24、スキルラーニング
心臓が強く脈打つ。ドクンッと一回収縮すると、それに合わせてデコが痛んだ。
行くな。
何かがそう言っている気がする。
でも・・・、
早く行かなくては、手遅れになる前に。
そう思う俺が居る。
変な感覚だった。自分の中にもう1人の自分が居る。多重人格とか、良い自分と悪い自分とか、そう言うのでは無くて、俺と同じ人格がもう1人居るのだ。
そいつは、俺に急げと言う。急いで進んで、ココナを止めろと言う。
「こんな所に隠し扉があるなんて、よく分かりましたね・・・」
俺に続いてすぐ背後を付いて来るトールが言った。
袋小路の木立ちの中、見付けた小さな扉から俺達3人は中に入った。そこはセーライ神殿の裏口の筈だ。
俺は見たのだ。
それは恐らくこの場所の過去。そして、急げと言うのが、代償として引き寄せられた俺の未来。
過去と未来、双方を自分の中に引き寄せてバランスを取る。それは、ナバラ領で活性化したテラと対峙した時に、俺が引き寄せた『鳥』から得た能力なのだろう。この世界の人々が『加護』と呼ぶものに近いか、『加護』そのものなのかも、と俺は思っている。多分あの『鳥』は、神様か、もしくはそれに近い存在だったのだ。
段々、分かって来た。
背後のトールから、少し間を空けて付いて来るノワをチラリと見る。
『半神』であるノワは、他者と『思念会話』が出来る。テラやエリスも出来る。恐らくそれは神様ならば普通に出来る事なのだ。それを、俺はノワから得たのだ。この世界の人々が『加護』として授かるみたいにして。
『スキル』
という言葉が頭に浮かんだ。RPGでキャラに覚えさせていくあれだ。感覚としてそれに似ている。
腰にある剣の柄を握った。
剣なんか使った事ない。それなのに、たったの一晩で使える様になるなんて、明らかにおかしい。
でもこれも『スキル』だとしたら?
あの晩俺は、トールからこの片刃の剣の基本的な使い方を『ラーニング』したんだ。
馬だってそうだ。そんなに簡単に乗りこなせる訳無いんだ。
『異界の勇者』
その言葉が俺にのしかかって来る。
確かに、どんな能力でも得る事が出来るのだとしたら『勇者』と呼ばれるに相応しいのかも知れない。
そう思うと、俺は全身に鳥肌が立つのを感じた。
隠し扉から続く通路が2つに分かれる。そこを俺は右に曲がった。先にある階段を降る。降った先の小部屋から廊下へと出て、左、左、右と曲がって再び階段を降る。
地下へ、地下へと潜って行く。
道が、分かる。
急げと急かす俺。脈打つ心臓。痛むデコ。
と、その時だった。目の前に人が現れたのだ。
それは1人の爺さん。背が低く腰が曲がっていて、タップリと生えたヒゲと眉は全て白髪。隠し扉の所で見た過去の中の老人と同じく生成りのローブと、何かの刺繍の入った布を巻いたブーツ、板前みたいなヘンテコな帽子を被っている。
「これより先はご遠慮下さい」
しゃがれた声でそう言った。
俺はそれを無視して、爺さんを押し退けて進もうとする。
と、傍からもう2人出て来た。同じ格好をした同じ様な爺さん。その2人が最初の爺さんに加勢して道を塞いだ。
「どいて。止めなきゃいけないんだ」
俺はそう言って全力で押し退けようとした。
が、トールが背後から俺を引っ張って止めた。
振り返ってトールの顔を非難めいた顔で見上げるが、トールは俺では無くて前を見ている。
その視線を追って、俺も前に視線を戻す。
3人だった爺さんが6人に増えていた。しかも、奥からまだまだ増えてくる。
「・・・」
顔が引き攣った。
何だよ、これ。
その時、頭上から大きな音が響き渡った。
ドカンッ!という、自動車の衝突事故みたいな短く大きな音だった。それに続いて、大勢の男達の怒鳴る様な怒号が聞こえて来る。
足音、ぶつかる音、破壊する音、金属音。
それらが振動と埃と共に上から落ちて来る。
