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どうせ異世界に来るのならもっと特別な能力が欲しかったよ  作者: まゐ


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22、全ての加護を持つ少女

「元は孤児院に居た方なのですか?その、此方にいらした女性は」


 奥の間へと向かいながら、私は聖母神殿の神官、ココナさんにそう聞いた。


「はい。孤児では無いのですが、転生者で両親から育児放棄をされまして。それで院でお預かりをしていました。まだ12歳の女の子なのです」


「ああ、あの小さな女の子ですか。覚えていますよ。そうですか、転生者でしたか・・・」


 集まった女性の中で、1人だけ小さな子が居たのはよく覚えていた。本人は12歳だと言っていたが、それにしても小さかった。10歳にも満たないのでは無いかと疑った者も居た程だ。


「覚えていらっしゃるのですね!では、今ココがどこに居るのか、」


「ココさんとおっしゃいましたか。はい、見てみましょう。此方です」


 逸るココナさんを、資料が保管してある部屋へと導く。中にある椅子に腰掛けてもらいつつ、私は棚から書類の束を取り出した。


「ココナさんは聖母神殿の神官という事ですが、神殿使えでは無く主に外回りをしておられるのですか?」


 書類の中を確認しながら、目の前のココナさん自身の事について探りを入れる。


 単に神官と言っても色々有る。神殿の中での神事や来訪者の対応、礼拝、写経を行う者も居れば、外へ出て教えを広めたり、奉仕を行ったり、加護を振る舞ったりする者も有る。ましてや聖母には『金糸』がある。戦地へと赴き衛生兵の如く治癒を行う事も稀では無い。


 もしも、ココナさんが外回りを主に行っているのであれば、何らかの事件や事故に巻き込まれて()()したとしてもおかしくは無い。


 私はそう思った。だが、次の言葉を聞いて愕然とする。


「神殿での御勤めもしています。ですが、私は()()()()()を頂いた身ですので、色々な場所へ出向いて奉仕をさせて頂く事が多いです」


「何と、()()()()()とおっしゃられましたか?」


 私は、驚き固まってしまった。


 神にもよるが、確か聖母の加護の数は5〜60程あったのでは無いだろうか。授かる条件が簡単な物も確かにあるだろうが、その殆どに困難な条件が付き纏っているだろう事は間違いない筈だ。その全てを授かっている者が存在しているなどという事を、私は今初めて聞いた。


 もしそれが本当なのだとしたら、万が一この女性が()()でもしたらば、本格的な捜索を()()()殿()が行う事だろう。


 ダメだ、危険過ぎる。この少女は、使()()()()


「はい。どうも、聖母様とは相性が良い様で」


 そう言って恥ずかしそうにココナさんは俯いた。


 まだ子供の様に見える。背も小さく、白いフードから覗く頬から顎のラインはふっくらとしている。


 こんなに歳若く、いや幼いのに、素晴らしい才能を備えている。


「それはそれは、素晴らしい事ですね」


 そう言いながら笑みを浮かべつつ、私は腹の中で『残念だが使えない』と、全く正反対の事を思った。


 しかし、それならば・・・。いや、まずは先の募集の際の少女の件を片付けてしまおう。


 私は、頭の中でどの様に運ぶべきかを入念に考えて、そして順序を間違えぬ様に注意深く事を運んで行く。


 決して脂汗等かかない様に心を落ち着けて。


 呼吸が乱れない様気を張りつつ、私は書類の中から、使()()()()()()()用の一枚を取り出して、そこにコッソリと12歳の少女の情報を書き加えた。


「おお、ありましたよ。お名前は『ココ』さんでお間違えないでしょうか?年齢12歳。ここまで若い方は他に無いので間違い無いとは思いますが」


 言いながら、私はココナさんにその書類を渡して見せた。


 ココナさんは上から順に目を通して行き、そしてある一点を見て眉を顰める。


「えっと、これはどういう事なのでしょうか・・・?」


 その書類の中のある一点、派遣先の欄には何も書かれていない。


 ココナさんが私の顔を見た。


 私は、困った顔を作ってココナさんに見せる。そして、この書類を捜索者に見せる際には必ず言い伝えている、何度も繰り返して暗記してしまった内容を説明した。


「ここ、セーライ神殿のある場所が国境の直ぐ側だと言う事はご存知ですよね?」


「はい、存じております」


「巫女として募集しているのは若い女性という他、特に厳しい条件がある訳ではありません。その所為か、訳あって働き口が見つからないと言う方が多く来られるのですよ」


 説明をする私の言葉を、ココナさんは真剣に聞いている。


「家族知人に黙って出て来た、という事であったり、短期間だけ仕事をしたい、等という方はお断りするのですが、そうで無ければ殆どの方が採用となります。その後直ぐに派遣先へと向かって貰うのですが、その・・・」


