、何もわからなかった。
誰もいない。さっきまですぐ側にいたはずのトールもノワもいない。
なんだ、これは・・・。
思った時、下の方に光が見えた。
藁にもすがる思いでその光に向かって手を伸ばす。
光が近づいて来ているのか、或いは俺が光に向かって進んでいるのか。分からないままに近付いて、そして指先が届いた。
瞬間、その光がワーっと無音のまま広がって、俺を包み込んだ。包み込んでもそのまま広がり続けて、そして強くなって、俺は目を開けていられなくなって閉じた。
閉じても、瞼を通り抜けて光が目に突き刺さるみたいだった。目を閉じても眩しい。堪らず両手で目を覆った。
「セーライ!」
突然、女の子の声が聞こえた。低い位置からだ。目を開けると、足元に小さな女の子が居る。
小さな女の子?いや、違う。女の人だ。気の強そうな、胸の大きな女の人。その人が、俺の足にしがみつくように抱き付いた。
女の人が小さいんじゃ無い。俺が大きいんだ。
そして気付いた。
俺は、セーライになっていた。
「セーライ聞いて!兄様が私から離れて行ってしまったわ!あの赤ん坊の所為よ!父様と叔母様との間に産まれた、あの新しい私達の妹の!」
半狂乱になって女の人はそう言う。大人の女の人にしては幼い喋り方だと思った。
セーライは、大きな手を女の人に差し出した。すると、女の人がその手に掴まる。女の人を子供のように抱き上げると、相手の顔立ちがよく見えるようになる。
誰かに似ていた。俺がこの世界に来てから会った事のある人の様な気がした。しばらく考えて、そして思い出す。
この世界に来て最初の日に、ハザンとトールに連れられて行った屋敷の主。
真ん中の国の、第3夫人。
情熱的なあの人の顔立ちに似ている。
「お願いよセーライ、あの赤ん坊を殺して!」
セーライは、困って首を横に振った。
「どうしてよ、バカバカ!」
女の人は、駄々を捏ねる子供の様に握り締めた拳でセーライの顔を殴った。
場面が変わった。
セーライが屈んで両腕を自分の左肩に回す。そしてそこに腰掛けていた女性を大事そうに抱え上げて床の上に下ろした。
「ありがとう」
それは先程の女の人では無く別の女性。でも、とても似ている人。俺が会った事のある人。
第3夫人その人だった。
第3夫人はそのまま進んで、前に居た女性を見る。
女性は小さな椅子に腰掛けて、足元の何かを見ていた。
その女性も見た事があった。見た事があると言うと語弊があるかも知れない。正確に言うと、テラの記憶の中で見た事があった。
聖母だった。
「姉様」
第3夫人が、聖母に向かいそう呼び掛けた。
ねえ、さま・・・?
疑問に思っていると、前に居る女性、聖母が顔を上げて第3夫人を見る。
「あら、珍しいお客様だこと。何の用があって来たのかしら」
あまり歓迎されてはいない様だった。
第3夫人は、そんな聖母の様子をどう思ったのか、フッと一度息を吐いて、聖母を見下ろし、腕を組みながら言った。
「お祝いに来てやったのよ」
「お祝い?何の?」
分からない、といった感じでそう言う聖母。とぼけているのか、はたまたわざと分からない振りをしているのか。どちらにしてもあまり良い感じには見えない。
そんな聖母の態度に傍目にもイラついている第3夫人。荒々しく一歩踏み出して、大声で言った。
「出産の祝いよ!他に何があるって言うのよ!」
それを聞いて、聖母は呆れた顔をした。
「ドニを産んでからどれくらい経ったと思ってるの?もう立派な大人よ」
聖母がそう言った時、足元の何かが動いた。少し揺れる様に動いたかと思うと、一気に上半身が起き上がった。どうやら誰かが膝を抱えて丸くなって眠って居たらしい。
その誰かは、長い髪をフワリと周囲になびかせて起き上がると、慌てた様に首を回して周囲を確認する。
褐色の肌に長い黒髪、テラの記憶で見たままのドニがそこに居た。
「あっ・・・」
第3夫人を見て驚くドニ。母である聖母に縋り付きながらセーライを見て、2人に軽く会釈する。
確かに、出産祝いを言いに来るにしては、子供が育ち過ぎている様に見える。
第3夫人は言い返す事が出来ないのか、鼻で大きな息を吐いて、悔し紛れの様に言った。
「その娘に言って。うちのアーロに色目を使わないでってね。アーロはアラベルと一緒になるのよ。お前の入り込む隙間は無い」
怯えて母の背後に隠れるドニ。見た目は大きいのに、行動が子供っぽく見えてしまうのは何故なのだろうか。
「お前の息子が勝手にやって来てるんじゃないの」
ボソっと言う聖母に、カチンと来る第3夫人。この2人は相当仲が悪そうだ。
「アーロ兄様は、優しい、です。でも私、兄様と結婚とかは無いから・・・。私は、結局、最後まで、誰とも結婚しない・・・」
ドニが、聖母の背後から小さな声でそう言った。
未来詠みの姫・・・。
これが、どのくらいの過去なのかは分からない。でも、ドニは確かに今も誰とも結婚するには至っていない。
産まれた時から、自分の行末が分かってしまうのか。
そう思うと、ドニが哀れに思えた。
今目の前に見える彼女は、既に知っているのかも知れない。テラを愛し、そのテラと結ばれない自分の運命を。
知っていてその上でテラと出会い、そして好きになって、一緒になれない苦しみを味わって行かなければならないのか。
辛い人生、いや、神生?だ。
黙り込む聖母と第3夫人。聖母は何とも言えない複雑な表情を浮かべ、第3夫人は憮然と不満顔だ。恐らく2人共ドニに未来が見える事を知っているのだろう。
その2人を順に見てから、最後にドニはセーライを見た。
いや、違う。セーライの中にいる、俺を見た。
「貴方は、全てを見る事が出来ます。よく見て、そして選択して下さい。己がそう行くべきと思う道を。その選択は、その後の未来を強く照らすでしょう。恐れず、己を信じて。光の子よ」
・・・光、の、子・・・?
それは、セーライにでは無く、俺に言った言葉だと思った。
どういう事だ?と戸惑ううちに、また場面が変わって行った・・・。




