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2、辺境の誘拐事件

 朝起きると、腕が上がらなかった。


 昨夜、真夜中の市から帰って寝るまでの間、トールに少しだけ剣術を教えて貰った。いきなり剣を持つ訳ではなく、木の棒を使ってのものだったのだが。


「良いですか?先程言ったように刃で肉を切ると切れ味が落ちます。ですから基本は反対側、峰の部分で打ちます。打って相手に隙が出来、確実に切れる状態になったら切ります。なので、この剣の基本の使い方は『打つ』『返す』『切る』です」


 この『打つ』『返す』『切る』を、連続して行う練習をひたすらやった。トールが持つ木の棒を『打つ』、そして自分が持ってる棒を『返す』、そして『切る』。角度を変えて『打つ』『返す』『切る』、一本下がって『打つ』『返す』『切る』、飛び掛かって『打つ』『返す』『切る』。


 慣れてくると、今度はトールも時々打って来る。それを避けながらの『打つ』『返す』『切る』。


 最初はゆっくり。徐々に早くなる。段々と『切る』が出来なくなってくる。『打つ』『打つ』『打つ』『返す』『切る』、『打つ』『返す』『()()』『打つ』『打つ』『切る』。


 トールがどんどん前に出て来る。俺は下がって避けながら棒を出す。そして、追い詰められて逃げ場が無くなる。


「ま、待って、ちょっと休憩」


 息が上がる。激しく肩を上下させながらそう言う俺に、トールは「敵は待ちませんよ」と止まらない。


 履き慣れないブーツで足も痛み、手の皮が剥けて血が出た。疲れてくると手に力が入らなくなり、木の棒がすっぽ抜けて飛び、変な所に当たって痣を作る。


 どれくらいの間やっていたのか分からない。トールの「今日はここまでにしましょう」という言葉が聞こえると、俺はそのままその場に倒れ込んだ。


 荒い息を整えながら、疲れ果てて気絶する様に眠り、気付いたら朝になっていた。


 起き上がったら全身が筋肉痛。手も足も腫れ上がっていて、ぶつけた覚えの無いあちこちに痣やデカい瘤が出来ていた。


「トール、腕が上がらないんだ。食べさせてくれ」


 あまりの状態に根を上げて、トールに甘えた。


「何を言っているんですか。これから馬に乗るんですよ、ふざけてないで早く支度をして下さい」


 ふざけているつもりは全く無いのに信じて貰えず、結局痛みに耐えて全部自分でやった。


「トール、手綱が持てないんだ」


 騎乗すると、更に痛みが襲ってきた。足も、脚も、手も腕も、腹も背も全部痛かった。


「荷物の様に縛り付けましょうか?」


 いつも優しいトールが、鬼の様なことを言う。


 仕方が無いので、ただただ耐えた。


 地獄の様な時間を耐え忍んで、昼前に街に着いた。思ったよりも街が近かった事だけが救いだった。




 神殿の先の国境の警備をしている兵達が、事件の所為で街に降りて来ていた。これ以上被害が広がらないように街中を巡回しつつ、行方不明者を探しているのだ。


「一週間程前に、まず飲み屋の娘が居なくなったそうです。ですが、その娘さんは親御さんとの不仲が噂になる様な子だったそうで、最初はみんな家出でもしたんだろうと、そう思っていたそうなんです」


 隊長だと言う40前後の兵士が状況を説明してくれた。それをトールが訳してくれる。


「それが、翌日になって、その子の友達の家に話を聞きに行った所、その友達の姿が見えない。街中探したのですが見つからず、なんと他にも2人の若い娘の姿が消えている事が分かったそうで。これはおかしいと言う事になり、王都に連絡、応援を要請したとの事」


「という事は、居なくなったのは合計で4人?」


 俺の質問をトールが訳す。隊長が首を振りながら何かを言う。


「その後も5人居なくなり、今の所9人だそうです」


 多い。


「年齢は14から17歳。街に住む未婚の若い女性という事以外には、これといった共通点も無いそうです」


 魔物を見たと言う人も居ない。特に異変があったと言う報告も無い。ただ忽然と、1人になった途端に消えてしまったらしい。気付いたら居なかったから、何処で居なくなったのかも分からない。