「ここに活性化した魔物を囲っているという情報が入った。緊急に立ち入り、調べさせて貰う」
重なり合う騒音に負けないデカい声が建物中に響き渡った。
「我々は、マジール王国との国境を警備する騎士団である。国境の安全と平和の妨げになる可能性がある場合は、それを排除する」
聞き覚えのある声。
「あ、シンさん」
ノワがボソリと呟いた。
そうだ。その声はシンの声だ。
上の様子に反応してか、目の前の爺さん達が互いに目を合わせて頷き合う。
奥の方からやって来た爺さん達も合わせて、もはや何人いるのか確認出来ない。地下の通路が爺さんで埋まっていた。その爺さん達が皆一斉に、腰元の服の合わせ目に手を突っ込んで、中から何かを掴み出す。
黒く、鈍く輝く、棘の様なもの・・・。
俺は息を飲んだ。
見覚えがあった。過去に何度か見た。神をも活性化させる『悪意』の塊。
「・・・駄目だろ・・・」
すぐ目の前にいる爺さんの、棘を掴む手を捕まえて引いた。引いて力一杯握り締め付けて、爺さんの手から棘を落とさせた。
カラン、と乾いた音を立てて棘が床にぶつかる。
めいいっぱい力を込めて抵抗する爺さん。呻く様な声が口から漏れ出している。その声に被せる様にして、周囲から別の呻きが響き渡る。呻きと、荒い呼吸音と、が。
見ると、俺が手を掴む爺さん以外の全員が、自分の喉に棘を刺していた。刺して、苦しそうに喉や口元を抑えて酸素を求める様にあちらこちらに手を伸ばす。
「お、お離し下さい。私も、私も続かなくては・・・」
俺に手を掴まれた爺さんが、蚊の鳴くような声でそう言った。
俺は、トールに爺さんを渡して、そしてしゃがんで棘を拾った。
正直、触るのも怖かった。棘からは黒いモヤが立ち上っていて、指先を近付けるだけでそのモヤが俺にまとわりつこうとして来る。
大丈夫だ。俺なら、問題無い。
もう1人の俺が、そう俺に訴えてくる。
『・・・なんでだよ・・・。俺を、見てよ・・・』
棘を持った瞬間、耀の声が聞こえた。
その声は苦しそうで、背中を向けて小さくなっている耀の背中を思わせた。
ああ、やっぱり耀なんだな。
俺はそう思った。
その『悪意』の塊を作っているのは、やっぱりお前なんだな。
顔を上げると、呻き苦しむ爺さん達が、それぞれに立って居られずにしゃがみ込んでいく所だった。
こんなに沢山の人を苦しめる・・・。
「一体、何が・・・」
トールが呟いた。目線は、苦しむ爺さん達を見ている。
トールには、この棘が見えないんだ。
その一方で、ノワは俺の手に握られている棘を見ている。流石というか、神様にはちゃんと見えるのだ。
「それ、ナニ?」
ノワが聞いて来た。声が堅い。いつものふざけた様子が無くて、余裕も無い、ノワらしさも無い酷く真面目な声だった。
「多分、『悪意』の塊」
そう言った途端に、棘はモヤになって、俺の腕にまとわりついて来た。
俺はスマホを取り出した。電源を入れるのが怖かったけど、他にモヤを消す方法が思い付かないのだからしょうがない。
リンゴのマークに次いでカレンダーと時計と充電のパーセンテージが表示される。
32%だ。
俺は、モヤに向かってフラッシュを焚いた。以前テラと対峙した時と同じ光景が繰り返される。
モヤはフラッシュを浴びて一瞬ビクッとなり、そして蒸発する様に消えた。
「わぁ、凄い」
ノワが感心した様な声を上げた。
前と同じ様に消せた事に少し安心したものの、俺は正面を見て体中から冷や汗が噴き出るのを感じた。
爺さん達が皆、大きく膨れ上がっていたのだ。
活性化だ・・・。
呻き声だったものは、獣の威嚇の様な声に変わり、腰の曲がった小柄なシルエットは、大柄な男よりも更に大きく逞しくなっていた。着ていた服は体のサイズに間に合わず破けて全て剥がれ落ち、棘を刺した喉元から全身に向かって、黒い刺青の様な曲線が走っている。刺青が見えるだけで、棘は見えない。
・・・抜く事が、出来ない・・・?