 私はそこで歯切れ悪く言葉を切る。


「・・・何か、あるのですか?」


 ココナさんが私の言葉の先を促す様にそう言う。


 私は、重く頷きながら続きを言った。


「出発前に、姿が見えなくなってしまう方が・・・少なからず・・・」


「まぁ・・・!それは、一体どういう・・・」


「マジール王国は移民を受け入れ、難民の保護も積極的な国です。彼方(あちら)から此方(こちら)へはご存知の通り厳しい検問が有りますが、逆に此方から彼方へは何の咎めも無く行く事が出来ます。『真ん中』で暮らし難いと感じている方は、巫女としての仕事よりもマジール王国を選んでしまうのかも知れません。そういう方は、実は少なく無いのです」


「・・・」


 ココナさんは口元を両手で覆って、何も言えなくなってしまっている。


「ココさんも、その例に漏れず、出発前に姿が見えなくなってしまいました。彼女は、転生者と言うお話でしたね。『真ん中』で転生者が暮らして行くのは決して楽では無いでしょう。恐らく、マジール王国に渡られたのでは無いでしょうか・・・」


「・・・そう、なのでしょうか・・・」


 ココナさんの肩が僅かに震え始める。幼い転生者の行く末を心配しているのだろう。恐らく、思うところも多い筈だ。ましてや家族でも無いのに、遥々こんな国の外れまで行方の手掛かりを探しに来たのだ。もしかすると、自らが至らない所為だと己を責めてさえいるかも知れない。


 私は、ココナさんに歩み寄り、小刻みに震える肩に手を置いた。そして、優しく声を掛ける。


「マジール王国は豊かな国です。きっと、ココさんは健やかに暮らして居られるでしょう」


「そうでしょうか・・・そうだと良いのですが・・・」


 触れた肩から、ココナさんの清らかさと優しさが流れ込んでくる様な気がした。


 清浄で才能に溢れた少女だ。この方に任せれば、間違い無いだろう。心痛の所に申し訳無いが・・・。


 そう思って、私は()()()()()()()を実行に移す。


「こんな時に申し上げるのも何なのですが・・・」


 そう言った私の顔を見上げるココナさん。彼女に向かい、私は言葉を続けた。


「ココナさんは、明日予定がございますでしょうか?」


「・・・え?」


 突然の言葉に、一拍置いて疑問を露わにするココナさん。


 私は、予想通りの反応に、小さく頷きながら続けた。


「明日、当殿にて無料の炊き出しを行うのですが、配り手が皆、私の様な老耄ばかりなもので。ココナさんの様な若い方にお手伝い頂けたら、活気も出るかと思うのですよ」


「・・・まぁ。それはそれは、是非ともお手伝いさせて下さい」


 私の申し出に、ココナさんは立ち上がって即了承した。


 立ち上がっても小さい。私が肩に置いた手を取って、両手で柔らかく握り締めてくれる。


 温かい手だった。小さいが温かく、優しいが力に溢れている。


 善意の塊の様なその手に、私は胸が痛んだ。


「・・・あの・・・」


 ココナさんが私の目を見て言う。


「何か、隠してらっしゃいますか?」


 その言葉に、私はハッとなった。


 小さな見た目に油断したのだろうか。はたまた、私は何か失敗をしていたのだろうか。


 焦り狼狽える心を隠しながら、今迄の自分の行いを振り返る。が、おかしな所は無かった筈だ・・・。


「何を・・・」


 そう呟く私の手を、ココナさんが見詰めた。


 そうか、手の温度か・・・!


 緊張故に汗をかき冷えていたのだ。それに異変を感じ指摘して来たのだと気付いて、更に汗が湧き出そうになる。


 私は、手を振り払う様に引いて袖の中に仕舞った。


「炊き出しは明日の昼前、10時頃から行います。ですのでその頃合いに・・・」


「あの!」


 誤魔化す様に喋る私の声を遮って、ココナさんが大きな声を出した。


 言葉を切って、私はココナさんを見詰めた。


「・・・準備もお手伝い致します。なので、朝一番に参ります!」


 籠る様な私の声に反して、元気に声を張り上げるココナさん。顔は真っ直ぐにこちらを向いたままで、私の顔を見続けている。


 全てを知って、その上で許されている様な気がした。


 ココナさんが私に近付いて、そして袖に仕舞った手を探り当てて再び握り締める。


 ああ・・・。


 私は思った。


 この女性はやはり、既に()()()()()()()()のかも知れない。その上で気付かない振りをして、私を許し、手を差し伸べようとして下さっている。


 聖母の御使だ・・・。


 だがしかし、()()()()・・・。


 後1日。いや半日早ければ、事態は良い方向に向かっていたかも知れない。


 私は肩を落として、反対側の手を彼女の手に重ねた。先に掴まれていた手よりも、多量の冷たい汗に塗れた手だった。


 手遅れだとしても、助けを求めてしまう・・・。


 せめて、我等の()()()()()だけでも、託させて頂きたい・・・。


『どうか、我等をお許し下さい』


 懺悔を心で叫びながら、私は言った。


「朝は炊き出しの準備以外の事で忙しいのです。なので、大方の準備は今現在行なっているのですよ」


 私の手の汗を感じてだろう。ココナさんの体が強張った。


「そうなのですか。では、今行っている準備をお手伝い致します」


「ありがとうございます・・・」


 そう言う私の目から、一筋の涙が流れ出た。

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