「とりあえず、上下にプラス1ずつして13から18歳の女の子、1人にならない様に気を付けさせようよ。何人いるの?」


 そう聞いて貰っていると、兵が1人駆け込んでやって来て、その場にいる全員が騒ぎ出した。聞いていたトールも慌てる。


「また1人、消えてしまったそうです」


「えっ、今?」


「はい、そうみたいです」


 隊長を含めて何人かが立ち上がり、現場に向かうのだろう、慌てて行ってしまう。


「俺達も行こう」


 言いながら俺は立ち上がり、トールと共に後に続いた。




 普通の家だった。母親らしき女性が、玄関の前で座り込んでいる。1人で空を仰ぎ、両手で顔を押さえて、涙を流しながら何かを叫んでいた。


「居なくなってしまった。ずっと手を繋いでいたのに。鍵を出そうとして手を離して、鞄の中を見て顔を上げたら居なかった、と」


 トールが訳す。


 なりふり構わない様子のその母親を見たら、体の痛みを忘れた。体の代わりに、胸が痛くなる。


「街中を見回っていたら、この女性の泣き声を聞いて駆け付けた。そして直ぐに報告に行ったので、本当に今さっきの事だと」


 横で、その様子を最初に発見したであろう兵士が言った事を、トールが訳してくれた。


 騒ぎを聞き付けた近所の人が、兵士の姿を確認してようやく外に出て来た。そして、母親の元に駆け寄って肩を支える。


 みんな、怖いんだ。


 俺はそう思った。


 例え姿を消すのが若い娘だと分かっていても、もしかしたら自分も被害に遭うかも知れないという恐れに囚われている。だから、すぐ側の家で何かがあって、泣き叫ぶ声が聞こえても、駆けつける事が出来ない。兵士が来て、安全を確認して、ようやく出て来れる。


 この状態がこのまま続くのは、誰がどう考えても良くない。誰かが、何とかしないと・・・。


 俺は周囲を見回した。続けて空を見て、そして地面を見る。


 空はよく晴れている。乾いた地面には沢山の足跡が入り乱れている。


 普段出入りする家族の物、尋ねて来た知人の物、駆け付けた兵士の物。


 その中から変わった方向に進む物を探す。


 あった。


 玄関のドアから通りの方へと行き来する動線の他に、裏手の方へと引きずる様な跡が。


 俺は、その跡を辿って進んだ。掃除の行き届かない公衆便所みたいなアンモニア臭に鼻を摘みながら。


 隣の家との間を抜けて反対側の通りへと続く、途切れ途切れの、何かを引きずる様な線。


 その終着点には、入り乱れる複数の、馬の蹄の跡。


 それを見て俺は思う。


 これは・・・魔物じゃ、ない。




 馬の蹄が示す、犯人が進んで行ったと思われる方角に向けて、騎乗した兵達が向かった。


 街の10代の少女達には、今日までの時点で既に1人にならない様にとの注意喚起がされていた。それでも、ほんの少し目を離しただけで今の様に拐われてしまう。


 余程用意周到に、計画的に、そして用心深く攫ったのだろう。


「被害者の数が10名に増えました。この街に残っている10代の少女は、後2人だそうです」


 淡々とトールが教えてくれる。


 魔物による被害が世界中に広がっている中で、人による誘拐事件。魔物の所為にしてまんまと利益を得ようとしている人がいるのかも知れない。


 人が起こす犯罪に対して、俺に出来る事は何だろうか。


「アキラ」


 考えていると、トールが話しかけて来た。


「帯刀して下さい。人間相手ですと、魔物より厄介な場合があります」


「え、だって、昨日習い始めた所なのに。大丈夫かな・・・上手く使える自信が無いけど」


 まだ俺は、木の棒を振り回しただけで、本物の剣を使った事がないと言うのに。


 そう思い慌てる俺の前で、いつも通りの表情のトール。いつも通りだけどその顔は真剣で、ふざけている素振りは全く無い。


「昨夜の練習の様子を見た上で言っています。大丈夫です」


 自信を持ってそう言い放つトール。その自信満々な声に、俺は自分を認められた気がした。普通に嬉しいと思って気分が高揚した。


「ただ、ひとつ約束して下さい」


 言いながらトールは、自分の剣を抜いた。右手で両刃の方の剣を抜いて、両手で構えて正面に居る俺に向ける。


「剣ひとつで色々な事が出来ます。人を守る事も脅す事も出来ます。敵を倒す事も、人を殺す事も出来ます。騎士は皆、剣を待つ前にその使い方を学びます。剣を待つ事で、自身が武器になるからです。アキラ、どうか、向き合う相手の尊厳を奪う様な使い方はしないで下さい」


 トールの目が俺を見ている。俺はその目から逃げずに見つめ返した。


「分かった。約束する」


 俺は、頷きながらそう答えた。

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