俺は試しに、すぐ側に居る爺さんだったモノの喉元に向かってフラッシュを焚いてみた。
爺さんだったモノは眩しそうに目を閉じて、両腕を上げて光を遮る。が、それだけだった。刺青が消える事は無く、体が縮まることも無い。
元に、戻せない。
「ノワ」
顔は正面を向けたままでノワを呼ぶ。
「ん?」
堅いままの声で返事が聞こえた。
「活性化、元に戻せる?」
ノワは以前、トカゲの魔物の活性化を解いている。テラも、活性化した鳶を元に戻した。
神様なら、魔物の活性化を解ける。ならば、この爺さん達も元に戻せるのではないだろうか。
が、その期待はすぐに裏切られる。
ノワは両腕を組み「うーん」と言いながら首を傾げた。
「ちょっと、勝手が違うかな。僕に出来るのは、『魔物』自身の『悪意』の方向を変える事なんだ。『魔物』は本来純粋な生き物だから、『活性化』する必要がない事を分からせてあげれば元に戻るんだよ」
それを聞いて、俺は真夜中の市で売られていた2匹の魔物の事を思い出した。活性化し掛かっていたあの2匹と話をして、黒いモヤが収まっていった事を。
やはりアレが『活性化を解く』って事だったんだ。
「相手の心に向かって話をして、受け入れてもらえれば元に戻るんだ。でもさ、彼等は恐らく『他人の悪意』をダイレクトに身体の中に埋め込んだんだよね。だったら本人と話してどうにかなるとは思えない」
「なら、戻せないって事?」
「そうだねー・・・」
言いながらノワは、床に手を付いてそこで何かを掴み上げる動作をした。途端に現れる闇色の鎖の束。薄暗い地下の通路の床から真っ直ぐに爺さん達の方へと伸びて広がり、奥の方まで一気にほぼ全員を縛り上げた。
「取り敢えず捕獲しておこうか」
おおー、と感心した。が、鎖によってギュッと纏まった活性化した爺さん達の向こう側から、新手の一団がやって来た。おまけに縛り上げた方も、体を捻り合って内側から抜け出した者達が飛び上がって鎖の外側へと降り立ち、出来た隙間から次々に解放されていってしまう。
数が多過ぎるのだ。
「あー、ダメっぽい」
「一旦引きましょう」
トールが言って、1人だけ正気な爺さんを肩に担ぎ上げた。
活性化した爺さん達が、こちらに向かって来る。見た目はもう人では無かった。かろうじて二足歩行。だが全身の肌は赤黒く爛れて硬化したみたいに見える。手足は細く長く、頭髪は抜け落ちて耳は大きく尖り、口は大きく裂けて中から不揃いに湾曲した牙が覗いている。
活性化しているとは言え、元は人間だ。無闇に攻撃する事も出来ない。
「ああ」
「そだねー」
同意する俺とノワ。渋々来た道を引き返し始めた時、頭上をバタバタと多くの人が走り回る音が響いた。
「上に人が」
トールが言って上を見上げる。
「下に誰か居るか?」
こちらの気配を察してか、聞き覚えのある声がすぐ上の階から降って来た。
「シンさーん!」
それは、シンの声だった。
「ノワ様ですか?何故こんな所に・・・」
騎士達がすぐそこまで来ている。
「下に降りる道が見つからないんです」
騎士達は、正門を破ってそのまま突入して来たのだろう。そのルートでは最深部まで辿り着けない事を俺は知っていた。
だから、隠し扉から入ったのだ。
何で、そんな事知っていたんだろう・・・。
そう思った時、ノワが上に向かって大声で言った。
「シンさん、ちょっとこっち取り込み中で。穴開けるから助けて下さい」
ノワが床に手を付いて、新たな鎖を掴み上げる。
この鎖は一体何なんだろうな・・・。
と、今更ながらに考えて見ていると、ノワは鎖を器用に振り回して先端を天井にぶつけて穴を開けた。
上から若干の悲鳴が聞こえる。騎士達に怪我が無い事を祈ろう。
開いた穴から真っ先に降りて来たのはシンだった。昼間見た時とは違う強固な鎧に身を包み、手には長くて重そうな槍を構えている。
降り立って俺達の背後を見て状況を把握し、上に向かって「2・2・3」と言う。
上から新たに騎士が6人降りて来た。
「やはり居たな、魔物め。排除してくれる」
あっという間に、俺達と活性化した爺さん達との間に騎士達が立ち塞がる。
それを見て俺達3人は焦った。シン達は、活性化した爺さん達を単なる魔物だと思っているのだ。排除の対象で、俺達3人と無事な爺さん1人を護り倒してしまうつもりだろう。
「総長、彼等はこの神殿の神官達です」
トールが言った。
「なにぃ?」
驚き、構えた槍を少し引く。
「人が、活性化したんです」
ノワが続けて言う。
「自分達で悪意の塊を刺し込んで活性化したんだ。きっと何か目的があるんだよ。でも、みんな人だよ、人間なんだよ」
それを聞いて、シンと他の騎士達も構えた剣を下げる。
瞬間、そんな事は関係無いと活性化した爺さん達が飛び掛かって来た。




